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74話:記憶との対峙①

――もはや何があったのかすら分からない。そもそもなんでこんなことをしたのかの記憶が無い。僕――俺に姉が居たことなどないはずだ。


その出だしは衝撃的だった。この言葉から目が離れない。姉が居たことを忘れた記憶などない。こいつは一体何を言っているんだ?


――だが、もしこの日記が、ありのままの俺の記憶が役に立つ可能性を否定できないから、ここに書き写しておく。それと、日記はできるだけその時に感じた文章で即して書く。だから、齟齬が生じる可能性も否めないことをここに断っておく。アフト・キャンサー。


本の最初のページはどうやらただの紹介文のようだ。どういうことだ?そもそもキャンサーが俺の別の人格だと言うのが分からない。記憶はきちんとあるんだ。ある……はずなんだ。……なぜ、俺の記憶は思い出せないんだ?


そのまま次のページを捲る。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

目が覚めたのはベッドの上だった。そう、俺の部屋。何の変哲もない、いつも通りの部屋。ただ、違うのは起きたすぐ傍には使用人がいたこと。


「!お目覚めになられたのですね!」


ああ、と言おうとしたが、残念なことに声はうまく出なかった。だから頷いて返事をしたが、いつの間にかその使用人はどこかに行っていた。扉だけが冷たい風を運んでいた。


しばらくするとドタドタと足音が聞こえた。音的には一人だ。よほど大慌てで来ているのだろう。


「アフト!」


それは父さんだった。父さんの慌てている様子を見たのはこれが初めてな気がする。父さん――いや、念のために名前を言えば、オルトスという名だ。やはり日記は違和感ない限り具体的な名前を出すことにする。オルトスはすぐに俺のそばに寄ってきた。


「アフト!大丈夫か!」


何故オルトスはここまで来たのだろう。オルトスから見れば一目で分かるはずなのに。


「?……うん」


「その……すまなかったな」


「?なんのこと?」


なんのこと、と思ってしまったし、どうやら口にも出していたようだ。


「その……姉のことだ」


「?」


姉なんて俺にはいなかったはずだ。俺は一人っ子だ。どうやらオルトスはその様子を不審に思ったようだ。


「どうした?」


どうせだしそのまま言ってみよう。


「姉って、誰の事?」


その時、オルトスの目が震えていたのをしっかりと見た。


「……ソミナだ。覚えてないのか?」


ソミナ。そんな名前を聞いたことなど一度もない。何とも変な調だろうか。不協和音。聞いてて気持ちが悪い。


「俺に姉はいないだろう。何を言ってるんだ?」


その時のオルトスの表情をよく覚えている。顔は見る見るうちに真っ青になっていった。口の動きから察するに何か言おうとしていたようだ。だが、結局聞こえたのは息をする音だけだった。あの時だけは、オルトスが、威厳とした姿を失った気がする。いつも威圧のあったあの姿は、その時だけ崩壊していた。


そのあと、すぐにオルトスは去って行ってしまった。俺はただ当然のことを言ったまでだ、そう思っていた。だから不思議に思っていたんだ。なぜ急に妄想めいたことを口に出したのかと。


その後、俺に簡単な検査をさせられた。結果、姉に関する記憶が全て消えているという、あまりにも不可解な記憶喪失になってしまったと決定づけられた。記憶喪失にしては部分的過ぎるし、特定の記憶だけが消えているのは、トラウマを抱えているのでは、とも言われた。ここで留意しておきたいのは、何故か俺は姉が居た事実を”拒絶した”ことだ。受け入れるのではなく、拒絶したのだ。この件から、トラウマの件は現実性を帯びてきていた。


ところで……この時の、姉の記憶を失った俺をキャンサーと呼称し、カンケルはその記憶を保持している呼称とする。実際家族も、使用人もそうしていた。


もし、これを見ているのがカンケルなのであれば、君は一体何を覚えているのだろう。君にとって姉はどんな人物だった?明るかったか?恭しかったか?きっと鍵はそこにある。


そうだ、これは日記として書いたが、ある意味嘆願書のようなものだ。これは君に姉のことを思い出させるための、説得するための物だ。こんな序盤で君の蓋をあけるようなことはできないと知っているが、俺は必ず君を説得させる。それが償いだろう。過去に見向きもせず、ただ前を向いて歩く人生が、深みがないことぐらい知ってるだろう。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「……はっ」


お前が何を知っている。あの時、どれだけ苦しかったと思う、惨めだったと思う、慙愧に堪えなかったと思う。貴様が簡単に書いていい言葉では無い。呆れて物も言えない。


「時には何も知らないことが、覚えていないことが、希望にだってなるんだよ」


しかし、この本を止める術などどこにもない。この呪物のような物を、俺は編を一本一本解くように、思い出していくんだ。

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