決闘
放課後、学園内にある闘技場には、少しばかりの人だかりができていた。原因は言わずもがな、化け物伯爵であるヴェイロンの一人娘と、グリゼルダ公爵家の息女との決闘が行われるからである。
決闘に用いるのは、当然、木剣であった。木剣とはいっても、この世で最も硬いとされる木材で拵えられた木剣であるため、全力で殴られると、当たり前のように死人が出る。あくまで、この学園に入学できるほどの剣の実力があり、『寸止めができること』と、『致命打を受けないこと』が前提となっているからこその仕様だ。
闘技場の中心には、そんな木剣を構えた、私とセリア。恥をかかされたと思い込むセリアの瞳には、こちらに対する強烈な殺意が宿っている。
『辱めを受けた。お前を殺して、私も死ぬ』
——恋愛脳で言えば、そんなところか。
「リリエルさん……貴女は、わたくしの乙女心を弄んだ。その罪、償ってもらいます」
「かなり不当な言いがかりだと思います」
「正当か不当かを決めるのは、この戦いの勝者です」
「そんなメチャクチャな……」
勝負は、決定打を一本とした三本先取で決まる。要は、『真剣で、尚且つこれが戦の場であれば相手を仕留めることができていた一撃』だ。急所への一撃は寸止めをする、というのがこの学園の暗黙の了解ではあるものの……あくまで、暗黙の了解だ。そのようなルール自体は存在しない。間違って相手を瀕死の重傷に追い込んでしまっても、なんら問題はないということだ。
(……まあ、セリアの性格からして、それはないだろうけど)
原作には、このようにリリエルとセリアが決闘をする展開など、存在しない。私もこの状況に困惑している、が……むしろ、これは好機ともいえる。ここで勝利し、セリアをなんとか言いくるめることができれば、『なるべく早く、セリアと親しい関係になる』という当初の目標は達成できるということになる。
——もうすぐ、決闘が始まる。私とセリア、二人同時に剣を構える。セリアは少し細めの木剣を、優雅に片手で。私はシンプルな直剣を両手で。お互いが構えをとると、闘技場内に……甲高い笛の音が響いた。
「シッ——!!」
それと同時に、セリアが攻め込んでくる。恋愛脳で、気になる相手の発言を曲解してしまいがちな彼女だが……公爵家の人間というだけあって、その実力は本物だ。
剣を細身にして軽量化し、速度を重視して戦う、スピード型の剣士。私達の間にあった数メートルほどの距離は、瞬く間に、消え失せた。
「一本、いただきますわっ……!!」
同年代の子供の中では、負けたことがなかったのだろう。もしかすると、歳上相手にだって負けたことはなかったのかもしれない。自信に満ち溢れた表情と、迷いのない剣筋。姿勢を低くして突撃するセリアの突き出した剣は、真っ直ぐに私の心臓へと向かっていた。
それを、私は、軽く剣の腹で弾いていなす。すぐさま身を捻って回転すると、セリアの背後に立ち、その首元に剣を添えた。
「……っ!? えっ!?」
「はい、一本」
観客が沸く。その一瞬の攻防に、会場のボルテージは一気に高まった。
当のセリアは『訳が分からない』といった様子で、剣を弾かれた姿勢のまま、呆然と立ち尽くしている。私が彼女の首筋から剣を離すまで、微動だにしなかった。
「……い、今のは……」
「流石の一撃です、セリアさん。一瞬でも反応が遅れていたら、やられていたのは私の方でしたね」
心からの称賛を、彼女に贈る。実際、同年代の他の子供相手ならば、今の一撃で決まっていただろう。
搦手など何もない、シンプルな突き。あれが実戦で、使われていたのが真剣なら、相手を殺すのにそれ以上の一撃は必要ない。だけど……どうにも私は、その手の攻撃には強いみたいだ。
もちろん、原因はその実力と風貌から化け物伯爵として恐れられる、エヴァンである。エヴァンも、時には相手を翻弄するような、奇術のような剣を使うこともあるものの、基本的には搦手などがない真っ直ぐな剣術を使う。それだけでも不敗を誇るほど、エヴァンのそれは完成度が高いのだ。
そして私は、この五年間、これから先何があっても困らないようにと、そんなエヴァンを相手に稽古を続けてきた。元々、彼の血を引くリリエルにも素質はあったのだろう。剣の腕はメキメキと上達し、ヴェイロンの警備相手にも互角に戦えるようになっていた。
