11話:心を読むということ
冒険者ギルドは、今日も騒がしかった。
酒を飲む声。
依頼を取り合う声。
武器が触れ合う音。
俺は、討伐証明を差し出す。
「ゴブリン、三体……です」
受付の女性は、淡々と確認した。
「討伐数は基準内ですね。ただし、三体の内逃げた個体あり、と」
「……はい」
評価表に、ペンが走る。
特別な言葉は、ない。
褒められもしない。
責められもしない。
「報酬は銀貨5枚です」
「ありがとうございます……」
周囲の冒険者たちも、興味を失ったように視線を逸らす。
「あれ、昨日の動物園の奴だろ」
「ゴブリン三体で一日かよ。遅すぎ」
「まあ、Eランクなんてそんなもんだろ」
ひそひそ声が聞こえる。
「Eランクなら、普通ですね」
受付の女性の一言が、妙に刺さった。
普通。
つまり、期待されていない。
特別じゃない。
どこにでもいる、弱い冒険者。
俺は、銀貨を受け取って一歩下がる。
「……やっぱりな」
(かなしい)
モフの声が、心に響く。
「気にするな」
笑おうとしたが、うまくいかなかった。
次の依頼を探すため、掲示板の前に立つ。
目に入ったのは、討伐系ばかり。
ゴブリン討伐。
スライム討伐。
小型魔獣討伐。
「……また、戦うのか」
足元で、チビが小さく身を縮めた。
(こわい)
その声は、昨日よりもはっきりしていた。
「……そっか」
俺は、しゃがみ込む。
チビの目を見る。
震えている。
戦いの場に立つと、チビはいつも震えている。
気づいてはいた。
でも、今までは「仕方ない」で済ませていた。
(……おいて、いかれる?)
胸が、ぎゅっと締めつけられた。
「……違う」
俺は、目線を合わせる。
「一緒に行くかどうかは、お前が決めていい」
チビは、目を丸くした。
(いいの?)
「当たり前だろ」
冒険者は、命がけだ。
無理に付き合わせる理由なんて、ない。
したくない。
(でも……まこと、ひとり)
「一人でも大丈夫だよ」
その時、モフが間に割って入った。
(いっしょ!)
ポチも吠えた。
(わんわん!まこと、まもる!)
「お前ら……」
チビは、しばらく考えてから、ゆっくり頷いた。
(……こわい。でも……このひと、にげない)
胸の奥が、温かくなる。
「ありがとう」
俺は、チビの頭を撫でた。
その時、ふと他の依頼に目が留まった。
「薬草採取……森の魔獣を避けて、青い花を10本……」
戦闘を避けられる依頼。
報酬は銀貨3枚。
討伐より少ない。
でも――
「これにしよう」
(これ?)
「うん。戦わなくていい依頼」
(……まこと、やさしい)
モフが、嬉しそうに鳴いた。
俺は、依頼書を受付に持っていった。
「この依頼、受けます」
「薬草採取ですか……」
受付の女性は、少し意外そうな顔をした。
「討伐の方が報酬いいですよ?」
「いえ、これで大丈夫です」
「……わかりました」
その時、隣で大柄な男が笑った。
「おいおい、薬草採取かよ。冒険者なのに戦わないのか?」
「え、ええと……」
「まあ、弱いやつはそれでいいんじゃねえか? ハハハ」
男は、仲間と共に笑いながら去っていった。
顔が、熱くなる。
でも――
(まこと、だいじょうぶ?)
チビが、心配そうに俺を見上げた。
「……大丈夫」
俺は、笑った。
「お前が怖がらなくていい依頼を選んだだけだから」
(……ありがとう)
その言葉が、胸に染みた。
森に向かう道中、俺は【微心読】で周りの動物たちの心を感じ取っていた。
ポチ。
(たのしい!おさんぽ!)
モフ。
(まこと、すき)
チビ。
(きょうは、こわくない)
猫。
(zzz...)
山羊。
(めぇ)
「……心を読むって、こういうことなんだな」
便利じゃない。
楽でもない。
相手の恐怖や不安を、知ってしまう。
でも。
だからこそ、選べる。
どう接するか。
どう守るか。
どう一緒に歩くか。
「よし、着いたぞ」
森の入口。
青い花が咲いている場所を探す。
戦闘を避けながら、慎重に進む。
チビは、今日は震えていない。
(まこと、ありがとう)
その声が、何度も聞こえた。
「礼なんていいよ」
(でも……このひと、わたしのこと、かんがえてくれた)
「当たり前だろ。仲間だし」
(なかま……)
チビは、嬉しそうに尻尾を揺らした。
薬草採取は、思ったより簡単だった。
青い花を10本集めて、ギルドに戻る。
「お疲れ様です。報酬は銀貨3枚です」
「ありがとうございます」
周囲の冒険者たちは、相変わらず興味なさそうだ。
「薬草採取とか、女子供の仕事だろ」
「冒険者なのに情けねえ」
でも、今日は気にならなかった。
チビが、笑っている。
ポチが、尻尾を振っている。
モフが、嬉しそうに鳴いている。
それだけで、十分だった。
「よし、今日はここまでにするか」
(おー!)
(わんわん!)
(おなか、すいた)
(zzz...)
(めぇ)
ギルドの喧騒の中で、俺は小さく息を吐いた。
強くなくていい。
派手じゃなくていい。
怖がっている心を、無視しない。
それが、今の俺のやり方だ。
心を読むということは、
相手の痛みを知るということ。
それは、重い。
でも――
だからこそ、大切にできる。
俺は、仲間たちを見た。
みんな、笑っている。
それだけで、俺は満足だった。
「帰ろう。宿で飯食おう」
(おー!)
賑やかな声と共に、俺は今日も一日を終えた。
小さな成長。
小さな優しさ。
それが、俺の冒険者生活だった。




