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62話:慟哭。されど本音

遊説当日 結局昨日は夜まで行動はできなかった。仮に憲兵がいなかったとしても、気持ち悪くて行動できなかっただろうし。


「やはりすごい人だかりだな」


適当に人目が無い場所から覗いてみると、フロスで一番大きい広場に憲兵が集まっているのが分かる。憲兵はある程度の距離を取って監視している。俺のことを見ている人はいなさそうだ。


広場の中心には即席ながらも丁寧に整えられたステージと演台が置いてある。どうやらそこにカエクスは来るようだ。憲兵が、ここに集まってる一般人を整理させている。カエクスと一般人の間には結構な距離がある。どれだけ身長が高かろうと、届きはしないだろう。しかし、ダースの星術はアウストラリスなんだから、距離とか意味あるんだろうか。


「うん?なんだあの機械みたいなものは」


よくよく見ればステージの近くにだけ、特にその機械の近くだけにメカニックらしき人がいる。だが憲兵のような多さではない。憲兵は大体100人程度。それに対してメカニックは3人ぐらいだ。機械に心当たりがあるのは一つ。アーティファクトだけ。となればマナに反応するはずだ。


「星眼が使えるはずだ」


眼帯を外して、その機械を凝視する。ビンゴだ。マナが確かに見える。アーティファクトはマナを燃料として動くらしく、マナを充電した容器をアーティファクトの中に入れるようだ。ただ、時間が経つほどマナが少しずつ消えていくのが見える。まだマナを密閉する技術は確立していないようだ。


「厄介だな。アーティファクトがあると変に仕掛けられない。まあ守る手段としては最適なんだろうが」


完全に失念していたな。先にアーティファクトを壊すか。いや、もしそれが部外者の侵入を拒むものだったら?時間を稼がれると逃げる手段を与えてしまう。それにあの憲兵たち、セウェラーエの比じゃない。かなり強い。殺せるが、時間がかかる。カエクスをここに来させる前に殺すか?……だめだ。通行禁止だろう。


「相変わらずの警備だな」


「な」


なんか二人の男が喋ってるな。聞いてみるか。おっと、眼帯をつけなおさないと。


「ここの警備は、いつもあんな感じなんですか?」


「うおっ!……びっくりした。誰だお前」


まあ当然の反応だな。


「私もカエクス様の遊説を見に来たんです。しかし初めてで。失礼ながらお二人が警備に関して喋ってるのを聞いて、私もこの警備は厳しいな、と思っておりましたから」


そのことを聞いた男は納得した様子を見せた。良かった。怪しさはなかったようだ。


「ああ。なるほど。そうか。初めてなら何も知らないのか。ほら、カエクス様の政治って、なんと言うか……その、厳しいだろ?だから毎回暴徒が現れるんだ」


暴徒か。いいことを聞いた。


「なるほど。そういう事でしたか」


するともう一人の男が、


「そうだぞ。お前さんも、暴徒には気をつけろ。ケガを負うんじゃないぞ」


「ありがとうございます。では、私は他のところから見ますよ」


「おう!またな!」


随分優しい人達だったな。さてと、持ち場に戻る――


急いで隠れる。どうやらさっきいた場所に憲兵が来たようだ。見られてはいたんだな。


「だるいな。しかし今は殺せない。やはりセウェラーエで上手く事が運んだのは油断と、夜が原因による視界不良。さて、どうするか」


守りは鉄壁。それ故隙が無い。星術も――いや、違ったな。まあ、使えないし、使う気もない。というかすることがない。人事は尽くしたし天命を待つしかないか。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

ある密室。二人の男が会話していた。二人はテーブルを椅子で囲み、一人は手を膝に置いて、他方は肘掛けに手を置き、その手で頬を支える。


「それで?アフトはまだ捕まってないの?」


「ええ。残念ながら」


「残念って言うか、そういう意味じゃなくてさ。野党がアフトがどこにいるか分かってないの?ってこと」


「なるほど。……しかし、私にとって彼はただの野党の協力者です。そこまでご執着する理由が?」


「駒だよ。それもただのポーンじゃない」


「ナイトですか?」


「いや、違う」


「ビショップですか?」


「違う」


「ルークですか?それともクイーン?」


「違う」


「ではキングだと?」


「違う」


「……ではなんだと仰いたいのです?まさかオールマイティだと?」


「違う。はあ……。まったく頭が固いね、君は」


「……そうですか」


「あはは。悪かったって。彼はね、キングじゃない」


「ではなんだと仰いたいのです?カウス様」


その時、左目にある弓矢を模した星が暗い部屋に輝く。カウスは口角を上げ言った。


「カイザーさ。駒を破壊するんじゃなくて、盤上全てを無効にしうる、最強の、ね」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

カエクスが来た。一般人の熱狂具合は半端じゃない。暴徒が起こるまで待つとしよう。カエクスが口を開く。顔は老いているが、確かに覇気がある。カリスマというより、威圧に近いか。


