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化け物伯爵と幸せなお嬢様  作者: クレイジーパンダ
第二章『幸せなお嬢様』
17/21

警告

 例の一件から二ヶ月——私とセリアは、友人として、順調に仲を深めていた。公爵家の権威を目当てに付き纏っていた取り巻き達は、化け物伯爵の娘である私が怖いのか、セリアから離れていったけれど、


『真の友人が増えて、公爵家の名前欲しさに付き従っていた者が減ったのなら、実質得してますわ』


 と、本人はあまり気にしていないようだった。


 私自身、セリアに近づいたのは将来的に公爵家の権威を借りるためだった。その点で言えば、少し彼女に申し訳なく、気まずく思うところはあるものの、それを抜きにしても、今では彼女のことを本当の友人だと思っている。


「ですから、この場合は殿方からアプローチしなくては……」

「いやでも、こういう場面で女性からアプローチっていうのも、それはそれで中々に通なもので……」

「むむっ、そう言われると確かに……」


 セリアおすすめの恋愛小説を肴に、今日も今日とて恋愛談義を繰り広げる私達。決闘の直後は、まだ周囲から妙な視線を送られることもあったが、今ではもう、背景の一部と化している。

 私も、ヴェイロンの邸宅にいた頃は、同年代の友人と呼べるものがアラン以外にいなかった。だが、アランはあまり、恋愛小説だとか、そういうものには興味がない。同じ性別で、同じ年代で、共通の趣味を持っている。そんな友人は、リリエルにとってはセリアが初めてだった。


「……ふふっ」


 恋愛談義をしていると、突然、セリアが笑い出す。恋愛小説は今まさに佳境を迎えようかというところで、固唾を飲んで見守る場面のはずだった。


「どうしたの、セリア」

「いえ……なんだか、こういうのもいいなと。そう思っただけです」

「……」


 公爵家という絶大な力を持つ家の娘。剣の実力もあり、それなりに人望もある。けれど、その性格から、本当の友人と呼べる者がいない。

 もし私が、この世界の未来のことを知らず、ただの少女として生きていたなら……もしかしたら、彼女と交わることはなかったかもしれない。そう考えると、彼女のことが可哀想に思えてくる。



「セリア、私……」


 なんと声をかけようとしたのだろう。彼女の名前を呼び、机の上に置かれた手に、自分の手を重ねて。





——ちょうど、その時だった。教室の中が、少し、ざわつき始めた。


「……アラン?」


 思わずそちらへ視線を向けると、教室の入り口にアランが立っているのが見える。そのあまりのイケメンぶりに、女子生徒から黄色い歓声があがっていた。

 執事という立場から、必要に迫られない限りは教室に姿を現すことがないアラン。そんな彼が、何やら深刻そうな表情をして、近づいてくる。


「失礼いたします、お嬢様」

「どうしたの、アラン。わざわざ教室まで来て……」


 そう問いかけると、アランは私の耳元にそっと顔を近づけ、耳打ちをする。五年間を共に過ごしてきて、平然と行われるこのような行為にも、随分と慣れたものだ。


「……お嬢様宛に文が届きました。旦那様からです」

「え、パパから?」


 アランは小さく頷いた。


 エヴァンからの手紙。それ自体はあまり珍しいことでもない。元々、学園生活に問題がなかったとしても、一ヶ月に一度は手紙を出すようにと言いつけられ、それと同じ数だけ返事が返ってきていたからだ。

 ただ……つい数日前にも、返事が返ってきたばかりだった。まだこちらから手紙も送っていないというのに、追加で手紙を送ってくるのは何か変だ。少なくとも、これまでにはなかった事態である。


「それから……使いの者が、至急確認するようにと」

「えぇ……? わざわざそんなことまで言ってくるなんて、嫌な予感しかしないんだけど……」


 イレギュラーな手紙に、確認を催促するような使いの発言。間違いなく、『良いこと』ではないだろう。


「もしかすると、ユーゼリアで何かが起こったのかもしれません。反乱だとか……あり得ない話ではありますが」


 アランも同じ考えに至ったのか、そんな仮説を立てる。

 ユーゼリアで反乱……は、まずないと見ていいだろう。エヴァンはきちんと市井に目を向けた統治をしているし、街の住民は、多少の例外はあろうが、エヴァンを好意的に思っている。私が学園に来てからの五ヶ月で、化け物伯爵という名も気にせずに慕ってくれている街の人間を、エヴァンが無碍にするとも考えづらい。


