71話:未来予測
「アンブラ。アフト達は順調ですか?」
「ええ。ユークリッド様の言った通り、竜虎の焦土を通りました。……わざわざこの場所を指定しなくてもよかったのでは?」
「いえ、アフトにとって竜虎の焦土は記憶を思い出す上で必要でした。竜虎の焦土をできるだけ通る確率が多い場所を選んだのです」
「……常に思っていたのですが、アフトの記憶には何が入っているんですか?」
そう聞いたユークリッドはほんの少しだけ笑った。
「……アフト自身に聞いてみてはどうでしょう。ですが焦らすのも私の趣味ではありませんから、少し問答をしませんか?」
アンブラは少し悩んだ。アンブラにとってユークリッドは尊敬すべき人だ。長年ダースを統治してきたアストラム家の子孫として、その才能が受け継がれていることは簡単に分かる。だがユークリッドはこういう意味の分からない質問を時々してくるのだ。なによりそれが将来になって未来を予測していたことが分かるのだから。一層不思議な人なのだ。まさに未来視といっても過言ではないだろう。だからいつも通りしばらく考え、答えを出す。
「……私が知っているのは彼がアストラムに近しい人だという事でしょうか。ヒュムスかもしれませんが」
それを聞いたユークリッドはくつくつと笑う。これはユークリッド本人も自覚しているきらいであった。まあ、本人も治す気はさらさらないのだが。ユークリッドは相手が自分の目論見通りになるとそんな反応をする。
「アストラム。ヒュムス。懐かしい響きですね。では、アストラムとはどういった意味が込められてると思いますか?」
暫くアンブラは考えた。だが、方程式や料理のような、今ある材料から何かを導くような、作り出すようなものではない。それは知識なため、考えても意味がないことに気づいたアンブラは、直ぐに音を上げた。するとまたくつくつとユークリッドは笑う。だが、今回はすぐにやめた。
「失敬。いじめ過ぎましたね。アストラムの意味は”一等星”です」
「一等星?」
「ええ。まあ知らないのも無理はありません。アストラムは人々を導くために存在したのです。それを由来として持ちます」
「ではヒュムスは?」
「さぁ?」
アンブラは少しがっかりした。
「あはは。まあ、アストラムとヒュムスは決定的に違う組織ですからね。ですが、ヒュムスはもともとアストラムでしたから、同じと言っても過言ではないでしょうが」
「ではアフトはアストラムだと?」
「まさか」
アンブラだって無理やりアフトがアストラムだと決めつけたのは早計だったと思っている。だがそれぐらいしかアフトとさっきの会話に関りがないのだ。少しイライラしてきたアンブラは矢継ぎ早に言う。
「では、アフトはなんだと?まさかただの一般人だとは言いませんよね?」
「落ち着きなさい」
「っ!?」
ユークリッドはただ声の圧を変え、アンブラの目を鋭く睨んだだけ。ただそれだけなのに、少なくとも猛者であるアンブラを怯ませた。たった一つの動作で黙らせることができるのは、アストラムの特権なのだと、改めてアンブラは実感する。そこにいるのがただの老骨でも、幾星霜の間、何千万もの人を従えてきた王なのだと。
「失礼。ですが私は考える行為には神秘を感じていまして。邪な感情が思考を邪魔してはいけないのですよ、どうです?気持ちは落ち着きましたか?」
「……ええ」
「結構。まあ、私にも責任はありますが。……アフトは、アストラムとヒュムス、どちらにも限りなく近い、だが一緒ではない。そこには限りなく深い溝があるのです」
そこで会話は途切れる。アンブラもこれで会話が終わるとは思っていなかったため、少し反応するのが遅れてしまった。
「……終わりですか?」
「ええ。……足りませんか?」
「ええ」
そう言うとユークリッドは考える仕草を見せた。これはアンブラにとって非常に珍しい光景だった。普段ならこんなこと言ったって何かと理由を託けて去っていくのに、今回は考える仕草を見せたのだ。そんな風にアンブラが思ってると、一瞬だけユークリッドがアンブラの顔を覗いた。
「おや。不思議そうな顔をしてますね」
「……ええ」
アンブラは自分の考えを見抜かれたことに少し動揺してしまった。だが、こういうことも日常茶飯事に起こる。そもそも常に人のことを考えて生きてきた血統に、見抜くなと言う方が失礼である。
「まあ、さっきのことの謝罪代わりだと思ってください」
「はぁ」
「……今の世界が秩序と自由で分断しているのは、アストラムの思想とヒュムスの思想が原因です。アストラムは秩序を、ヒュムスは自由を希求しました」
「ええ」
「はい」
「……終わりですか?」
「ええ」
毎度のことこの人は話の終わり方が下手だと思う。
「もう十分言いましたが、では最後にだけ。アフトはアストラムでもヒュムスでもありません。これが言える限界です」
「なるほど。ありがとうございます」
全く納得していないアンブラだが、これ以上聞いても無駄なので、無理やり、まるで数学の公理のように心の中に押し込むことにした。
「ああ。それと」
「まだ何かあるんですか?」
「きっともうすぐ内戦が始まります」
その一言はダースがクアラルと同じようになることを明らかに示していた。これがどこぞの商人とか、情報屋とか、占い師とかだったらすぐに嘘だと判断できたが、今回はユークリッドであった。それは太鼓判を押した紙に折り紙をつけるようなものだった。
「……まだ議会は始まりませんよ?」
「ええ。ですがアフトがここに来たタイミングで始まるでしょう。そうですね――」
ユークリッドは考える仕草を見せた。
「与党からでしょうか、仕掛けるのは」
その炯眼はどこを見ていたのだろう。その焦点の合わない未来予測は、ダースの行先を暗示していたのかもしれない。
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