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76話:記憶との対峙③

そのまま掃除が終わって、このまま姉の部屋を見てもよかったが、綺麗になった窓を覗けば夕暮れとなっていた。


「……こんなもんか」


随分と綺麗になったと思う。埃は無くなったし、ここで暮らせと言われても無理はないだろう。


「おや、随分と整いましたね」


セニステラが後ろからそう言った。


「お前の目からもそう見えるか」


「……ええ」


セニステラは部屋の中心や隅、果ては天井までその目で注視してそう言った。しかし、その前の変な間が気になる。


「……本当は?辛口でいいぞ」


「……では遠慮なく。隅にはまだ埃が残ってますね。箒だけでは取れませんから、きちんと雑巾で汚れを取るべきでしたね。おそらく面倒くさくなったからやめたのでしょうが。それに――」


「分かった!分かったからもうやめてくれ」


聞いたことを後悔した。それもそうだ。セニステラは完璧な使用人なのだ。俺のようなただの男が、辛口、なんて言葉を掃除の批評に使うなど烏滸がましかった。


「いいえ。アフト様はこれから皇帝となり、自身の言葉の責任に囚われていきます。これからはきちんと未来のことを考えて言葉にしてくださいね」


では、と、セニステラはまた俺のした掃除に対して小言を続けた。こんなことなら軽々しく掃除の批評など頼むべきではなかった。その小言は一時間ぐらい続いた。


「では私はこれで」


セニステラは綺麗にお辞儀をし、さっさとどこかへ行ってしまった。


「……ああ。どっと疲れた」


少し調子に乗っていたようだ。このまま俺は自分の部屋に戻ってそのまま寝た。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「うあ?」


起きると足音がドタバタと鳴っていた。今日は特に予定はなかったと記憶している。年に何回か行われる儀式や祭りなども今日は無かったはずだ。もし何か見逃しているのであれば……


「面倒くさいな」


思わずそう呟いてしまう。儀式や祭りは面倒なのだ。特に儀式。祭りはまだいい。祭りは代々皇族が冒頭の言葉を言って、しばらく関係者を回れば、あとは自由に祭りを回ればいい。しかも祭り自体は楽しいから、面倒くさいよりも楽しいが勝つ。しいて言うなら儀礼服に着替えることや格式ばった言葉を言うことだ。しかし儀式は、儀式はだるい。格式ばった行動と儀礼服に一日を、多い日は一週間ぐらいを縛られる。ご飯だって決まったものを食べなければならない。


「何かあったっけ?」


自分の部屋にあるカレンダーを覗く。そこにはびっしりと予定が入っていた。しかし、今日の日は特にない。となると俺には関係ない感じか。そう思ってもう一回寝る。時間も少し起きるには早いしな。


「アフト。いるか?」


寝ようとした途端、誰かが俺の部屋のドアをノックする音が聞こえた。そしてその声の主は最も聞きなれた声だった。


「……父さん?もう少し待って。服着替えるから」


「分かった」


その声を聞いたからには二度寝なんてできない。仕方なくベッドから降りて、クローゼットにある服を適当に見繕う。祭事とかじゃないから、私服でいいだろう。……部屋着はさすがに不味いか。


「いいよ、入って」


「分かった」


父の服装は少しばかり変であった。そう、まるで祭事の――


「……そんなに構えるな。今は感情は子供らしく出していいが、いずれ感情は封じ込めなければいけなくなる。少しばかり厳しいかもしれないが」


「……ああ」


どうやら顔に出ていたようだ。……感情を殺すことが皇帝として必要なのは分かる。だがそれはどうなんだ。皇帝としては正しいのかもしれないが、人としてそれは正しいのか?


「……それで?なんでここに?服装もいつものような私服じゃないし」


そう言うと、オルトスは顔を顰めた。感情を出すなと言ったのにその表情は一体なんなんだ。


「……アフト。真剣な話をしよう。お前の将来にかかわる話を」


そのいつになく神妙な面持ちは、俺のことについて真剣に悩んでいることが分かるとともに、俺の将来に暗闇が、少なくとも普通ではないことを示していた。


「……この足音は、それが原因?」


「……ああ」


「……場所、変えていい?」


「いいぞ。セニステラに場所を伝えておく。セニステラが来たら、好きなタイミングで来なさい」


「分かった」


そのままオルトスは去っていった。一体何を考えているのか俺には分からない。しかし、オルトスに会うまでの時間的猶予は、間違いなくリラックスなどできる物ではなく、覚悟を決めるための時間となっていた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「……来たか」


その声は非常に重かった。まるでここに来るのを歓迎していないような。


「ああ」


「アフト。よく聞け。これから話すことはお前に決定権がある。それを踏まえたうえで聞いてほしい」


その眼光は俺を鋭く貫く。


「ああ。いいよ」


「では単刀直入に言う。アフト。お前にはこれから500年間眠り――というか封印されてもらいたい」


「……」


余りにも突拍子もない言葉に、驚くことなどできなかった。その「封印」という単語を処理するのに、しばらくの時間を要した。


「……詳しく聞きたい」


「ああ。分かった。では最初に言う。ユピテルという名前を知っているな?」


「ああ。カンケルの初代皇帝だろ?」


「ああ。ユピテルは必要な時の為に自身の心臓を保存していた」


「待って。もうすでに疑問点があるんだが」


「質問しろ。この件は簡単に契約していいものじゃないからな」


少しだけ整理する。まずなんで心臓なのか。そして心臓を保存していた理由は?そもそもそんな事可能なのか?


