13話:従属ではなく、信頼
問題は、一つだった。
「……こいつ、どうすんだ?」
目の前には、巨大な猪。
森を震わせるサイズのくせに、
俺の足元でおとなしく座っている。
「ブモォ……」
完全に、待ての姿勢。
モフが、俺の肩で首を傾げた。
(これ、どうする?)
「俺が聞きたいよ……」
俺は、頭を抱えた。
「懐かれたし……逃がすにしても、危なすぎるし……」
(いっしょ、つれてく?)
「こんなデカいの昨日は街の中騒ぎになったろう……」
その時、プーコ(仮)が心の声を発した。
(……いっしょ)
期待に満ちた目で俺を見ている。
ポチも尻尾を振っている。
(まこと、なかま、ふやす?)
チビも賛成らしい。
(おおきい、つよい、いいこ)
「お前ら、簡単に言うなよ……」
だが。
「……無理だぞ」
俺は、プーコにはっきり言った。
「俺は、お前を支配できない」
魔獣使いみたいな技術もない。
首輪も、契約も、呪文もない。
できるのは、話すことだけ。
「従え、なんて言えない」
沈黙。
プーコは、しばらく考え込むように、首を傾げた。
(……じゃあ)
心の声が、ゆっくり響く。
(……となり、あるく)
「……それでいいのか?」
(いい)
思わず、笑ってしまった。
「……変なやつ」
「ブモォ♡」
「だからハートを付けるな!」
モフが、嬉しそうに鳴いた。
(まこと、やさしい)
「優しいんじゃなくて、支配する力がないだけだよ」
(おなじ)
「違うよ」
問題は、次だ。
「……ギルドで相談するか?」
俺は、王都の方向を見る。
巨大猪連れ。
どう考えても、目立つ。
目立つどころか、事件だ。
(にげる?)
プーコが心配そうに聞いてくる。
「いや……それも違う」
逃げたら、余計に怪しい。
俺は、深呼吸した。
「……行こう」
覚悟を決める。
「怒られたら、謝る」
(おー!)
(わんわん!)
(がんばれ)
(zzz...)
(めぇ)
(ぶもぉ!)
プーコは、元気よく頷いた。
そして。
――案の定だった。
「なっ……!?」
「う、うわああああ!」
王都の門で、悲鳴が上がる。
「魔獣だ! でかい!」
「誰か、騎士団を――」
「待って! 待ってください!昨日も来ました」
俺は、両手を上げて叫んだ。
「攻撃しません! こいつも、しません!」
プーコは、空気を読んで伏せた。
「ブモォ……」
逆に怖い。
門番たちは、完全に引いていた。
「お、お前……あの魔獣を従えているのか!?」
「え、ええと……従えてるというか……」
「何だそれは!?」
騎士団が駆けつけてきた。
鎧姿の男たちが、剣を抜いている。
「魔獣が街に入ろうとしている!」
「待ってください! これは俺の仲間で!」
「仲間!?」
完全に、大騒ぎ。
人々が集まってくる。
ざわざわと噂する声。
「あれ、ブラッディボアじゃないか?」
「凶暴な魔獣だぞ!」
「なんで、あんなにおとなしいんだ?」
「……あの」
俺は、小さく言った。
「従属じゃないんです。信頼、というか……」
「意味が分からん!」
ですよね。
その時、モフが俺の肩で鳴いた。
(まこと、せつめい、へた)
「わかってるよ!」
結局、騎士団の隊長が来て、事情を聞かれることになった。
「……つまり、お前はこの魔獣を支配しているわけではない、と?」
「はい」
「では、なぜついてくる?」
「え、ええと……懐かれたというか……」
「懐かれた?」
隊長は、信じられないという顔をした。
「ブラッディボアは、凶暴で手懐けられないことで有名だぞ」
「でも、本当に懐かれたんです」
プーコが、俺の足元に頭を擦り付けてくる。
「ブモォ♡」
「……ハートマーク付きで鳴いたぞ、今」
「それは……そういう性格なんです」
周囲が、笑い出した。
「なんだあれ」
「凶暴なブラッディボアが、完全にペットじゃん」
「可愛いじゃん」
隊長も、呆れた顔をした。
「……まあ、攻撃する様子はないな」
「はい、大人しいです」
「では、ギルドに連れて行け。ギルドマスターの判断を仰げ」
「わかりました!」
こうして、俺はプーコを連れてギルドに向かった。
ギルドに辿り着くまで、
俺は何度も説明した。
説明したが。
理解は、されていない。
「あれ、昨日の動物園の奴だろ」
「今度は巨大魔獣連れてきたぞ」
「どんどん増えてるな」
ざわざわと噂する声。
「……とりあえず」
ギルド前で、俺は肩を落とす。
「連れてきちゃったな」
プーコは、誇らしげだった。
(いっしょ)
それだけで、まあいいかと思えた。
受付に行くと、女性が青ざめた顔をした。
「マ、マコトさん……また……」
「すみません……」
「またブラッディボアを連れてくるなんて……」
「懐かれたんです……」
「懐かれた……」
受付の女性は、ため息をついた。
「……ギルドマスターに報告します。少々お待ちください」
「はい……」
しばらくして、ギルドマスターが現れた。
白髭の、厳格そうな老人。
「……お前が、タカハシマコトか」
「は、はい……」
ギルドマスターは、プーコを見た。
「ブラッディボアを従えているのか」
「え、ええと……従えてるというか……」
「支配しているのか?」
「いえ、してません」
「では、なぜついてくる?」
「懐かれました……」
ギルドマスターは、しばらく黙った。
そして――
「……興味深い」
「え?」
「魔獣を支配せず、信頼関係で従える……それは、稀有な才能だ」
「才能……?」
「ああ。普通の魔獣使いは、契約や支配で従える。だが、お前は違う」
ギルドマスターは、俺を見た。
「お前は、心で繋がっている」
「……」
「それは、素晴らしいことだ」
胸が、じんわり温かくなった。
「……ありがとうございます」
「ただし」
ギルドマスターは、厳しい顔をした。
「責任は、お前が取れ。魔獣が暴れたら、お前の責任だ」
「はい、わかりました」
こうして、プーコは正式に俺の仲間になった。
支配じゃない。
命令でもない。
ただ、隣にいるだけ。
それが、今の俺たちの関係だ。
――この選択が、
後に「魔獣使い」と呼ばれる男の、
最初の一歩だった。
この時は、まだ誰も知らない。




