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化け物伯爵と幸せなお嬢様  作者: クレイジーパンダ
第一章『幸せ?なお嬢様』
11/21

リリエルの困惑

 一週間後。いよいよ、天狼祭の当日だ。ヴェイロンの一人娘として、開会の挨拶と、拉致誘拐事件に関する謝意を述べたあと……私は、エヴァンの言い付け通り、部屋に一人、軟禁状態となっていた。













——わけではなく。



「「「……」」」



 その場にいる三人全員が、沈黙を保っていた。外出用におめかしした私と、執事服を着たアラン。そして……農場でも見た、あの黒いコートに身を包んだエヴァン。

 体をガチゴチに固めながら、二人に挟まれてユーゼリアの街を歩く。エヴァンは時折、何か言いたそうに私の方を見て、何も言わずにまた前を向くといったような仕草をとっていた。



(ど……)




……どうして、こうなった……?







 遡ること数時間前。今思えば、最初から、違和感はあった。



「お嬢様、髪飾りはどちらをお使いになられますか?」

「え? えーっと……こっち……?」


 つい先ほど、私はヴェイロンの一人娘として、開会の挨拶、それから、二ヶ月前の拉致誘拐事件の謝意を終えた。いつも着ている煌びやかなドレスや、可愛らしいワンピースとは違う、飾り気の少ないフォーマルなドレス。拉致誘拐事件というセンシティブな話題に触れるために、敢えてそういった衣装が選ばれたのだろう。

 そうして挨拶を終えた私は、エヴァンの言い付け通り、自室へと帰ってきた。これから祭りが終わるその時まで、私は外出を禁止されている。そのはずだった。


 しかし……自室に帰ってきた私を待ち構えていたのは、リリエルが所有している無数のドレスやワンピース、アクセサリー類、それから、メイク道具を携えたエナの姿だった。


「エナ……聞きそびれたんだけど、これって一体……?」

「旦那様のご指示です。私も、詳しいことは聞いておらず……」


 花の形をした髪飾りを私の髪にセットしながら、エナはそう答えた。


……エヴァンの指示? だとするとこれは……たとえば、この邸宅に客人を招くために、おめかししているだとか。恐らくは、そういうことだろう。

 不特定多数の人間が集まる祭りの会場は危険だけど、全ての人間の身分を確認できる邸宅内での催しならば、私に危害が及ばない。と、いったところか。


 エヴァンなりに、私の——リリエルの気持ちを汲んでくれたのだろうか? 原作では、この時期のリリエルはまだ農場にいて、エヴァンとの絡みが描かれていない。つまり、どういう展開になるかは、状況証拠から私が推察しなくてはならない。



(……なんで、急にそんな心変わりを……?)



 私はまだ、エヴァンがツンからデレに移行するために必要なイベントをこなしていないはずだ。ツン状態のエヴァンは、リリエルのことを愛していても、リリエルの気持ちを考えることがない駄目な父親だったはず。リリエルを楽しませるために、屋敷に客人を呼ぶ、なんてこともしないだろう。可能性があるとするなら、同じ貴族がこの街に訪れていて、その挨拶の場に私を立ち会わせるから……だとか、そういったところだ。


 ただ、それにしたって……この格好は、ラフすぎるだろう。可愛らしいフリフリのワンピースに、モコモコのファーが付いたコート。とても、貴族のいる場に立ち会う格好ではないけれど……。



 そんなことを考えながら、エナに全身を弄り回される。全ての支度が終わった頃、部屋の扉を叩く音が聞こえた。


『私だ』


 それは、エヴァンの声だった。


「ど、どうぞ……?」


 入室を促すと、執事服を身に纏うアランを引き連れ、エヴァンが部屋に現れた。あの時、農場で見た黒いコートを身に付けており、その長い銀色の髪は、心なしかいつもより綺麗に整えられているように見えた。


「支度は終わったか」

「はい、旦那様」


 エナがそう言って腰を折り、頭を下げる。エヴァンは私の頭から足先までを観察すると、踵を返した。


「……行くぞ、リリエル」


 訳が分からないまま、そう告げられ、私は困惑した。行くぞって……一体、どこに?


