65話:デート①
「……あ、そっか。この街に移動したんだ」
久しぶりの快眠だった。何にも邪魔されずに、ただ眠ることができるのが、どれだけ素晴らしいことかなんて、ここにきてやっと分かった。それに――
「すぅ……すぅ……」
シャルロットも寝ている。そのきれいな前髪を、撫でるようにして顔を覗くと微笑んだのが見えた。ちなみにだが、コルとコーパスは違う部屋で寝ている。別に4部屋ぐらいなら取れただろうが、二人の配慮という事にしておこう。
シャルロットは……このままにしておこうか。ずっと俺の為に奔走してきたんだろうな。今のうちに休めるだけ休んでおいた方がいいだろう。隣の部屋に行ってみようか。
「入ってもいい?」
ノックをしても返事は無い。まだ寝ているのかもしれない。自分の部屋に戻って、シャルロットに置手紙でも書いておこう。いつもの装備を持って、部屋から出る。
この宿から出ると、一気に活気が押し寄せた。道を埋め尽くすほどでもないが、それでもすごい数の人だ。昨日の夜の景色が嘘みたい。
「……シャルロットと一緒に来た方がよかった気がする」
やっぱり戻った。あの人ごみの中で行動できる自信がない。そもそもこの宿に戻ってこれる自信がない。そんな風に日和って俺は宿の自分の部屋に戻った。
「あ!いた!」
この声は……間違いない、シャルロットだ。俺を見るや否やそう言って、俺の方に走ってきた。
「ちょっと、これどういう事?」
シャルロットが持っていたのは俺の書いた置手紙だった。
「いや~。シャルロットもぐっすり寝てたからさ、起こすのも忍びないなって思って。だから置手紙を書いたんだよ」
「……起こしてくれればよかったのに」
小さい声で何か聞こえたが、まあ、聞かなかったことにしとこう。
「あれ?じゃあなんで戻ってきたの?」
「外の人が思ったより多くてさ。俺方向音痴だからここに戻ってこれるか分かんないし、どうせならシャルロットと行きたくてさ」
「……なるほどね~」
シャルロットは少しだけ俺を馬鹿にしたように笑ったが、それが本音じゃないことぐらい分かってる。今回は、笑われても悪い感じはしない。むしろ嬉しいのかも。
「じゃ、ちょっと待ってて。準備してくるから」
「ああ。分かった」
俺はレセプションにある椅子に座った。ここには観葉植物があり、それがこの部屋に緑を足している。ふと部屋にある窓に目をやる。まだ人の雑踏が絶えない。……この雑踏すらも今は愛おしかった。前のような、市民が緊張しているようなことはなかったし。
「あ」
そういえば、貧民街の件を完全に忘れていた。どうしようか。シャルロットか、コルかコーパスにでも話してみようか。
「ごめん、遅くなった」
「ああ、大丈夫」
やばい。そんなことを思ってしまうとシャルロットを褒めることよりも意識がそっちに向いてしまう。
「……ねえ」
「はい!」
「また考え事?」
「……うん」
シャルロットは俺の隣に座った。
「今度は何?」
「……今のセウェラーエは誰が統治してるんだ?」
「カウス様じゃなかったけ」
「え?」
カウス……今一番の疑念の種か。
「どんなことするって言ってた?」
「う~ん?……確か、復旧のためにみんなの力を借りたいから~的なことを言ってた」
「貧民街のことについて何か言ってた?」
「貧民街は無くなるわ。そもそもカエクス……様特有の物だったし」
それが聞けて良かった。もしかしたら口から「ほっ」って言ってたかもしれない。シャルロットはそんな俺を不思議な表情で見る。
「分かった。ならいいんだ。ありがとう」
「そんなことより、私に言わないといけないことがあるんじゃないの?」
「……綺麗だよ」
「……えへへ」
その笑顔を見れただけで嬉しい。今までの不安が吹き飛んだ。手を取って――行きたいのは山々なんだが、シャルロットが先に俺の手を取ったし、今回はシャルロットにリードしてもらおう。……決して俺がリードできるほどここの場所に詳しくないとか、そんな勇気がないというわけではない。
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「それでアフト、行きたいところはあるの?」
天気は綺麗な青空だった。雲一つないとは言えないが、それでも綺麗な空だった。
「いや、特に何も。シャルロットが行きたいところについていくよ」
「そう。分かったわ。なら今のうちに楽しんでおきましょう。この街を過ぎたらもう街はないから」
その言葉に足が止まる。シャルロットも俺の手を握っていたから、つられて止まった。
「あれ。もしかして知らなかった?」
「うん」
「もう、アフトったら。じゃあそんなアフトにクイズ!なんでこの街は、こんなに賑やかなんでしょうか?」
唐突のクイズに俺の脳は一瞬止まる。が、すぐに切り替える。確かコルが、ダースは主要都市が集まってるとかなんとか言ってたから、それが理由だろうか。
「ダースは主要都市が近くに集まってるから?」
「……違うけど、逆によく知ってたわね」
「コルに教えてもらった」
「ああ、なるほど。正解は、ここから先は、ダースの観光名所が多くあるから、でした~」
「観光名所?」
「うん。ほら、ダースはいわゆる秘境っていうところが結構あるの。けど、ここの近くは住宅開発とかで綺麗な場所は無くなっちゃったの。でも、ある時から、環境保全の意見も上がって、住宅開発とかをやめたんだって」
「なるほど。じゃあその境界線がこの街なのか」
「うん。だから旅行とかする人はこの街を経由するの。他にも町はあるけど、この街にはなんでも揃ってるし、行ける観光地も多いからね」
「なるほどね」
「うん。納得した?」
「ああ。ありがとう。じゃあ、続きやろっか」
「うん!」
そのままシャルロットの赴くままに行動した。街中にある綺麗な噴水に行ったり、綺麗なアクセサリーのあるお店でショッピングしたりした。アクセサリーをつけたシャルロットは可愛かった。
適当に歩いていると、道の真ん中に道があることに気づいた。それも自分たちが歩く場所よりも広い場所だったが、誰も歩いていない。これは何なんだろうか。
「なあ。この道の真ん中にある大きい道?ってなんだ?」
「ああこれ?これはね、自動車が通る道よ」
「?そうなの?」
「ええ。主要都市には自動車が復旧するときの為に、実験的にこういう道を設置してるの。だから大通りにはあるけど、小さな道とか、小さな町にはないわね」
「へぇ~」
そう返事してまた適当に歩こうとする。が、シャルロットが「ほら見て!」って言ったので、指が指した方向を見ると、独特な機械音が鳴り響いた。それは聞いたことがない音だった。
「これが、自動車?」
「うん。まだ試験段階だから、見た目とかは良くないけど、それでも動いてるでしょ?しかも自動で」
確かにそうだ。見た目は、中身の機械が露出しているせいで格好いいとはお世辞にも言えないが、自動車に乗ってる人は何かを握ってるだけ。でも、そんな機械に少しだけロマンを感じた。
「かっこいいな」
その言葉は誰にも聞かれなかっただろう。もしこういう機械が文明を加速させていった先には何が残るのだろうかと、考えてしまう。
「アフト。次の場所に行きましょう」
「あ、ああ。そうしよう」
暫く自動車の方を見ていたのは、シャルロットには内緒にしておきたい。
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