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57話:狂気の懇篤

「アフト。こいつどうするんだよ」


俺がここに帰ってくると、ノクトは縄で縛られた憲兵を指した。随分と綺麗に縛られてるな。ここまで器用だとは。暴れられてもこれぐらいできるのなら――いや、腕も足もないんだったな。そんなことを思ってると、憲兵は口――唇の端は抉れ、歯は前歯が不格好に欠けている―を開き、俺に唾を飛ばしながら叫んできた。


「おい!お前何をしてるのかわかってるのか!これは明らかに国家に反逆するものだぞ!早く俺を開放し、自首しろ!さもなくば簡単には死ぬことはできないぞ!」


「……なあ、お前さ。ここにいる人たちのこと考えたことあるか?」


「は?あるわけないだろ。こんな貧民街に住むゴミ共に――」


「いや、もういい」


そのまま首をはねた。いや、こんなことを聞く必要はなかったんだと思う。どうせ無駄だと分かっていたし。ただ、もし改心する気があったのなら、生かしておいても――いや、もうどうでもいい。さっさと次に移ろう。


「おい、アフト――」


「食料はここに置いておく。それと金もだ」


「金?」


「ああ。全て銅貨だ。できればここ出身だというのがばれないように、こそっと買ってきてほしい。俺はその間他のことをやっておく」


「は?おい、説明が足りないぞ」


「それでこの金では必要なものを買え。できれば武器は多めがいい。すぐにやったことがばれる。勿論俺が何とかするが、その前に君たちが死んだら元も子も――」


「おい!」


胸倉をつかまれた。持っていた銅貨の袋たちが下に落ちる音が聞こえた。どうやら説明不足のようだ。正直に言えば俺の言う通りに行動してほしかったが。


「分かった。説明するよ。カエクスがもうすぐここに来るのは知ってるか?」


「ああ」


「その前にカエクスの遊説の様子を見ておこうと思うんだ」


「……なるほど」


「それと……ここの街の憲兵を殺して回る」


「……何故?」


「時間稼ぎだ。カエクスを殺した後は早急にこの街を占領できるようにしたい。だからそれまでの君たちの準備の時間を稼ぐ。ほら、金だ」


俺は10個はある袋を渡した。


「恐らく金貨10枚分はあるはずだ。必要最低限の物は買える。それまで準備しておいてほしい……それと」


「それと?」


「何人か、この街を出ても出なくてもいいから広い範囲で噂を流してくれないか?」


「どういう?」


俺は眼帯を外した。そしてノクトの反応は、驚きを隠せていなかった。


「『この街で目に変な模様を持つやつがいる』ってさ」


「……最後に一ついいか?」


「なんだ?」


「アフト。お前は何なんだ?」


「?どういう意味だ?」


「俺はお前が人には到底思えない。ただ目的を遂行するだけの機械にしか――いや、何でもない。気にしないでくれ」


「……そうか。分かった。じゃあ、後を頼む」


「ああ」


俺はそのままここを去った。時はすでに夕暮れ。


俺は……もう少し冷酷になろうと思う。誰かを守るために、自分を捨てるように。……ごめん、父さん。最後の反抗期だけど、許してくれるよね。きっと大丈夫だよ。だって、ユピテルさえも、そうだったんだから。


目を閉じて開ける。その瞼を開く一瞬だけ、壁が血で赤く染まり、人が壁際に倒れているように見えた。これは間違いなく幻覚だろう。だが、この道は後ろは貧民街へ、前は普通の賑やかな街へ続くはずなのに、俺の行こうとする先には、たった一人の血まみれの男が、片手に剣を持ち、俺を防ごうとしてくるのだ。その男は俺へと一直線に剣を持って向かってきた。俺はその男を剣で切るほかなかった。切った後を振り返ってみる。そこ残ったのは、ただやるせない気持ちだった。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「……」


ああ。何人を殺したんだろう。もう覚えていない。俺の周りには死体が散らばっている。すでに原形が無いものだってあるはずだ。ハンマーで頭を潰し、腕を掌から脇めがけて刺した。脳みそが垂れている人だっていた。腸はだらだらと流れて、足は太ももより下だけが立っている物もある。指先は足含めて20本以上あるだろう。声にならない声を出すものだっている。ただ、思った以上に人を殺すのは簡単だ。もはや虐殺という言葉が似合うだろう。この血まみれのフードももういらない。髪は幾らか血で染まっていた。ただ……確かに感じたんだ。心のどこかで。これは確かに――


「気持ちいい……」


それは確かな快楽だった。じゃなきゃこの手の震えも、この気持ち悪さも、この涙も、説明がつかないじゃないか!弱者を守るために、その敵を殺す。その正義感というか、自己満足に酔っていた。勿論気持ち悪いんだろうさ。だがどうやって他人の正義を決めつけられよう。誰かのために人を殺すのは何も間違っていないんじゃないか?


「あ、あはは……あはははは!なんて、なんて綺麗なんだ!」


そうだ、なんで忘れていたんだろう!この瞬間が!この長くも短い時間が!何よりも好きだったじゃないか!昔もしていたんだ!だって、だって!こんなに、面白くて、綺麗なんだから!……後ろから物音が聞こえる。どうやらまだ残ってるらしい。ああ。それでいいんだ。もっと頼むよ。だって、だって、まだ夜は永いんだから。


「貴様!何者だ!」


それに俺は笑って答えよう。


「アフト・CANCER(カンケル)


ああ。本当に楽しい。だろう?ソミナ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

その夜、セウェラーエで未曾有の事件が起きる。この街に散在する400人の憲兵の内、121人の惨殺。238人の重症。10人の軽傷。そして31人の見せしめ。238人は全て憲兵に復帰するのは難しいと思われる。また、軽傷の者は全てその殺人鬼に降伏した人であることが確認されている。いかなる人も心的外傷を負い、精神を治癒するには多大な時間が必要と思われる。また被害者はその殺人鬼に関して、目に変な模様を持つことが確認されている。また――


「……アフト?」


シャルロットは、その号外を、震える手でまるで穴を空けるかのように見ていた。


「……いかなきゃ。確かめないと」


シャルロットの気持ちは。これがアフトだったらいいな、という気持ちと、その真逆の気持ちで一杯だった。シャルロットはアフトがこんな事をしないと分かっている。だが、自分の中で、その目に関して当てはまる人がアフトしかいないのだ。不安な気持ちを抱えながらも、シャルロットはセウェラーエへ向かうことにした。夜は月すらも隠す、曇天だった。

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