「ちょ、ちょっと待って、パパ!」


 呼び止められたエヴァンは、再び、ゆっくりと振り返る。その冷たい眼光が、私ただ一人に向けられている。まるで、刃物でグサグサと突き刺されているかのように錯覚してしまうほどの鋭さだ。


「……その、わたし、お祭りの間は外出禁止だって……」


 天狼祭は今日から二日間開催される。人が多く、街中がごった返す祭りの期間中は、ラスール農場の件で捕まっていない商人からの報復を避けるため、私は外出してはいけない。そういう話だったはずだ。

 そんな私の当然の疑問に、エヴァンは一切表情を変えることなく、答えた。


「お前は、祭りに行きたいのではなかったのか?」

「……うん。行きたい……」


 ワンピースの裾を掴み、俯いて、弱々しく返事をする。すると、エヴァンから予想もしていなかった言葉が返ってきた。



「私が同行すると言っている。祭りに行くというのがお前の望みだろう」



 ハッとなって顔をあげると、相変わらず無表情のエヴァンがそこにはいた。私を見つめる冷たい眼光は……けれど、途端に、冷たく感じなくなった。


 ふと隣に視線を向ければ、アランが左目でウインクをしている。それで全てを察した。恐らく……アランが、エヴァンと交渉してくれたのだと。エヴァンの同行という条件付きで、私が祭りに行くことを許可してくれたのだと。


「早くしろ。日が暮れるまでそうしているつもりか」


 エヴァンは振り返り様にそう言って、一足先に部屋を出ていった。残されたのは私とアラン、エナの三人。

 すると、『ぽんぽん』と、エナが優しく背中を叩いた。エナは優しい顔で、にこりと微笑んでいる。


「……いってらっしゃいませ、お嬢様」

「……うんっ!」


 手を振るエナに別れを告げ、私はアランと共に、エヴァンのあとを追った。














——そうして、舞台は冒頭へと戻る。エヴァンとアランに挟まれ、まるでSPを引き連れたお姫様のように、街を練り歩く。

 外はほんのりと肌寒くて、エナが着せてくれたコートの温かさが心地よい。街行く人も、厚着をする人が増えた。季節の移ろいを感じる時期だ。


 こういう寒い日には、屋台のラーメンでも食べたくなるのが日本人のサガというものだろう。少し伸びた麺に、醤油ベースのスープ。一度想像するとなんだかお腹が空いてきて……そこへ、とんでもなく良い香りが漂ってきた。


 ちらりと視線を向けると、一つの屋台があった。どうやら、日本で言うところの串焼きや鉄板焼きを扱う屋台のようだ。趣は完全に日本のお祭りそのもので……原作者が細かい部分まで考えるのが面倒で放り投げたのだろうなと、少し複雑な気持ちになる。


「おっ、リリエル様と伯爵様じゃないですかい! 珍しいですねぇ、お二人揃ってお出掛けとは」


 良い匂いがする割には、あまり人が並んでいない屋台の店主。夫婦だろうか。旦那さんの方はややテンションが高く、奥さんの方は物腰落ち着いた雰囲気の人だった。


「どうです、リリエル様。ちょうど今、焼き上がったところなんですよ」


 良い匂いに釣られて、私がジロジロと見ているのがバレたのか。それとも、私の口からダラダラと流れる涎を見て察したのか。奥さんの方が、肉の串を持ち上げて、私を誘惑する。


 一度、エヴァンの様子を窺った。エヴァンは屋台を見つめたまま、微動だにしない。まさかとは思うが……エヴァンも、お腹が空いているんだろうか。いや、エヴァンに限ってそれは……ないか。


 駄目だと言われる気配もなかったので、私は小走りで屋台へと向かった。旦那さんが取り分けた串を、奥さんがカップに放り込んでいく。


「はい、執事さんの分も。ご無事で帰ってきてくださったリリエル様に、私達からのささやかなお祝いです」

「あ……ありがとうございますっ!」


 カップには、タレが絡められた肉の串が六本と、ゲソの串らしきものが三本入っていた。受け取ってすぐに、旦那さんの方が、それとは別で、小さな揚げ菓子のようなものが入ったカップも手渡してきた。

 お金はどうしたものかと、念の為に持たされていた革製の財布を取り出すと、夫婦は揃って首を横に振った。お祝いだから、お代は必要ないということだろう。


 ヴェイロンの一人娘であるリリエルにも、ヴェイロンの家訓は適用される。『恩義には恩義を』という家訓がある以上、あまりタダで物を受け取るのも良くはないけど……この状況で無理にお金を支払うのも、二人に悪いだろう。私はお礼を告げて、エヴァン達の元へ戻った。

