表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
化け物伯爵と幸せなお嬢様  作者: クレイジーパンダ
第一章『幸せ?なお嬢様』
9/12

新米執事と幸せなお嬢様

「全く……心臓が止まるかと思ったよ。というか、一回くらい止まったかも」

「あはは、大袈裟だなぁ」


 エヴァンの部屋を出てすぐに、アランは大きなため息をこぼした。通じるかどうか分からなかったハッタリが通り、ホクホク笑顔の私とは対極的に、ビビり散らかした子犬のように体を小さくしている。


「大袈裟なもんか……リリィには分からないかもしれないけど、僕からすれば、ヴェイロン卿——旦那様の眼光が、恐ろしくて恐ろしくて……」

「あぁ、確かに。パパの目って……」


 少し吊り目で、相手にきつい印象を与えるエヴァンの目。その美しい銀色の髪と眼光、それから、誰も寄せ付けない空気感から、エヴァンはよくオオカミそのものに喩えられていた。原作の挿絵でも、エヴァンとオオカミはセットで描かれることが多かった。なんなら……ヴェイロンの家紋にはデフォルメされたオオカミが刻まれている。


 そこまで考えて、ハッと思い出した。確か、原作中盤……リリエルと和解し始めた頃のエヴァンが、こんな愚痴をこぼしていた。


『……お前を怖がらせるこの目も、私は嫌いだ』


……と。


 原作初期のリリエルは、当然未来を知っているはずもなく、エヴァンが心の底からリリエルのことを愛していることにも気がついていなかったから、エヴァンのその鋭い眼光に怯えるシーンが多々あったのだ。そのことから、エヴァンは自らのその鋭い目つきを嫌っている……と、そんな話があった。あの見た目で、超ネガティブなのである。


「……それ、絶対本人に言っちゃダメだよ。多分、気にしてる」

「えっ」


 アランの肩に手を置き、遠くの方を見ながらそう告げた。今はまだ、意味も分からないだろうけど……きっと、アランにも分かる日が来るはずだ。


 そうして、その流れでアランを見つめる。原作では最序盤に死んでしまう、お助けキャラ的立ち位置の少年。結局物語が完結に向かうとなった現在でも、その出生の秘密などは一切明かされず、ある意味では『一番の謎』を抱えたキャラとなっていた。

 そんなアランが、生きている。未来を知る私からすれば、恐らくこれは……物語を進める上では、最大のノイズとなるだろう。アランが今後どう立ち回るかによっては、物語の未来が一八〇度方向転換してしまう可能性もある。


 ただ、この選択は決して、間違ってはいなかったはずだ。私はアランを死なせたくなかったし、そのために、これだけ頑張って動いてきたんだ。きっと、良い方向に向かう。そのはずだ。


「ど、どうしたの、リリィ?」


 ずっと肩に手を置かれ、見つめ続けられていたアランが、困惑したように私を見つめ返す。やはり、イケメンである。日本ではまず、お目にかかれないタイプのイケメンだ。きょとんと首を傾げるその仕草でさえ、気を抜けばこちらが赤面してしまいそうになる。


「ううん……これで、わたしの髪が元の長さに戻るまで……一緒にいられるね、って思って」


 誤魔化すように、私はそう言った。間違っても、『本来は死ぬはずだったあなたを助けたことについて考えていました』だなんて、口には出来ない。一生、誰にも明かすことが出来ない秘密になるだろう。

 私は、誤魔化すようにそう言ったんだ。けれど、多分、アランはそうは捉えなかったんだろう。私の髪が短くなってしまったことを本気で悔やんでいたのか、アランはするりと私の首元に手を回し、髪に触れた。


「……ごめん、リリィ。僕はあの時必死で……キミの髪を使うなんて、そんな酷い作戦を……」


 顔が近い。アランには悪気はないのかもしれないけど……顔が近い。相手の息遣いまで分かってしまう距離だ。これまで恋愛の『れ』の字の存在すら知らなかった私には、あまりにも刺激が強い。強すぎる。

 一瞬で、顔が熱くなった。第三者から見れば、耳まで真っ赤に染まっているのだろうということは、すぐに分かった。


「……き、ききっ、気にしてない、です。そこまで……」

「り、リリィ? どうしてそんなカタコトに……?」


 本気で分かっていない辺り、アランは天然モノの女誑しなのかもしれない。物語序盤で死んでしまうから、こんなに女心を的確に刺激する男だとは知らなかった。

 私は急いでアランを引き剥がし、そっぽを向く。これ以上、真正面からアランの顔を直視出来る自信がなかった。


 と、そこで助け舟を出すかの如く……聞き覚えのある声が響いた。


「お嬢〜!」

「……ジェイド?」


 振り返ると、手を振りながらやってくるジェイドの姿が見えた。文章中で『飄々とした性格』と書かれていた通り、ジェイドは主人であるエヴァンにも、その一人娘であるリリエルに対しても、このような軽めな態度で接している。それが許されているのは……ひとえに、彼の弓の腕が、それだけ優れているからだろう。


 ジェイドは私達のところまでやってくると立ち止まり、にこにこと微笑んだまま、何も言わなかった。原作小説を読んでいるはずの私でも、一体何がしたいのか……いまいち、よく分からない。


「その様子だと、なんとか丸く収まったみたいですね」

「うん。おかげさまで」

「ってことは……アランは、ここで働くことになるんだな?」

「はい。リリ……エルお嬢様の執事として、身を粉にして尽力する所存です」


 一応、エヴァンの配下であるジェイドの前だからか、アランは改まった様子でそう言った。農場にいた頃から『リリィ』と呼んでいて、まだ慣れていないのか、少したどたどしい。


