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化け物伯爵と幸せなお嬢様  作者: クレイジーパンダ
第一章『幸せ?なお嬢様』
13/21

学園へ——

——五年後。




 帝都イルゾニアにあるヴェイロンの別邸。その一室で、早朝から暴れ回る人影があった。溢れかえる荷物を、何とか鞄に詰め込もうとする、私である。


「お嬢様、馬車に遅れますよ。何をしていらっしゃるんですか」

「ちょっと待ってってば! 荷物が爆発して……ぎゃわっ!?」

「ああ、もう……」


 荷物を詰め込んだ鞄が、何故か爆発する。中身が全てぶちまけられ、部屋の中はたちまちパニパニパニックといったところか。笑い事ではない。

 再び荷物を詰め込もうと、全体重をかけて鞄を踏みつける。その反動で鞄の蓋が弾け、私の着替えの服が一枚、扉の方へと飛んでいった。



——と。



「リリエル、支度は……」




 丁度タイミング良く……いや、悪く、扉が開かれる。扉の先から現れたのは、もはや一張羅とも化しつつある黒いコートを身に纏ったエヴァンだ。

 そんなエヴァンの頭に、飛んでいった私の服が……ぴったりと、覆い被さった。一瞬で空気がひりつき、私はアランの方を見た。


……何も知らんとでも言わんばかりに、顔を背けている。


「……先が思いやられるな」


 そんな、エヴァンのため息混じりな声が、棘のように突き刺さった。







 帝都イルゾニアにある、エヴァンの母校、聖アルボア学園。剣の神であるアルボアを崇拝する、剣術や馬術など、剣に関連する技術を学ぶための学校だ。

 平民もいないわけでもないが、主に貴族が通うこの学園。十三歳から十六歳までの三年間を、私はここで過ごすことになる。





 街の中を走り、私達を乗せた馬車が正門前に到着する。窓から外を覗くと、何故か、奇異な目を向けられているのが分かった。



(……ヴェイロンの家紋か)



 馬車の側面にデカデカと彫られたヴェイロンの家紋。恐らく、化け物伯爵に一人娘がいると知っていて、それがどんな人間であるか……興味が尽きないのだろう。


「やれやれ、本質を見た方がいいのに、本質を」

「何の話だ」

「キャタツとハシゴというか、ホンシツ的な話をね」

「何の話だ……?」


 エヴァンは首を傾げている。分からないのも当然だ。


「さ……行きますよ、お嬢様」


 そんなこんなと言葉を交わしていると、アランが馬車の扉を開き、先に降りて手を差し出す。私と同じく十三歳になって、すっかり背も伸び、逞しくなったアランは、美少女とも見間違うほどの美少年から……誰もが羨む美青年へと進化した。やはりどこか中性的な雰囲気はあるものの、そんじょそこらの貴族の子供より、よほど貴族らしい見た目をしている。


「ありがとう、アラン」


 その手を取って、馬車を降りる。


 直後——無数の視線が、私に注がれた。興味がっているものが半分と、不審がっているのが半分。あと、少しふしだらな視線を送ってくる輩も、数名混ざっている。


 無理もない……十三歳になったリリエルの美しさは、まさに天女のようなものだった。すっかり元通り、腰の辺りまで伸びた銀髪は、日本のコマーシャルでよく見かけるような、さらさらツヤツヤでまとまっていて、肌はもちもちふわふわ。かと思えば、エヴァン譲りの尖ったナイフのような雰囲気も持ち合わせている。

 小説で読んでいた時は羨むばかりだったものの……実際に自分がリリエルになってみると、逆にその美貌が恐ろしい。毎日食べたいものを食べて、適度な運動と剣術の稽古を頑張るだけでこの美貌が手に入るのだから、小説の世界万々歳だ。


 私に続いて、エヴァンも馬車を降りる。周囲の視線は、私とエヴァン、両方に注がれることとなった。



……エヴァンが、露骨に、不機嫌になっている。目を細め、まるで家の中に出たゴ○ブリを見るかのような目で、観衆を見渡す。




「……パパ、めっ」

「……うむ」


 思わず、エヴァンのコートを掴んで、下に引っ張る。最近はやや素直になり、私の話も正面から受け止めてくれるようになったエヴァンは、娘に頭の上がらない父親のように、すぐに視線を逸らした。


 逸らした先は、立派な学園の校舎だ。校舎というより、教会だとか、お城だとか、そういう呼び方をした方が似合っている気がしないでもない。


「……懐かしい場所だ。変わらないな、ここは」

「へぇ……」


 エヴァンがここに通っていたのは、もう二〇年近くも前のことだろう。だというのに、学園の雰囲気が変わらないというのは、良いことなのか、悪いことなのか。少なくとも……特にこれといった異常が無いというのは、原作をなぞっている私にとっては良い点だろう。


「パパ、あまりにも強すぎて、先生達から『あまり来ないでくれ』って言われてるんでしょ?」

「うむ……」


 どこか悲しげに返事をするエヴァン。在学期間中に、闘いを申し込んできた全ての生徒に勝利し、ありとあらゆる教師を打ち負かしたという伝説を残すエヴァンは、学園側から『メンツが潰れるから可能な限り顔を出さないでくれ』と、半分出禁のような宣告を受けているらしい。なんとも可哀想な話である。


 残酷な思い出が蘇ってきたのか、それとも、降り注ぐ視線が煩わしくなったのか。エヴァンは首を横に振ると、再び馬車に足を掛けた。元々、エヴァンはここまでの見送りだけだという約束だったのだ。


「私は戻る。アラン、あとは頼んだぞ」

「かしこまりました、旦那様」


 五年前の一件以降、何故か親子であるはずの私より仲良くなったエヴァンとアラン。少ない言葉数で相手の意思を汲み取り、アイコンタクトで会話をもこなす、まるで熟年夫婦のような二人。なんだか、複雑な気分だ。私はエヴァンの娘だし、この世界の主人公だし、死ぬはずだったアランを助けたのも私なのに。なんでそこ二人が仲良くなってるんだ。逆だろう、普通は。


 エヴァンを乗せた馬車が、再び走り出し、遠ざかっていく。残された私達は、気を取り直し、学園の校舎を見つめた。


 これから始まるのは、三年間の寮生活。快適だったヴェイロンの邸宅を離れ、一人……正確には、執事であるアランも含めた二人で、学園生活を乗り切らなくてはならない。



(さあ……ここから、中盤戦だ)



 原作小説の展開で言えば、既にこの世界は中盤戦に突入している。三年間の学園生活を過ごし、学園を卒業したあとは邸宅に戻って、エヴァンの補佐をする。そうして——なんとしてでも、エヴァンを救わなくてはならない。原作ラスト、完結まであと少しというところで、リリエルを庇って瀕死の重傷を負うことになるエヴァンを。


 そのために、この学園ですべきは——ずばり、『味方作り』だ。来るべき日、私の……いや、『ヴェイロンの』味方になってくれる人達。そんな友人関係を、ここで築かなくてはならない。



「よしっ……行こう、アラン」

「ええ。参りましょう、リリエルお嬢様」



 一歩、二歩と踏み出し、正門をくぐる。新しい生活の、幕開けだ。

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