「なんで心臓なんだ?」


「心臓は星術の、シードゥス・ヴィアの元だ。というかマナが心臓から作られるからだ」


「じゃあなんで心臓を保存していたんだ?そもそもそんなことできるのか?」


「できるのか、という点に関しては分からない。ユピテルもどうやってそんなことを可能にしたのか。だが心臓を保存していた理由は分かる。カンケル家の理念は知っているよな?」


「……我々の自己犠牲による世界の共生。秩序でも自由でもない、その中庸に存在する」


「そうだ。ユピテルは共生を達成するために自身の心臓を保存した。いくらアストラムから恐れられた皇帝だとはいえ、誰かと交わればその高貴な血統は穢される、薄まっていく。シードゥス・ヴィアだって例外じゃない」


……皮肉だな。自身の理念は共生なのに、そのための力は常に孤高でなければならないなど。そしてここまで言われれば大体何が言いたいのかわかる。つまり今あるそのユピテルの心臓は、一切穢されることなく存在している、最高峰の皇帝の血統。シードゥス・ヴィアも、マナも神に近しいものだろう。そしてその話が出てきたという事は――


「……ユピテルの心臓を俺に移植するために、俺を封印するという事か?」


「ああ。その通りだ……よく分かったな」


「ここまでお膳立てされればね」


「そうか」


ほんの少しだけ静寂が訪れる。話すことはこれだけだろうか。けど自分が何をしたいのかは分かってる。


「父さん、その話、受けるよ」


そう言うと、オルトスの目は震えていた。


「……アフト、今決めなくてもいいだぞ。まだ時間は――」


「やるよ。だってこれは贖罪なんだから」


疾うに答えなんて決まっていた。俺がなんであんな災害のようなことを起こしたのか分からない。けどもう戻れない、過去には戻れないんだから。


「……理由は聞かないんだな」


「聞くべきだった?」


「一応な。……アフト、ベランダに行かないか?」


「?……いいよ」


俺はそのままベランダへと進んだ。唐突な誘いだったが断る理由などなかった。そのベランダは、風が気持ちよかった――いや、少しだけ肌寒いかも。


「アフト。今の世界をどう思う?」


「……急だね」


「ああ」


手をポケットに入れたまま父さんはそう言った。その目はどこも見ていなかった。ただぶっきらぼうに、俺にそう言ったんだ。


「……ダースはともかく、ガラルドやバステフは国が混乱してる。新聞とかも見てると、治安が維持できてない。他の国だってそうだ」


「ああ。そう言うと思った。……アストラムが崩壊してから何百年か経った。その余波はまだ世界に爪痕を残している。秩序の王たちの統治は独裁的ではあったが、それでも完璧だったんだ。そう、まさに独裁的というのが唯一の弱点だった」


ため息をオルトスはついて、さらに話す。


「無辜の民はそれを知らずに瓦解させたんだ。その結果今がある。それに今は国という概念そのものが不安定だ。このままだったら、いずれヒュムスの思い通りになる」


ヒュムス。それはアストラムから離脱した三人の王。その理念は自由。国という概念を壊し、誰もが自分が思い描くような未来を生きて行けるようにと、そう願った自由の王。ヒュムスも一応瓦解はしたが、それ以来情報が全く来ない。特に王に関連しては。彼らは完全に独立してしまった。


「だが、俺はユピテルが望んだ今の世界を壊したくない」


そう言うと、オルトスは両手で俺の肩を掴んだ。その手は力強かった。でもそんなことより、その涙目が、俺を貫いた。


「誰かが、誰かが世界に立たないといけないんだ。いずれどの国も衆愚に陥ってしまう。それだけは阻止しなければ、神話時代以前の、混沌の時代に戻るのは避けなければ」


そのままオルトスは続ける。


「……きっと封印は500年は続く。そう予測している。封印だって不安定だ。何が起こるか分からない」


きっと最後の防波堤なんだ。だからオルトスはここまで感情的なんだ。俺に、父としての矜持を示しているんだ。


「……封印の間は?どうするんだ。俺が眠っている間、どうやってヒュムスを抑える?」


言いにくかった。この言葉はオルトスに、俺は封印されに行くと、父さんとは反対の方向に行くと言っているようなものだからだ。しかしオルトスは俺の頭を撫でた。いつぶりだろう、こうやって頭を撫でられたのは。5歳ぐらいから恥ずかしくなってやめたが、今だけはどれだけ恥ずかしくあろうとも、それでも受け入れた。


「それは父さんに任せろ。500年は守ってやる。……だが、それ以上は無理だろう。もし600年もすれば、世界はまた今の世界の一歩前を歩くことになる。それにヒュムスも力をつける」


「……その時はどうしたらいい?」


オルトスは微笑んで言った。


「……その時は、お前の好きなようにしろ。この世界を守るも、ヒュムスに味方するも、お前の好きなようにしろ」


「……分かった」


その言葉にどれだけの思いが込められていただろう。オルトスは一体どういう思いで俺にそう言ったんだろう。長い長い静寂が俺たちを包み込んだ。


「そろそろ帰るぞ」


オルトスがそう言った。断る理由もなかったから、俺もそのままそれに続いた。


「……では、封印はするという方向で進める。いいな?」


「うん」


「分かった」


俺の手は震えていた。もうそれはただの肌寒さな訳がない。もう二度と戻れない。進むしかない。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「――ト様。アフト様」


「!……ユークリッドか」


「ええ。もう夜になりつつあります。ここらで休んではどうでしょう?」


周りを見れば、森の中なのも相まってかなり暗かった。


「この本は持って行っても?」


「ええ。どうぞ。明日は家の中で読みますか?」


「……いや、ここで読むよ」


「分かりました」


そのまま俺はガラスの椅子を立つ。心臓は、いまだ鼓動を成していた。

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それと、多分週に一回ぐらいの更新になります。おそらく試験が終わるまでです。

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