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15話 氷魔法使いの少女

 噂は、順調に悪化していた。


「巨大魔獣を操る変人」

「契約もできないくせに魔獣を連れ回す危険人物」

「ギルド公認らしいぞ、意味わからん」

「……尾ひれ増えてない?」


 俺は、ギルドの隅で肩を落とした。

 モフが、俺の肩で首を傾げた。


(まこと、げんき?)

「元気じゃない……」


 プーコの背中に顔を埋めた。


「……俺、何した?」

「ブモォ……」


 慰めるように鳴くのやめて。


(まこと、だいじょうぶ)

「お前、いつも楽観的だな……」


 その時だった。


「――ちょっと!」


 凛とした声。

 振り向く前に、空気が一気に冷えた。

 パキンッ!

 俺の足元の石畳が、薄く凍りつく。


「うわっ!?」

「動かないで!」


 冷気の向こうに、少女が立っていた。


 淡い赤みがかった栗色の髪。

 澄んだ青い瞳。

 年は、俺と同じくらい。

 魔法使いのローブを着た、可愛い女の子。

 ローブの裾が、氷の粒を散らしている。


「……氷魔法?」


 少女は、俺ではなく――

 プーコを、睨んでいた。


「巨大魔獣を街中に連れ込むなんて……!」

「ま、待って!」


 言い終わる前に。


「――氷結拘束!」


 氷の鎖が、地面から伸びる。


「プーコ!」


 だが、鎖はプーコの手前で止まった。

 プーコが、ぴたりと動きを止めていた。


(こわく、ない)

 心の声。

 プーコは、少女を見て――

 鼻を、鳴らした。


「ブモォ……?」


 困惑の音。

 少女は、目を見開いた。


「……え?」


 次の瞬間。

 プーコが、ゆっくり伏せた。

 完全な、服従ポーズ。


「……あれ?」


 空気が、凍ったまま固まる。

 周囲の冒険者たちが、ひそひそし始めた。


「攻撃しない……?」

「むしろ大人しい……?」

「噂と違うぞ……」


 少女は、戸惑いながら近づいた。


「……触っても?」

「噛まないから」


 即答すると、彼女は慎重に手を伸ばす。

 ――なで。

 巨大な頭を、撫でる。


「……!」


 少女の顔が、一気に明るくなった。


「……大人しい……!」


 声が、弾んでいる。


「毛、硬いけど……あったかい……」


 完全に、目が輝いていた。


「すごい……本物のブラッディボア……!」


 興奮している。

 プーコも嬉しそうだ。


(なでられた!)

「お前、嬉しそうだな……」


 その時、モフが少女に近づいた。


(こんにちは)


 少女は、モフを見て――


「きゃあああ! 可愛い!」


 完全に、メロメロだった。


「この子も! この子も可愛い!」


 モフを抱き上げる。


(わーい!)


 モフも嬉しそうだ。

 ポチも近づいてきた。


「ワンワン!」

(こんにちは!)

「わんちゃんも!」


 少女は、完全に動物モードに入っていた。


「チビも近づいていいぞ」

(え……)

「大丈夫、優しい人だから」


 チビが、恐る恐る近づく。

 少女は、チビを見て――


「小さい魔獣……! 可愛い……!」


 チビを撫でる。

(やさしい……)

 チビも、リラックスしていた。

 猫が、目を覚ました。

(にゃー)


「猫ちゃんも!」


 完全に、パニックになっている。

 山羊も近づいてきた。

(めぇ)


「山羊さんまで!」


 少女は、完全に動物に囲まれていた。


「……動物、好きなんだ?」

「大好き!」


 即答だった。

 その直後。


「……あ」


 彼女は、はっとして俺を見た。


「もしかして……あなたが、噂の……」


 嫌な予感。


「変な魔獣使い……?」


 来た。


「多分……はい」


 否定できない。

 少女は、顔を赤くした。


「わ、私……危険人物だって聞いて……」


 氷の鎖を見て、俺は苦笑した。


「……最悪の出会い方だな」

「ご、ごめんなさい!」


 深々と頭を下げる。


「でも! この子たち……すごく優しい心してる!」


 ……心?

 俺は、少し驚いた。


「……分かるの?」

「なんとなく! 動物は嘘をつかないから!」


 勘かい。

 でも、悪くない。

 少女は、胸を張った。


「私は、リーネ・フォレスト! 氷魔法使い!」

「……タカハシ・マコト」


 名乗ると、彼女は微笑んだ。


「マコトさん、ですね。よろしくお願いします」

「あ、はい……よろしく……」


 その時、周囲の冒険者たちが、ざわついた。


「あれ、リーネじゃないか?」

「氷魔法使いの天才少女だぞ」

「なんで、あんな変な奴と……」


 リーネは、周囲を睨んだ。


「変じゃありません! マコトさんは、動物に優しい素敵な人です!」

「え……」


 俺は、顔を赤くした。


「素敵とか……言われたことない……」

(まこと、うれしい?)

「うるさい」


 リーネは、プーコを撫でながら言った。


「この子たち、みんなマコトさんを信頼してる。それって、すごいことだと思います」

「……ありがとう」

「噂なんて、気にしないでください」


 彼女の笑顔が、眩しかった。

 噂は、確かに厄介だ。

 誤解も、偏見も多い。


 でも。

 プーコを撫でる彼女の手は、

 とても優しかった。


「あの……」


 俺は、思い切って聞いた。


「良かったら……一回一緒に依頼、受けない?」

「え?」

「俺、まだEランクだし、魔法も全然使えないんだけど……」

「いいんですか!?」


 リーネは、目を輝かせた。


「私、この子たちともっと一緒にいたいです!」

「動物目当てかよ!?」

「もちろん、マコトさんとも一緒にいたいです!」

「え……」


 俺は、顔を赤くした。


(まこと、うれしそう)

「黙れ、モフ」


 こうして、俺は初めて動物以外の人間と行動を共にした。

 氷魔法使いの少女、リーネ。


 最悪の出会いから始まる関係が、

 静かに、動き出した。


 俺は、まだ知らない。

 この氷魔法使いの少女が、

 俺の運命を、思い切りかき回すことを。

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