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化け物伯爵と幸せなお嬢様  作者: クレイジーパンダ
第二章『幸せなお嬢様』
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波乱の予感

 エヴァンによる警告の手紙が届いてから、二ヶ月が経った。予見されていた襲撃事件は今もまだ発生しておらず、どこかピリピリとした空気が流れたまま、私は平穏な学園生活を送っている。



——そんなある日の夜。何だか妙に喉が渇いて目を覚ました私は、水瓶を求めて、まだ半分眠ったままの状態で部屋を彷徨っていた。


「んぁ……」


 外はまだ暗い。恐らく、深夜だろう。変な時間に目が覚めると、翌朝が大変なのに——と、心の中でぶつくさと文句を言いながら、水瓶を手に取る。カップ二回分の水を一瞬で飲み干し、喉の渇きが取れると、再びベッドに戻ろうとした。


……と、その時だ。何だか、部屋の外……窓の外から、妙な物音が聞こえた。


 それは、人の足音と話し声のようだった。カーテン越しに、そっと耳を近づけるが、会話の内容までは聞き取れない。


「うぅん……?」


 まだ頭が寝ぼけている感じがする。元々、寝覚めは悪い方だ。それでも、心の中に巣食う『嫌な予感』が、このまま再び眠りに就くことを許さなかった。


 ゆっくりと、カーテンの端の方を捲り、ガラス窓から外を覗く。暗くてよく見えないが、確かに、階下に誰かがいるのが見えた。

 私の部屋は寮の二階だ。余程ヘマをしない限りは、向こうからもこちらを視認できないだろう。もう少しだけ体を乗り出し、その人影の姿を両目に焼き付けた。


「……誰?」


 外にいたのは、全身黒ずくめの衣装に身を包み、口元をフードのようなもので隠した、複数人の人影だった。依然として会話の内容は聞き取れないものの、どう考えても、学園側が用意している警備の類ではない。

 まさか、と、一気に眠気から覚める。エヴァンの警告から二ヶ月。手紙によれば、襲撃が行われるのは『三ヶ月以内』だった。本当に襲撃が行われるならば、そろそろ、連中が動き出してもおかしくはない時期だ。


「……遂に、動き出した……」


 物音を立てないよう、尚且つ急ぎ足で、その場に服を脱ぎ散らかす。動きづらいパジャマから、動きやすい制服に着替え、練習用などではない、真剣を腰に差す。これで、いつ奴らが部屋に侵入してきたとしても、戦うことはできるだろう。


「よし、次は……」


 誰かに、この状況を知らせなくてはならない。もう一度外の様子を窺うと、連中の手には剣や弓、短剣といった武器が、剥き身で握られていた。学園側の警備であるなら、少なくとも、敵が現れていない段階では鞘に納めたままだろう。これはもう、間違いない。


 アランがいるのは執事や侍女用の寮。私達がいるこの建物の、すぐ隣に併設された建物にある。建物内には連絡通路もあるから、外に出なくても知らせることができるだろう。

 問題は、ジェイドとエナだ。彼らはヴェイロンから派遣された兵としてここにいる。当然、夜は警備として学園内を見回っているはずだが……今どのルートを彼らが警備しているかは、私も把握していない。学園内を彷徨けばそのうち出会えるだろうが、敵がいる中、そのようなことができるはずもない。


「まず知らせるべきは……セリアか」


 公爵家の令嬢として事情を知るセリア。彼女はこの建物の三階にいる。彼女なら戦う力もあるし、油断をしなければそうそう負けることもない。

 それに、公爵家の息女という立場上、彼女自身が連中の目的である可能性もゼロではない。早めにその安全を確保しなくては。



 方針を決め、軽く頬を叩く。そうして部屋の扉に手をかけ、ゆっくりと……開いているか開いていないか分からないくらいの速度で、扉を開く。隙間から様子を窺っても、周囲に気配はない。


「……建物の中にはまだ来てない……?」


 もしかすると、連中が学園に忍び込んですぐのタイミングで、私が気づいたのかもしれない。

 だとすれば好都合だ。警備もいずれ気づくだろうが、動き出しは早いに越したことはない。


 部屋を飛び出し、極力足音を立てないよう、階段を目指す。貴族が寝泊まりする寮ということもあってか、寮の中に警備の姿は見られなかった。いるとしたら、一階玄関口だろう。