つまるところ、セリアの使うような無駄な動きのないシンプルな剣術は、飽きるほど見てきたのだ。それも、恐らくこの帝国で最も強いエヴァンの剣を。
セリアは困惑していたものの、取り乱したままではいけないと、すぐに気持ちを切り替えて振り返る。再び剣を構えたが……先ほどまでの優雅な構えとは違い、どこか威圧感のある構え方だった。
「……失礼いたしました、リリエルさん。わたくしは、貴女のことを、ただの超絶美しい可憐な少女だと勘違いしておりました」
(リリエルが超絶美しい可憐な少女であることは否定しないけど……)
腰まで届く艶やかな銀髪と、長いまつ毛。髪と同じ色の瞳も、どこか強さを感じさせる表情も、全て父親から譲り受けたもの。一見すれば、剣など持ったことがなく、蝶よ花よと育てられたように見える。
「貴女はあのヴェイロンの一人娘。生半可な戦い方で勝てる相手ではありませんでしたわね」
「ええ、そうですね」
私も同じく、構えた。先ほどのような簡単な勝利は、二度とないだろう。息を呑んで待っていると、再び、笛の音が鳴り響いた。
——
「あっ……!」
カァン、と甲高い音が響いて、木剣が地面に転がり落ちる。剣を弾かれた衝撃で手が痺れているのか、セリアは右手を押さえながら蹲っていた。
その眼前に、切先を突き付ける。参ったと、彼女は両手を挙げた。
「……まさか、ここまで手も足も出ないとは……思いませんでした」
「天が味方をした、というやつでしょう」
三対零。厳正なる決闘の結果、三本を先取した私が、勝利した。決して楽な戦いではなかったけれど……リリエルの素質に感謝だ。
決着がついたと同時に、剣を下ろす。セリアはその場に座り込むと、手を後ろに回して体を支え、天を仰いだ。
「……恥ずかしい勘違いをした挙句、決闘でも負けてしまうなんて……ふふっ。これでは、公爵家の名前が泣いてしまいますね」
「そうですか? 勝負に絶対はありませんよ。次はセリアさんが勝つかもしれません」
「それはどうでしょうか。リリエルさんなら、どんな状況でも勝利してしまいそうです」
自嘲気味に笑うセリア。決闘に負けたこと……というよりは、そこに至る経緯に、かなり参っているようだ。
恐らく、ここでかける言葉を間違えると、原作通りの展開になってしまう。自身の性格に対するある程度の自覚があるセリアに対しては……やはり、寄り添うような発言が良いだろう。
「最初に言いましたが……私は、セリアさんと、友人になりたいと、そう思っていただけです。きっと、話も合うでしょうし……どうですか? 私と、友達になってはくれませんか、セリアさん」
手を差し伸べ、私がそう問いかけると、彼女は驚きから目を見開き、じっとこちらを見つめた。
「……驚きましたわ。わたくしのこの性格を知って、友人になりたいと仰った方は、これまでおりませんでしたのに」
「私も好きですから。白馬に乗った王子様とか、そういうの」
白馬の王子様。セリアはその言葉に、ぴくりと肩を震わせた。原作のリリエルは、将来的にセリアからその発言を聞くものの……『私』はまだ、彼女本人からそれを聞いていない。
こんなweb小説を読んでいるくらいだ。私だって、ラブコメや恋愛小説に憧れる心を、人並みには持ち合わせている。セリアほど極度の恋愛脳ではないものの、彼女の気持ちはよく分かる。この言葉は、セリアと仲良くなるための口実などではなく、本心だ。
やがて……彼女は会場内に響き渡るほど大きな声で笑うと、少し目を潤ませ、私の手を取った。力を込め、彼女を立ち上がらせると、セリアは迷いのない瞳で言った。
「……リリエルさん。わたくし達、良き友人になれそうですわね」
「ええ、きっと。剣も交えましたしね」
そうして、入学してから三ヶ月——セリア・グリゼルダと友好的な関係になるという、学園編第一の目的を、私は達成した。この出来事が、後々、私達の未来に大きな影響を与えることになるわけだが……この時はまだ、私以外、誰もその事実を予想もしていなかった。
——なお。
「け、決闘……!? えっ、決闘!?」
寮に戻った後、一連の流れを嬉々として報告すると、心配したアランに一時間にも渡る説教を受けたのだが……それはまた、別の話。