「市民の皆様!お久しぶりでございます!」


両手を上げ、大声で叫ぶ。アーティファクトかなんか使って声の大きさぐらいどうにかなっただろうが、それも策略だろうか。一般人の拍手が響き渡る。


「皆様の歓迎の挨拶、しかと受け取りました。この私、カエクスも大変嬉しい所存です」

「さて皆様。特にセウェラーエから来た皆様には大変申し訳なく思います」

「原因は私の不徳と致すところ。補償は必ずいたしましょう。……ところで」


雰囲気が一変する。


「どうやらここには反逆者がいるようです」

「勿論この遊説は市民の皆様の為の物。こんな形で時間を浪費してしまい申し訳ないと思うのですが」

「これも市民の皆様の為のことを思っての行為です。ご寛恕賜りたくお願い申し上げます」

「ですが名指しは致しません、反逆者。その代わり――」


カエクスはナイフを取り出し、ある人物を取り出した。それは青い髪の持ち主。そう、俺が誰よりも見た――


「シャルロットの命は無いと思え」


「は?……なんで、シャルロットが」


変な声が出た。その光景に、目が離れなかった。


「カエクス!」


体は先に動いていた。眼帯を取り、フードを捲る。神器を握り、カエクス目掛けて一直線に。


「今だ憲兵!殺せ!」


カエクスの声が響き渡る。いや、そんなことよりシャルロットの方が先だ。俺の前にあるマナの壁の方が邪魔だ。すでに憲兵はカエクスを守っている。嵌められた!そもそもこの演説が罠だったんだ!


「くそっ!」


マナが大量に押し寄せる。なぜ妨害する?なぜ貴様らは他人の命をそうも簡単に扱える?


「いっ!……死ね!」


背中を殴られる。その憲兵の体を真っ二つに切る。その後ろに隠れていた憲兵の拳の攻撃を避け、腕を切る。


「サイス!」


大幅なリーチでその範囲内の憲兵を斬り、マナを防ぐ盾として扱う。あと89人。足りない。時間が足りない。カエクスのそのしたり顔が俺の腸を煮えくり返す。シャルロットは”怯えて”泣いている。


「おいメカニック!アーティファクトを使え!」


「何故か使えないんです!全部合っているのに、マナが動作しないんです!」


カエクスのメカニックの声。だが今はそんなのどうでもいい。マナの壁が俺を包むように、憲兵が壁のようになって俺を抑えに来る。


だめだ。時間が足りない。……けど、こっちだって手はあるんだよ。マナを肉体強化に使えばいい。どうせこんな脆い壁に時間をかける気は無い。


「もう二度と、大切な人を死なせないように、誓ったんだ」


息を整える。


「惨憺の太陽 暴戻の父――」


小さい頃のお呪い。我々が信奉した神器の祝詞。破壊の象徴、輪廻の剣よ。


「我らの咎 なすが儘に――」


顕現せよ。今この場にて、撃滅せよ。


『だめだアフト。それはしてはいけない』


誰かの声が、聞こえた気がした。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

そこは水の中だった。あまりにも冷たくて、温かくて、ドロドロで、さらさらで。うるさくて、しずかだった。


『アフト。行ってきます』


ドアを開ける姉。


違う。


『アフト。行ってきます!』


ドアを開ける姉。少し服に血が滲んでいる。


ちがう。


『アフト。行ってきま――」


ドアをあけるあね。みぎうではもうない。


やめろ。


『アフト。行って――』


どあをあけるおねえちゃん。こっちをむくあたまにめがない。りょうてがない。かみはちりぢり。くちはさけている。みぎあしはもうない。


やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ。


『アフト。またね――』


やめろ!!!!!!

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「やめろ!!!」


「うわっ!」


違う。違うんだ。違――


「うっ……おぇえ」


「アフト!大丈夫?」


誰かが近寄ってくる。ここは……平原?ダメだ。深呼吸しないと。


「はぁ……すぅ……うっ」


気持ち悪い。


「アフト。安心して。私はここにいるから」


……シャルロットの声がする。なんでここに?


「アフト。顔見せて」


「な……なんで?」


「いいから」


「やめて」


「アフト!」


シャルロットの大声にびっくりする。シャルロットが無理やり顔を向かせた。


「アフト……」


その声は少し寂しそうだった。


「……やめてくれ。汚いだろ?だから――」


「保身に走らなくていいの。自分を守らなくていいの。だって、だって――」


シャルロットの目を見る。シャルロットは泣いていた。


「シャルロット。どうして泣いて――」


「アフトが一番、大変だったでしょ?」


その一言は、俺の心を容易に貫いた。


「なん……で……」


「だってアフト、泣いてるじゃない」


……え?ほんとだ。頬から流れてる、生暖かい水が。


「……シャルロット」


「なあに?アフト」


その声は少し寂しそうで、


「シャルロット」


「アフト」


少し強がりで、


「シャルロット」


「アフト」


綺麗で


「シャルロット!」


そのまま抱き着いた。その声は、どんなものより可愛かった。


「がんばったね、アフト」

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