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59話:雨に塗れた記憶

「ここが遊説が行われる街、フロスか。人はやはり多いな。正直言えばあまり政治には興味はないが……人気なのかもな」


個人の考えによってそれは変わるはずだ。今のところ俺は反対の立場だが。……ここにも貧民街はあるのだろうか。いや、先に街をまわるか。ここはかなり広いはずだし。


「あんた、大丈夫か?」


誰かに話しかけられた。どうやらこの格好を心配してくれてるらしい。素直にありがたい。


「ああ……そうですね。できるなら新しい服を買いたいですね」


「おすすめの店があるんだ。今から行こうとしてたんだが、一緒に行くか?」


「ええ。お願いします」


俺はこの人と一緒に行くことにした。特に変な雰囲気もなさそうだし。


「あんたも、セウェラーエから逃げてきたのか?」


「……ええ。そうです」


そうか、もう伝わってるのか。今度からはこれを見越して動かないとな。


「だよな。じゃなきゃこの土砂降りの中来るわけもないし」


「やっぱり、他にセウェラーエから来てる人もいるんですか?」


「ああ。だって憲兵が全部やられたんだぜ?治安は生活に関わるからな。仕方ないってやつさ」


「そうですね」


今、しっかりと苦笑いができてるだろうか。イントネーションに違和感は?表情は?歩き方は?もう少し完璧に動けるようにならないと。


「着いたぞ」


服屋を見上げてみる。階数は無いものの、それでもこの街の中では十分な広さがある。中も温かい色が見える。この曇天の中では余計目立つ。


「大きいですね」


「だろう?この店はこの街の中でも有数の広さだ。値段が安いものも、高いものも全部ある。服だけじゃないぞ。アクセサリーや眼鏡は勿論、オーダーメイドだってできる。サイズが合わなくても安心だ」


「なるほど。そうだったんですね」


「ああ。さっそく入ろうか」


「ええ」


店内はやっぱり暖かかった。照明といい、服の色といい、やっぱり綺麗なものは綺麗だ。セウェラーエの中では見ることのなかった値段に驚いた。金貨5枚という値段は一体何を使ったらなるのだろうか。


「俺は別に買いたいものがあるから、ここらでお別れだな」


「そうですか。ここまでありがとうございました」


心優しい青年は俺に背を向けながら手を振り何処かへ行ってしまった。俺は適当な服を見繕う。できるだけ普通の、高くも安くもない、普通の服を。できれば傷つきにくい服を選びたいのだが……


「お客様。何かお手伝いできることはございますか?」


「……ええ。お願いします。できれば耐久性のある服を選びたいのですが」


助かった。やはり店員は客のことを見ていたりするのだろうか。手助けのタイミングなどは一体どうやって選んでいるんだろう。できれば教えてほしいものだ。店員が案内したのは皮素材の者が多かった。魔獣の素材とか使ってるのだろうか。


「冒険者の方はよくこの服をお買いになられますね」


決めあぐねていると、店員がある服を差し出した。触ってみると場所によって感触が変わっている。あるところではざらざら。他方ではさらさらなど。


「これはどういう素材を使っているんです?」


「色々な魔獣の皮を複合して作られています。魔獣は環境によって耐性が変わりますから、良いところだけを選べば、どんな場所でも使えますよ」


「なるほど。……これと同じタイプのズボンはありますか?それとフードもあればいいのですが」


「ありますよ。こちらへ」


店員が導くまま、店員が選ぶ服を取っていった。


「これ、全部買います」


「分かりました。……ところで、お客様が今着ている服はどうされますか?」


そういえば俺の服は泥まみれだった。特に上半身は酷く汚れている。フードがあったおかげで顔が汚れることはなかったが。


「……処分ってできたりしますか?」


「もちろん。お任せください。では、まず試着室へどうぞ」


俺は店員に渡された服を持っていき、試着室でそれに着替えた。俺が来ていた服は店員に渡した……この服も使い道とかあるんだろうか。まあ、持っておいても意味は無いし、俺にとっては無いのだが。


俺はこのまま会計を済ませ、店を出た。残念ながらあの優しい青年と会うことはなかったが。相変わらず天気は大雨だ。……この天気は懐かしいものだ。あの時もこんな天気だったっけ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『アフト!この先に行きましょう!』


『ま、待ってよ。お姉ちゃん』


そうだ。木々が深く茂るこの場所は、雨のおかげで余計見晴らしが悪かった。しかも時間帯は夕暮れ。すでに決まられた門限は過ぎている。地面も泥で滲んでいて、歩くたびに気持ち悪い感触が足を襲ったんだ。


お姉ちゃんは誰よりも活発だった。俺の性格とは真逆で、相容れないことも一つや二つでは済まなかった。その綺麗な模様の左目と同じ俺の右目は、いわば唯一の確実な共通点だった。


『ねえ。ここどこなの?秘密基地ってこの方向だったっけ?』


『大丈夫よ。全部お姉ちゃんに任せなさい!』


その胸を張った声はどんな人よりも物よりも頼もしかった。その笑顔も、俺の――いや、皆の憧れだった。


『見つけたぞ!ソミナ!アフト!』


『やばっ』


『やばっ』っていたのが俺だったのか、それともお姉ちゃんだったのかは覚えていない。もしかしたら二人だったのかも。けどそんな声は雨の音にかき消された。俺とお姉ちゃんは一緒に必至で父さんから逃げた。けど――


『ごめん、アフト!』


『え』


お姉ちゃんは俺を地面に倒して、一人で逃げたんだ。要するに俺は囮だった。まあいつもの悪ふざけだ。案の定俺はすぐに父さんに捕まって、家に帰らされた。そしてすぐに、『ただいま!』って元気な声と共に泥だらけのお姉ちゃんが帰ってきた。そういえばお姉ちゃんはどんな時もそういう挨拶というか、礼儀というか、そういうものを習慣としてしなかったことはなかった。だからお姉ちゃんが帰ってきたのはすぐに分かった。


『アフト!泥だらけじゃない!』


その言葉に戸惑ったのは言うまでもない。なんせ俺より汚れた人が、他人に汚れてる、って言うのは可笑しいだろう。


『お姉ちゃんこそ!』


『え?何言ってるの!アフトこそ――』


『そんなことはどうでもいいからさっさとお風呂に入ってこい!』


誰よりも野太い声が響き渡った。この時だけは父は俺たち二人にとって恐怖の対象で、誰よりも怖かった。まずお風呂には俺が先に入ることになったはずだ。


『大丈夫、アフト?お姉ちゃんも一緒に入らなくていい?』


『やめて!ほんとに叫ぶよ!』


『むー。仕方ないな』


明らかに不貞腐れてる声が聞こえた。これは間違いなく後処理が面倒くさくなるに違いない。そんなことを思いながら俺はお風呂に入った。


『こういうのってソミナ様からじゃないの?』


『ね。空気も読めないのかしら』


その使用人らの声に、耳を貸さないようにして。

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