「そいつは良かった。おめでとさん、アラン」

「ありがとうございます、ジェイド様」


 深く、頭を下げるアラン。つい先ほど執事になったばかりとは思えない、滑らかな身のこなしだ。まるで前からそうであったかのように振る舞うアランに疑問を覚えつつ、私はジェイドに問いかけた。


「ところで、ジェイド、なにか用があったんじゃ?」

「ああ、そうでした」


 わざとらしく思い出したように手を叩いたジェイドは、右手でピースを作った。ピースではなく……恐らく、指を二本立てているだけだろう。


「良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたいですか?」

「えっ、なにその二択……良いニュースだけじゃダメなの……?」

「一応、お嬢にも関係のある話なんで」


 私に関係のある『悪いニュース』だなんて、その時点で半分は答えが出ているようなものだ。どうせ、ラスール農場関連だろう。原作小説では、ラスール夫妻や取引した商人のその後は描かれなかったものの……それは物語に特別必要がなかったから描かれなかっただけで、物語の裏では何か色々な話が繰り広げられていたに違いない。


「じゃ、悪いニュースからで……」

「性格出ますね、こういうの」

「好物は残しておくタイプだから」


 ジェイドは『そうですね』と言って笑いながら、やや真剣な面持ちをする。


「ラスール農場の顧客ですが……やはり、全員を捕らえるには時間がかかるそうです。ラスールのやつ、用意周到なのかなんなのか、顧客名簿を用意してなかったみたいで」


 その言葉に思うところがあったのか、アランは顎に手をやり思案した。


「……あの男ならあり得ますね。全ての顧客情報が頭に入っていたのかもしれません。元々、限られた商人しか出入りしていませんでしたし。本人は口を割らなかったんですか?」

「ああ。腐っていても、そこは義理堅い男なんだろうな」


 違法薬物の栽培人に義理なんてものは存在するんだろうか。リリエルは訝しんだ。


「まあ……でも、それは仕方ないよ。私達が生きて帰ってこられただけでも御の字と思わないと」

「ええ。ラスールとマダムは檻の中ですし、成果としては上々だと思います」

「そう言っていただけるとありがたいですね。このあと旦那から叱責される予定なんで、甘い言葉が身に沁みますわ」


 私とアランが許しても、エヴァンが許さない、か。可哀想なジェイド達……。


「で、良いニュースは?」


 この後のことを考えて、すっかり沈んでしまった様子のジェイドは、私の言葉にハッとなって両手を広げた。なんだか、とても嬉しそうである。


「実はですね……お嬢の誘拐騒動で有耶無耶になっていた、今年の天狼祭(てんろうさい)ですが……無事に、開催が決定したそうです!」

「えっ!」


 思わず口に手を当てて驚いてしまう。それは、原作既読勢の私にとって、最高の『良いニュース』だった。


「天狼祭……?」


 隣に立つアランは、一人、首を傾げている。無理もない。天狼祭はユーゼリアでしか開催されないどローカル祭り(・・・・・・・)なのだから。


「アランは知らないか。天狼祭っていうのは、ヴェイロン辺境伯の領地、ユーゼリアで開催される祭りのことだ。毎年この時期に開催されるんだが、今年はお嬢のこともあって、自粛する動きになってたんだよ」

「そうそう。今年はないのかなぁって思ってた」


 思っていた、というよりは、ないことを知っていた、と言った方が正しいか。天狼祭はこの世界換算でおよそ二月後。しかし、原作ではリリエルが救出されるのは半年後のことだ。


『リリエル様が誘拐されたのに祭りなんてやっている場合じゃねぇ!』


 と、原作ではこの年の天狼祭は中止になり、開催されなかったはずだ。


「それが、リリ……エルお嬢様が帰ってこられたことで、開催されることになったと」

「そゆこと」


 元々は、半年も私が耐えられない、そして、アランを生き残らせるために企てた脱出計画だったけど、思わぬところで良い影響が出ている。


 天狼祭は原作中でも何度か描写されることのある、由緒正しきお祭りだ。といっても堅苦しいものではなく、通り一面に大量の屋台が出て、街全体がお祭りムードになり、夜には花火があがる……といった、日本のお祭りとてんで変わらないものである。

 多分、作者が日本人だから、イメージが日本のものに寄せられているんだろう。この世界には、お祭り以外にも、そういう雰囲気の漂うところがある世界観なのだ。リンゴとか、そのまんま登場してくる。作者が日本人だから。


 とはいえ、お祭りというのは嫌でも気分が高揚するものだ。お祭りの様相が日本のものと酷似していても、街並みや人々の様子はてんで違う。まさか、夢にまで見ていた『天狼祭』を、この身で体感出来るとは。夢みたいだ。


「しかも、今年の祭りはデカくなりそうですよ。なんてったって、お嬢の無事を祝うためのものでもありますからね」

「それは嬉しいなぁ。早く元気になって、皆にお礼しにいかないとね」

「ええ。それがいいでしょう」


 思わぬニュースに、心が躍る。この世界に来た時はどうしたもんかと考えたものだけど、真面目に生きていたら良いこともあるもんだ。


 ジェイドも天狼祭を楽しみにしていたのか、うきうきわくわくと気分を高めているが——不意に、顔を暗くして肩を落とした。


「……祭りを目一杯楽しむためにも、とりあえず、旦那に怒られてきます」

「……ああ……」


 可哀想なジェイド。トボトボと歩く彼の後ろ姿を見送って、私とアランはそれぞれ、自室に戻った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