 可能性があるとすれば……病か。ユーゼリアで流行病でも蔓延し始めたか、あるいは、ヴェイロンの邸宅内でパンデミックでも起こったか。


 どちらにせよ、手紙の内容がプラス方向のものではないのは確実だろう。


「あの、リリエルさん? 何か、あったんですか?」

「え? ああ……」


 会話の内容は聞こえていなかったのか、セリアが心配するように声をかけてきた。彼女は友人だけど、公爵家の人間だ。内容も把握していない手紙のことで、余計な心配をかけるわけにもいかないだろう。


「ごめん……この続きはまた明日にしよう。なんか、パパから手紙が送られてきたみたい。『返事を早くくれ〜!』だってさ」

「ふふっ。愛されていらっしゃるんですね、リリエルさん」

「うん。というわけで、ちょっと外すね」

「ええ、分かりましたわ」


 そう言ってセリアに別れを告げ、教室を後にする。次の授業が始まるまで、まだ時間はあるから……物陰で手紙の内容を確認するくらいはできるだろう。


 アランを連れて、校舎を出て、建物の陰に入る。あまり人通りのない場所だ。問題ないだろう。


「アラン」

「はい。こちらが」


 アランが懐から取り出した手紙を受け取り、封を切る。中には、便箋が一枚だけ、封入されていた。


「……アラン」

「はい」

「アランも一緒に、だってさ」


 主人からの手紙を無断で拝見するわけにはいかないと、背を向けていたアランに声をかける。手紙の冒頭に、アランにもこの内容を伝えるようにと、注釈が打ってあったからだ。

 アランが私の背後に立ち、身長を活かして後ろから覗き込む。私は、エヴァンからの手紙に、目を通した。






——




 それは、私達が想像していたよりも、深刻な内容の手紙であった。


「これは……ここに書かれていることは、事実なのでしょうか……」

「パパがそう言っているくらいだから、事実だと思うよ」


 要約すると、それはこれから起こるであろう『大規模な襲撃事件の警告』だった。それも、場所はユーゼリアやヴェイロンの邸宅ではない。私達がいるここ……聖アルボア学園だ。

 ヴェイロンの裏ルートを使って入手した情報によれば、今から三ヶ月以内に、この聖アルボア学園が襲撃を受けるらしい。犯人達の目的はまだ分かっていないものの、恐らく『金』か『人』かのどちらかであろうと思われる。


(学園の襲撃イベント……? そんなの、見たことないっ……)


 原作では少し駆け足気味に綴られていた学園編。全てのイベントが記載されているわけではないだろうが、少なくとも、学園が襲撃されるなどという大きなイベントがスルーされるはずがない。

 五年前にあった、エヴァンとの天狼祭イベント。二ヶ月前に起きた、セリアとの決闘イベント。物語上での違いは、序盤におけるアランの救助の有無だけだというのに、あまりにもストーリーが原作と異なりすぎている。


 一体、これはどういうことか。一体、何が原因となって、これほど大きな変化が起きているのか。


「お嬢様……いかがいたしましょう。学園側への報告は、旦那様がされるそうですが……」

「だからと言って、襲撃が本当に起こるのかも分からないし、学園側は警備を強める程度で、大きな動きには出られないと思う。下手に動きを見せれば、犯人達が何をしでかすかも分からないから」

「では……」


 これまでも私の知らないイベントは山ほどあったが、それらは全て、ある程度予測と対応が可能だった。エヴァン救出イベントは私が原作よりも早く動き出すことで成功したし、エヴァンと天狼祭を回るようになったのは、救出したアランが口添えしてくれたからだった。セリアとの決闘イベントは予想外の出来事だったけれど、それ自体が何か問題となるわけではなかった。


 だけど、今回の襲撃イベントは明確にそれらとは異なる。私が、その存在すら予知できなかったもので、これからどんなことが起こるかの予測を立てることすらできない。謂わば、全てが『未知数』のイベントだ。


 犯人は誰なのか。何が目的なのか。どれくらいの規模なのか。その何もかもが分からない。こんな事象は初めてだ。



「……すぐに避難できるよう、準備はしておこう。それ以外は、警戒しつつ、いつも通り過ごすだけ。ただ……念の為、アランもいつ何時でも動けるよう、身構えておいて」

「かしこまりました、お嬢様。



 そう言って、新たにアランが取り出した便箋に、手紙の内容を把握した旨を簡単に綴ると、エヴァンに送るように指示を出した。

 リリエルの人生の中では、比較的大きな事件もなく、平穏な日々を過ごすはずだった学園編。そんな物語が、激動の日々に変化するかもしれない。一体、私はどのように動けばいいのか——そんなことを考えながら、教室へと戻った。

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