 そうして階段に辿り着くと、ゆっくりと三階へ上がる。やはり、三階にも人の気配はない。静寂そのものだ。

 セリアの部屋は三階の一番奥にある。よりにもよって一番奥なのか、と、今だけはこの配置が恨めしい。


「……」


 今、出会い頭に誰かと遭遇したら、反射的に斬ってしまいそうだ。そんなことを考えながら廊下を進み、セリアの部屋の前に到着する。

 到着したのはいいものの……どうしたものか。当然、部屋の扉には鍵が掛かっているだろうし、この時間にセリアが起きているとも思えない。扉を叩いて起きてくれれば御の字だが、外に連中がいる以上、あまり大きな音を出すわけにもいかない。


 ダメ元で、扉を小さく叩く。やはりというか当然というか、返事はない。


「……どうしよう。合鍵なんて持ってないし……」


 そう考えながら、ドアノブに手を掛ける。鍵が掛かっているだろうと踏んで、ドアノブを回すと……何故か、それは簡単に回ってしまった。


「えっ……うわっ!?」


 直後、扉が開き、その隙間から鈍く輝く銀色の筋が見えた。思わず身をのけ反ってそれを躱すと……それは、細身の剣による突きだった。


「えっ、リリエルさんっ……!?」

「セリアっ……!」


 後ろに倒れながら、鋭い眼光のセリアと目が合う。彼女は酷く驚いたように私を見つめ、私は、そのまま尻餅をついた。


「いっ……」


 お尻の骨が痛い。無駄に硬い床に打ち付けたせいだろう。お尻をさすりながら立ち上がると、セリアは剣を納め、心配そうに私のお尻を揉んだ。


「だ、大丈夫ですか、リリエルさんっ……すみません、わたくし、てっきり敵襲だとばかり……!」

「大丈夫大丈夫。一瞬走馬灯がよぎったけど……何とか生きてるよ」


 私じゃない他の生徒だったら、死んでいた可能性が高いが……まあ、状況が状況だ。不用意にノックをして扉を開けようとした私にも責任はある。セリアを責めることはできない。


 そしていつまで揉んでいる。人の尻を。


「その様子だと……セリアも気づいたんだ、アレに」


 尻を揉むセリアの手をぺいっと払いのける。彼女は、首を縦に振った。


「ええ。ある恋愛小説が、非常に後が気になる展開だったので、夜更かしして読んでいたのですが……」

「なるほどね」


 流石にこの時間は起きていないだろうと思っていたが、セリアの恋愛脳を舐めていた。次の日が平日でも、平気で夜更かしをするのがセリアという少女だ。

 むしろ、今回はそれに助けられたという感じもする。彼女の目覚めを待つ手間が省けた。どの恋愛小説か分からないが、良い仕事だ。


「リリエルさんも、アレを?」

「うん。偶然起きて……一先ず、近くて、危険度が高いセリアのところに来たってわけ」

「そうでしたか。ありがとうございます、心配してくださって」


 にこりと微笑んで、頭を下げるセリア。剣を避けたあとに見た、あの、夜叉のような目をした彼女とはまるで正反対だ。


「それで、この次はどちらに?」

「そうだな……」


 どう動くべきか。セリアとは無事に合流ができた。この次はアランとも合流したいところだけど、連中の目的がただの従者である可能性は限りなく低い。であるならば、従者寮へ向かうのではなく、このまま警備を探すのが最善であるだろう。

 それに、人数が増えれば増えるほど、動きづらくなるのも事実だ。アランには戦う力はない。私の執事として、エナの戦闘訓練を受けてはいるようだが、それでも、戦闘慣れした大人とやりあえるほどではない。


「……あまり大人数で動くこともできないから、このまま、警備の人に知らせたいところだけど……」


 少し言い淀んでそう告げると、セリアは何かを察したのか、目を見開いたあとに答えた。


「……では、従者の寮に向かいつつ、兵を探しましょう。わたくしも、フィーが心配ですので」

「セリア……」

「親しい仲にある人物が、心配になるのは当然のことです。連れ歩くことはせずとも、無事を確認するくらいは構わないでしょう。兵も、今なお侵入に気がつかないほど、無能ではないはずです」


 私の思いを汲んでの行動だ。彼女は迷うこともなくそう告げると、部屋の扉を閉め、鍵を掛けた。


「さあ、行きましょう、リリエルさん。奴らの悪行を止めなくては」

「……分かった。やってやろう、セリア」

「ええ。やってやりましょう」


 拳を作ってセリアに向ける。私の意図を察して、彼女はそこは、自分の拳を、軽く打ち付けた。



 さあ、やろう。この襲撃イベントが、どういった理由で行われているのかは分からないが……確実に、私達に関係があることだろう。ここを乗り切って、平穏な学園生活を取り戻すんだ。

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