 アランは私と同じように、匂いに釣られてほんの少し涎を垂らしている。どこか新鮮な光景だ。エヴァンの方はというと……表情を変えず、私を見つめていた。



「あの、パパ……これ……」



 おずおずとカップを差し出す。この時期のエヴァンは、こういう屋台のものを食べたりするんだろうか。原作中盤以降だと、リリエルと一緒に祭りに行く描写もあったはずだけど。

 どうなるものかと様子を窺っていると、エヴァンは躊躇うこともなく肉の串に手を伸ばし、口へ運んだ。柔らかそうな肉を一切れ分、口へ放り込むと、何度か咀嚼して、飲み込んだ。もちろん、表情は一切変えないままで。


 そうして、一本分の肉串を全て平らげると、何やら胸ポケットに手を入れ、紙の束とペンを取り出した。この時代背景なのに羽根ペンではなく、内部に墨が充填された現代式のペンだ。妙に技術が進んでいる。

 エヴァンは紙の束から一枚を抜き去り、そこは何かを綴っていく。書き終えると、それを持って屋台の店主達の元へと向かった。


「……悪くない味だ、店主。これなら、貴族相手にも十分通用するだろう」

「おぉ、伯爵様お墨付きのサインですか! こいつぁどうも! うちの料理にも箔がつくってもんですなぁ!」


……有名人が、美味しかった飲食店にサインを残すようなものなのだろうか。店主は、受け取ったサインをいそいそと店先に飾る。


 サインを渡し、再び私達のところへと返ってきたエヴァン。まだ料理に手をつけていないことに疑問を抱いたのか、カップの中を一瞥したあと、口を開く。


「何をしている。お前が受け取ったものだろう」

「あ、う、うんっ!」


 カップの中から肉串を取り出して、同様に、アランにもそれを差し出す。まだ湯気が出ているそれを口の中に放り込むと、途端に、口の中が幸せに包まれた。



「お、おいひぃっ……!」



 少し火傷しそうになりながら、素直な感想がこぼれた。

 タレは、寒い時期にぴったりの、少し濃いめの味付け。肉は簡単にほぐれるほど柔らかく、けれども、肉を食べているという感覚を味わえる適度な硬さ。


「うん、すごく美味しい……濃い味付けなのにくどくなくて、いくらでも食べられそうです」


 同じく肉串を食べたアランが、そんな的確な感想を述べる。確かに、味付けは濃いのにいくらでも食べられそうなほど、後味はあっさりしている。レシピを教えてほしいくらいだ。

 続け様にゲソらしきもの——というか、多分、この世界観的にゲソであろうものへと手を伸ばす私達。こちらもこちらで、肉串に負けず劣らずの美味しさであった。


 そんな風に美味い美味いと褒め散らかしていると、店主二人は照れ臭そうに談笑し始めた。


「そんなそんな。そんなに褒められると困っちまいますよ。なぁ?」

「ええ。お口にあったようで何よりです」



 そう言って、二人がふと、私達とは逆方向へと視線を向ける。そして、あんぐりと、口を開いた。目は、目玉が飛び出しそうなほど、大きく見開かれている。


「おわっ、なんだぁ、この行列っ!?」


 そこには、数十人の行列ができていた。先ほどまでは閑散としていたはずなのに、今はもう、有名店であろうかと言うほど、ずらりと人が並んでいる。

 流石にその状況には困惑したのか、店主達は呆気に取られ……しかし、商売人根性だろうか。次の瞬間には気持ちを切り替え、凄まじい勢いで肉を焼き、ゲソを焼き、客を捌き始めた。


(……ん?)


 そんな行列から、何やらヒソヒソと話す声が聞こえる。その視線はエヴァンと私……それから、店先に飾られた、エヴァンのサインは向けられている。



「……ああ、そういうこと……」



 恩義には恩義を。つまり、そういうこと(・・・・・・)か。だから、エヴァンはわざわざ、あの店主にサインを渡したのだ。



「行くぞ、リリエル」



 当の本人は素知らぬ顔で、先へと進み始めた。

 恩義に報いる方法は色々あるもんだなぁ、と、少し感心した私は……早足に、その背中を追った。



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