16話:撫でたいだけの依頼
◆リーネ視点
――怪しい。
本当に、怪しい。
私は今、冒険者ギルドの受付前で、少しだけ離れた場所から、噂の人物を観察していた。
マコトさん。
最近、一回一緒にパーティーした男の人だ。
危険な魔獣を従えているとか、
動物を狂わせる呪いを持っているとか、
近づくと危ないとか。
――そんな噂ばかりが、先に耳に入ってくる。
(でも……)
ちらり、と視線を向ける。
彼は壁際に立ち、背中を丸め、どこか居心地悪そうにしていた。
周囲の喧騒から、半歩だけ距離を取っている感じ。
目が合いそうになる。
……その瞬間、すっと逸らされる。
(え)
もう一度、見てみる。
また、逸らされた。
(……避けられてる?)
胸が、ちくりとした。
別に、そんなに親しいわけじゃない。
一回パーティーした程度だ。
でも、完全に無視されるほど、距離があるわけでもない。
(私、何かしたかな……)
そんな不安を抱きつつ、視線を下げる。
そこにいたのは――巨大魔獣、プーコ。
丸くて、大きくて、
立派なツノがあるのに、表情は驚くほど穏やか。
(……かわいい)
思わず、喉が鳴った。
ふさふさ……ではない。
どちらかというと、短くて硬めの毛並み。
でも、それが逆に、触り心地が良さそうで。
(撫でたい……)
手が、うずく。
でも、ぐっと我慢する。
(だめだめ、勝手に触ったら失礼だし……)
そう思っていると。
「……な、なにか?」
マコトさんの声。
びくっと肩が跳ねた。
「い、いえっ!」
即答。
反射みたいに、声が出た。
(今、私……何も言ってないよね?)
マコトさんは、なぜかさらに緊張した様子で、プーコの前に立つ。
さりげなく――でも、確実に。
(……あ)
その瞬間、点と点が繋がった。
(もしかして……警戒、してる?)
噂では、
彼は危険な魔獣を“支配”している人物。
だから、近づく人間には――
(……守ってる?)
プーコを。
その考えに至った途端、
胸の奥が、ふわっと温かくなった。
◆マコト視点
やばい。
心臓が、落ち着かない。
リーネさんが、
プーコを見ている。
いや、正確には――
「撫でたいけど我慢してる人」の目だ。
(分かる……その気持ち)
でも、あんまり親しくない相手に、
「撫でてもいいですか?」って、言いづらいよな。
(俺だったら、絶対言えない)
だから、こっちが緊張してしまう。
視線を逸らす。
……合う。
逸らす。
(挙動不審すぎる……)
完全に怪しい人だ。
自分でも分かる。
「……あの」
覚悟を決めた。
「その……」
「は、はい」
声、裏返った。
(落ち着け……!)
「プーコ、好きですか?」
言ってから、後悔した。
遠回しすぎる。
リーネさんは、一瞬きょとんとして――
それから、顔を赤くした。
「……す、すごく」
小さい声。
でも、真剣。
(……よかった)
「……どうぞ」
「え?」
「撫でてあげてください」
一瞬、時間が止まったみたいだった。
それから、そっと――
彼女の手が、プーコの頭に触れる。
なで。
「……っ」
表情が、一気に緩む。
「ブモォ……」
「……かわいい……」
その声が、あまりにも柔らかくて。
(……ああ)
プーコもうっとりしてるし、
ギルドの喧騒が、少し遠く感じた。
モフが、俺の肩で首を傾げる。
(まこと、いいひと)
「……うるさい」
◆リーネ視点
(……あ)
私は、ようやく分かった。
マコトさんは、警戒していたんじゃない。
ただ――気を遣ってくれていただけ。
「……マコトさん」
「は、はい」
相変わらず反応は早いけど、
さっきより、少し柔らかい。
「噂、前は信じてました」
「……ですよね」
苦笑。
「でも、この子……」
なで。
「怖くないです」
「……はい」
「それに」
プーコの目を見る。
「大切にされてる」
マコトさんは、少し笑顔になった。
「ブーコはいい子なんです」
「優しい子ですよね」
彼は、小さく息を吐いた。
「……そう言ってもらえると、助かります」
「こちらこそ」
距離は、まだある。
でも、さっきより――確実に、近い。
◆マコト視点
リーネさんは、プーコを撫でながら言った。
「撫でたいだけで依頼を受ける私も、大概ですけど」
「……依頼?」
「はい!」
胸を張る。
「《巨大魔獣・撫でさせてください》です!」
「そんな依頼、聞いたことない!」
でも、プーコは大喜びだった。
「ブモォ!」
(なでられた!うれしい!)
「……お前、喜びすぎだろ」
リーネさんは、完全にプーコに夢中だった。
モフも近づいてきた。
(わたしも!)
「あ、モフちゃんも!」
リーネさんは、モフを抱き上げた。
「ふわふわ……!」
(きもちいい!)
ポチも近づいてきた。
「ワンワン!」
(なでて!)
「わんちゃんも!」
リーネさんは、完全に動物モードに入っていた。
チビも、恐る恐る近づく。
「小さい魔獣ちゃん……!」
(やさしい……)
猫も、目を覚ました。
(にゃー)
「猫ちゃんも!」
山羊も。
(めぇ)
「山羊さんまで!」
リーネさんは、動物に囲まれていた。
「……すごい光景だな」
「えへへ、幸せです」
リーネさんの笑顔が、眩しかった。
モフも寄ってくる。
(なでてほしい)
「あ、この子も……!」
笑顔。
作ってない、自然な笑顔。
小さな動物たちも集まってきて、
即席のモフ空間が出来上がる。
「……癒しですね」
「はい……すごく」
ふわっとした沈黙。
踏み込まない。
でも、離れすぎない。
(……この距離、悪くない)
リーネさんは、動物に囲まれながら思っていた。
(噂と、全然違う)
弱気で、
優しくて、
不器用で。
――放っておけない人。
俺は、俺で思っていた。
(……動物好き、すごすぎる)
恋かどうかは、まだ分からない。
でも。
ラブコメの種は、
静かに、確かに、芽を出し始めていた。
まだ、
名前もつけていない関係のまま。
――それで、ちょうどよかった。
モフは、今日も癒しだった。




