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70話:竜虎の焦土

ここは一面焦土だった。真っ黒な地面と青い空だけがそこにはあった。そう、本当に真っ黒だった。


「ここが竜虎の焦土です」


「……」


シャルロットやコル、コーパスは何かを喋っているようだった。だが、俺にとってはここはある意味思い出として残っていた。三人から離れて、ここの景色を回想するために見渡す。あの時持っていたのは――


「情緒の炎」


独白のように呟いた。見た目は常に赤く燃える松明だった。自身の心を反映してその炎は燃え上がる。神話時代の傑作のひとつ。神器には及ばないが、それでも価値はあった。あれはアーティファクトなんかじゃない。だが神話時代にはアーティファクトのようなものがあった。ただ、そこには技術の結晶と英知が込められていた。なにより思いも。そこがアーティファクトとの違いだ。間違いなくそこには思いが込められていた。


「それは己の心のまま全てを燃やす。その炎の痕は消えることは無い。常に全てを阻害する」


シドラという木が生まれるのはこの、情緒の炎の痕からだと言われている。俺の鞘にも使われている。よく見つけられたものだ。シドラという木だけは、全てを阻害する灰でも阻害できなかった。


シドラという木が育つと分かったのは俺の時代では最近だった。確か今から……700年ぐらい前だろうか。それ以来生命の象徴として扱われていると父さんから教えられた。


シドラは不思議な木だった。情緒の炎の痕にしか咲かず、それ以外の場所では絶対に咲かない。その幹は真っ黒の中にマグマのような太い筋がしっかりと鼓動を鳴らしている。それは生きているようだった。誰にも見られることはなく、確かに独立していた。「命」がそこにはあった。


「何考えてるの?アフト」


「……シャルロットか」


いつの間にかシャルロットが俺の近くにいた。黄昏ている俺を揶揄いにでも来たのだろうか。……いや、シャルロットがそんな人じゃないことは分かっている。シャルロットは俺の隣に並んで立った。


「この景色に、思い入れでもあるの?」


「……ああ」


「へぇ~」


暫く俺たちは二人並んで、水平線の向こうにまで広がる焦土を見ていた。


「シャルロット」


「?」


「この焦土は、俺が燃やした」


その一言がシャルロットにどんな影響をもたらすかなんて分からなかった。シャルロットの顔は驚きで満ちていた。最初は、からかってるの?なんて顔で、なんなら笑ってたかもしれない。でも、俺の表情が何も変わらないことを見ると、すぐに何かを考え始めた。それが終わったかと思えば、こっちをしっかりと見た。


「……アフト」


ただそう呟いた。きっと何か言いたかったんだろう。だけど――


「ヴァリダ派は、ほとんど俺が殺した。この炎は、灰は俺の因縁で、心だった」


「……理由を聞いてもいい?」


理由。ほんの、たった一つの、ちっぽけな理由。ただ”姉が殺された”そういうだけでよかった。


「理由……。り、ゆうは――」


言えなかった。分からない。ただ、言えなかったんだ。


「アフト……」


俺は確かに泣いてたんだと思う。この不毛の土地に無駄な涙を流したんだ。目が潤んで景色がぼやけてしまった。


「私、コルのところにいるね」


その言葉はきっと優しさだった。シャルロットは静かに去っていった。残った寂寞は俺を苦しめた。でも、その間の、永久とも思える間に、確かに記憶は蘇っていった。そう、確かにその面影は、俺と重なっていた。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『……』


不滅の炎は灰のみ残す。一面は赫赫と燃えていた。俺がその時どう思っていたかなんて分からない。轟轟とした風は、耳を劈いた。構造物は、景色はただ赫に染まっていった。


『綺麗だ』


確かにそう呟いた。誰にも聞こえない音で、言い聞かせるように。


焼け爛れた人間も幾らか居たと思う。そこは昔は綺麗な景色が、立派な建築が並ぶ壮観な場所だった。ここを本拠地に選んだのはいい選択だったと思った。だがそれは灰燼に帰した。そう、灰になったんだ。全部。何もかも。築き上げた全てが。


『おぎゃあ!』


ふと後ろを振り返れば、そこには赤ん坊が一人。とり残されたのだろう。可哀そうに。


『……』


俺はそこから逃げようとした。多分理由は怖かったから。でもできなかった。そこの生命は、助けを求めていた。


俺は適当な布を見繕い、赤ん坊をそれに包めた。そしてそのまま近くにある街まで持っていった。自分でもなんで持っていったのか分からない。自分が起こした災厄、その艱難辛苦を引き起こした俺が、たった一人を救ったんだ。もっと他の人を助けることができた。いや、そもそもこんなこと起こした俺が可笑しかった。


