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73話:記憶を辿って

そこは森の中だった。本当に森。自然しかない。少なくとも人が住んでいる雰囲気は無い。しかし、確かにここがその場所だった、ユークリッドが指定した場所だった。


「ここであってるんだよな」


コルに聞く。するとコルは頷いた。コーパスの方も見てみたが、適当に周りの景色を見ているし、ここで合っているのだろう。すると物陰から一人の男が出てきた。そして続くようにもう一人。しかし、どちらにも見覚えがあった。


「……?俺を連れていった人か?」


そう言うと、その人はこちらを向いた。だが何も喋ることはなかった。だから一番最初に出てきた人に話しかける。


「……ユークリッド」


見た目なんて知らない。だが、俺の直観がそう言わせた。特に、ほんの一瞬だけ見えたその目の光がその原因だっただろう。その男はこちらを見る。そして笑みを浮かべた。


「……久しぶりですね。アフト様……いや、皇帝と言った方がいいでしょうか」


やはりこの男は俺を知っている。シャルロット、コル、コーパスはその”皇帝”という言葉に訝しむほかなかった。ここには誰も俺と皇帝が関連性があるなど思ってる人はいないだろう。そしてユークリッドを見て改めて気づく。


「……船の上で会ったな」


「ああ、やはりお気づきになられましたか。ええ。そうです。私が貴方様に調停者のペンダントを与えたのです」


何故そんなことをしたのか、なんて聞いてもよかったが、それ以上に大事なことがある。なにより全てに答えを求めるのは面白くない。それにユークリッドはきっと答えてくれないだろう。そういう人間な気がする。


「おかげで面倒くさいことに巻き込まれた。……だが、記憶を取り戻す機会を与えてくれたのは助かった」


「ですがまだ完全ではない。まだ取り戻せているのは断片、残滓だけ。そうでしょう?」


つくづく気を抜けない男だ。眼光は俺を鋭く刺してくる。それも一本ではない。常に針山地獄を歩いているような感覚だ。それもすべてあの目のせいか。


「……何故そこまで俺を助ける?」


そこに悩む様子など一つもなかった。まるで台本だ。全てが予定調和的で、恙なく進んでいる。そしてそれをさも当然なように享受するユークリッドに恐怖すら感じたのかもしれない。その台本の中に、ユークリッドと俺以外の会話は白紙だった。しいて言うのなら、そこには風にのみ揺らされる木々の擦れる音だけが、空白を埋めていた。


「一つはヴァリダ派を潰してくれたことです。まあ、貴方様はそうは思っていないでしょうが、おかげで政治は民が幸せに感じることを実行できるようになりました。私たちアストラムがこういうのもなんですが、今度は民のなすが儘になるべきだと思いましたから」


「そうか」


「もう一つは……これは賭けですが、貴方様は将来、きっとこの世界の中心に立つことになる。そしてその導かれし世界は、きっと素晴らしいものになると思うのです」


全くの無根拠だ。そこに証拠など全くないのに、ユークリッドはそれをまさに確定事項のように話す。そしてそれを信じてしまう。


「それだけか?」


「ええ……本題に入りましょうか」


「ああ。そうしてくれ」


「ではその前に。アンブラ。アフト様以外の者を案内して差し上げろ」


?ここに建物らしきものは無いが?


「戸惑っていらっしゃるようですね。ですがここには建物はあるのですよ。この鍵を使えば。ほら、聞いたことがあるでしょう、アーティファクトのことを」


ユークリッドは鍵を取り出し、それを空中で鍵を使うように一回転させる。すると地面を底面とした半透明の半球体が現れたかと思えば、それは天辺から次第に溶けるように無くなっていった。そこには邸宅が現れた。そしてその邸宅が、俺が連れていかれた場所だったこともすぐに分かった。


「……全く、アーティファクトについては分からないな」


「そうでしょう。貴方様が眠りについていた間開発された技術ですから」


「……封印のことも知ってるのだな」


「それ以外に、不老不死など双子の王以外ありえませんから」


「そうか」


アンブラに三人が連れ去られていったのを目の端で確認すると、ユークリッドが歩きだし、俺もそれに続いて歩き出した。


「……ここは綺麗だな」


ユークリッドはその言葉にわざわざ見向くことすらしない。


「ええ。そうでしょう。わざわざここを選んだ甲斐がありました」


特に会話することもなかった。俺は会話することよりも周りの景色に夢中になった。木々や時々見える鳥。青い鳥は幸せの象徴だとも聞く。それが見えたのは幸先はいいのだろうか。


「着きましたよ」


しばらく歩いているといつの間にか目的地についていたようだ。そこには二人分の椅子とテーブルがガラス造りで置いてあり、そこからは滝も見えた。どうやらここはもう少し行けば落ちてしまいそうな場所であり、崖のようになっているのだろう。色とりどりの花々はいいアクセントだ。


「とりあえず座りましょうか」


そうユークリッドは言うと、わざわざ俺の分の椅子を引いてくれた。そのまま椅子に座る。


「そんなことしなくていいのに」


「いえいえ。目上の者には、それも尊敬する人に、礼儀は欠かせないでしょう」


「……目上?ユークリッドはアストラムだろ?何故俺を目上だと?」


「それは自分の記憶を取り戻したら分かるでしょう。これを」


ユークリッドは一冊の本を差し出してきた。その本はほんの少し痛んでいる。触った感触もそこまで気持ちいいとは感じない。


「すみません。幾分古いもので」


「構わない……これは?」


「アフト様の記憶です」


「?」


俺の記憶?どういうことだ。


「戸惑っておられますね」


「ああ。そもそも記憶ってどういう意味だ」


「正確に言えば記憶というより日記ですね」


「?ますます分からないな。書いた覚えすらない」


「カンケル様は、ですね」


「?」


「書いたのはアフト様のもう一人の人格、キャンサー様のほうですよ」


「……なんだと?」


キャンサーと言う名前を覚えていないわけがない。これは俺の前の名字。しかしユークリッドはそれを考えさせる時間を与えなかった。


「今、貴方様はカンケルですから何も知らないでしょうし、覚えていないでしょう。ですが覚えていてほしい。この本は貴方様が確かに書いたのです」


「……そうか」


どうせ分からないのなら、自分で調べればいい。


「ではお開きください。私はシャルロット様のとこに行ってきます」


「分かった」


そして俺はその本を開く。何のために書いたのか、これが何を表すのかすらも分からない。しかし、きっとこれが、俺とは何なのかを示してくれるのなら、開けないという選択肢はないだろう。そのまま俺は、自分の過去に向き合うことにした。

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