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20話:古代竜の噂

 ギルドの掲示板に、見慣れない文字が貼られていた。


【注意喚起】

 北方山脈周辺にて、高位魔獣(こういまじゅう)古代竜(ドラゴンレコード)の反応を確認。

 単独行動は厳禁。

 無許可の接触を禁ず。


「……古代竜(ドラゴンレコード)?」


 俺が呟くと、周囲の空気が一瞬で変わった。

 モフが、俺の肩で首を傾げた。


(どらごんれこーど?)

「よくわからないけど、すごく強い魔獣らしい」

「バカ言うな、そんなの伝説だろ」

「でも反応値が異常だって……」

「メスだって噂もあるぞ」


 ――メス。


 その言葉に、胸がざわついた。

 プーコが、低く唸る。


「ブ……モ」

(いやなかんじ)


 嫌な予感が、確信に近づいていく。


「マコトさん」


 リーネが、小声で呼びかけた。


「これ……私たちが関わる話じゃありません」

「……うん」


 分かっている。

 Dランクになったばかりの俺たちが、古代竜なんて、論外だ。


 ――なのに。


「おい」


 背後から、冷たい声。

 振り向くと、例の剣士――俺を「外れスキル」と呼んだ男が立っていた。


「運がいいな、魔獣使い」

「……何がですか」

「古代竜だ。メスなら、お前のスキルでどうにかなるんだろ?」


 周囲が、ざわつく。


「冗談じゃない」


 思わず、声が強くなった。


「そんな危険な相手、支配とか、利用とか……」

「へぇ?」


 男は、にやりと笑った。


「じゃあ、見捨てるのか?」


 言葉が、喉に刺さる。


「暴れてるなら、誰かが止めなきゃいけねぇよな?」

「……」

「お前ならできる。だからDランクなんだろ?」


 ――違う。


 そんな理由で、昇格したんじゃない。

 でも、反論できなかった。

 モフが、心配そうに俺を見た。


(まこと、だいじょうぶ?)

「大丈夫じゃない……」


 その日の依頼は、Dランク初の「危険寄り」依頼だった。

 内容は、北方山脈手前の調査。

 魔獣の異常行動の確認。


「戦闘は避けてください」


 受付嬢は、念を押した。


「異常があれば、即撤退を」

「……はい」


 森に入ると、空気が重い。

 魔獣たちが、落ち着かない。

 微心読が、断片的に流れ込んでくる。


(こわい)

(にげたい)

(あのこえ……)


 声?

 ポチが、唸っている。

(なにか、いる)


 チビも、震えている。

(こわい……)


 猫は、珍しく起きている。

(きけん)


 山羊も、草を食べるのをやめている。

(めぇ……)


「マコトさん……」


 リーネが、不安そうに周囲を見る。


「引き返しましょう」

「……もう少しだけ」


 それが、間違いだった。


 魔獣――

 普段は温厚な鹿型の群れが、暴走していた。


「止まって!」


 俺は、反射的に前に出た。

 魅了が、働く。

 鹿たちは、動きを止めた。

(やさしい……)

(あんしん……)


 だが――


「マコトさん!」


 リーネの声。

 別方向から、別の魔獣が突っ込んでくる。


「プーコ!」

「ブモォ!」


 プーコが、間一髪で魔獣を止めた。


 でも。

 俺は、気づいてしまった。


 ――俺が触れた魔獣だけが、救われている。

 他は、苦しんだまま。


(たすけて……)

(こわい……)

(にげたい……)


 心の声が、次々と聞こえてくる。


(……俺は)


 全員を、救えない。

 優しさで前に出た結果、判断が遅れた。

 撤退判断も、遅れた。


「マコトさん! もう撤退します!」

「で、でも……」

「ダメです!」


 リーネの氷魔法が、道を作る。


「今すぐ!」

「……はい」


 ギリギリで森を抜けたとき、リーネは、珍しく黙っていた。

 モフも、静かだった。


(まこと……)

「……ごめん」


 俺が言うと、リーネは立ち止まった。


「……マコトさん」


 声が、少しだけ硬い。


「次は、ちゃんと相談してください」

「……うん」

「マコトさんは、優しすぎます」

「え……?」

「全員を救おうとしないでください。それは、無理なんです」


 その言葉が、胸に刺さった。


「……わかってます」


 でも。

 その距離は、ほんの少しだけ、遠くなっていた。

 ギルドに戻ると、噂が広がっていた。


「やっぱり、古代竜がいるらしい」

「魔獣使いが関わったって……」

「世界を壊す力だって話だぞ」


 ――世界を、壊す。


 その言葉が、頭から離れなかった。

 俺は、強くなりたい。


 でも。

 もしこの力が、誰かを、世界を、壊すものだったら?

 モフが、俺の肩で小さく鳴いた。


(まこと、げんき?)

「元気じゃない……」

(だいじょうぶ)

「大丈夫じゃないよ」


 プーコも、心配そうに俺を見ている。


(まこと、かなしい)

「……ごめん、心配かけて」


 ポチも、チビも、みんな心配そうだ。


 でも、この不安は――

 簡単には消えなかった。

 その答えを、俺はまだ、知らない。


 不安だけが、静かに、胸に積もっていった。

 リーネとの距離も、少しだけ遠くなった気がした。


 でも――

 まだ、引き返せる。

 まだ、大丈夫。

 そう信じて、俺は今日も眠りについた。

 嵐の前触れを、まだ気づかないまま。

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