『……アフト』


ふと目を上げれば、そこには父が居た。ただ一人、珍しく護衛もつけずに、たった一人で。


『父さん』

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

そこからの記憶を覚えていない。思い出したくないのかもしれない。


私怨を他人と結び付けた。それは俺が背負っていく咎なんだろう。それは常に俺の背中に間隙無くくっ付き、二度と離すことは無い。


「……久しぶりだな」


「ああ」


そこには見慣れた幻覚があった。周りを見渡すと、シャルロット、コルとコーパスが三人でこちらを見ていた。だが、それは今はどうでもいい。


「やろうか」


「ああ」


互いに剣を引き抜く。


「アフト!何やってるの!?」


シャルロットがこちらに駆け寄ってくる。剣を引き抜くことは戦い事を意味するのは自明で、それを止めに来たのかもしれない。


「シャルロット。見えるか?」


俺は幻覚の方を指す。シャルロットの方を見ると、全く信じていないようだ。後ろからコルとコーパスが来ているのが見えた。俺を止める気なんだろう。


「何言ってるの!?そこには誰もいないじゃない!もし自殺するようなら――」


「違う」


それは特段大きい声ではなかった。しかし圧はかけたからあったはずだ。


「シャルロット。ここには俺の過去が灰となって眠っているんだ。安心してほしい。死ぬ気なんて毛頭ない」


そう言うとシャルロットは何も言わずに俺から離れた。もう一度幻覚と顔を合わせる。


「待っててくれたのか」


「ああ」


「そうか。……じゃあ、もう一度」


「ああ」


互いの剣は交差する。そこには余裕なんて感じる余裕はない。両方の剣とも左右に弾かれる。俺は幻覚を刺すつもりで神器を槍に変える。幻覚は双剣だった。


「そう来るか」


俺はそう呟く。突かれた槍はすんでのところで双剣の表面に斜めに弾かれる。すると片方の双剣が俺の方に向かう。


「!?」


幻覚は驚いたようだ。俺が変化させたのはソードブレイカー。剣を破壊するために作られた剣。少し用途は違うが、受け止められたのだから問題は無い。今度は刀に切り替えこちらがまた攻める。


剣の音が確かに響く。そこに1人を邪魔するものはいない。ただ俺は俺と戦っているんだ。その音が幻覚であろうとも、しっかりとその感覚を憶えていく。


互いに離れるどちらも埒が明かないと感づいたのだろう。ふと幻覚の顔を見た。彼は笑っていた。


「……お前だって笑うんだな」


「ああ。嬉しいんだ。そのまま行け」


きっと俺だって笑っていたんだと思う。両者刀を握る。俺は腰を深く落とし刀を頭の横に揃える。彼はただ待っている。


「行こう」


その声が自分の声だったのか、彼の声だったのか分からない。けど確かに始まった。彼はそのまま突っ込んで斬りこんだ。俺はそのまま縦に一回転し腕を狙う。だが彼は下に振った刀身を返してきた。


「燕返し!」


それは一回転して俺の体を狙ってきた。一回転している刀身を無理やり合わせ、そのまま彼の後ろに。彼は勿論しゃがんだ俺を上から狙ってくる。


両者にらみ合う。迷いなんてない。彼は縦に、俺は横に斬っただけ。


「……」


彼は笑っていた。きっと勝ったのは俺がただ運がよかっただけ。でも彼は悔しそうじゃない。


「そうだ。そのまま進め。また会おう」


彼はそう言って消え去った。その言葉は至極単純で、真っ当だった。


「また、ねぇ」


もう一度彼とはどこかで会うことになる。少しばかり思いに耽っていると、シャルロットがこっちへ来た。


「アフト」


「……どうした?」


「アフトがしたことは、また、その時に、話してくれる?」


その一言を聞いて、シャルロットはやっぱりできた人だと改めて認識した。好奇心を押し殺し、ただ人の欲することが読めるのは、一種の才能だと思う。


「ああ。待ってろ」


そう言って俺はシャルロットの頭を撫でた。少し乱暴にしすぎたと思ったが、その反面、少しシャルロットの顔は赤くなっていた。


ふと地面を見る。そこには何の草花かは分からないが、確かな芽が生えていた。

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