56話:絆。または必要経費
「アフト様。お手紙です」
宿の自分の部屋で寛いでいると、宿の人から手紙を受け取った。なんとなく察しはつく。感謝を言い、手紙の差出人を見る。ギルドからだった。中身を見ると「手紙を出した。手紙が返ってくればまた持ってくる」
とのことだった。まあそうだろうと思った。おそらく帰ってくるのは最短で一か月。もっとかかるだろうというのが俺の予想だ。
「……今日も行くか。買うべきなのは食料だったな」
俺はまた部屋から出て、店へと出向く。今日は昨日より面白いくらいに晴れている。
正直食料と言っても、日持ちが悪いのはよくない気がして、味はあまり保証できないものになってしまった。まあ他のリクエストがあればその時に聞けばいい。俺はこのまま貧民街――心の中ではこう言ってしまうが、もしかしたら他の呼び方を考えたほうがいいのかもしれない――に行くことにいた。
……ああそうそう。即効性のポーションも。
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「よう。来たぞ」
俺はそのまま食料を差し出した。
「感謝する……と言いたいところだが。お前、釣った魚に餌はやらないのか?」
ノクトが何を言いたいのかはすでに分かっていた。だから後ろを見る意味は今は無かった。
「残念ながら、俺が釣ってきたわけじゃないんだ。まあ釣り糸は垂らしてはいたが」
「それは釣る以外の何物でもないと思うんだが。……お前がやるんだよな?」
「ああ。……ところで、こうは思わないか?」
「あ?」
「釣られるのは、常に弱者だと」
俺は後ろを向く。そこには憲兵が二人。俺をつけてきたらしい。一人が口を開く。
「おい。お前。無許可で貧民街に入るとは、ここのルールが分かっていないのか?それにさっきの言葉は憲兵への侮辱だな」
貧民街。その言葉に、憲兵が来てからここに集まってきた子供たち、大人たちも顔を顰める。
「ええ。すいません。ここに来てから日が浅いですから」
「そうか。だがそれは言い訳にはならないな。おとなしく捕まってもらおう」
「……いやだと言ったら?」
挑発でもしてみるか。
「ここで死ぬことになるな」
「そうですか……残念です」
「そうか。ならさっさと――」
その男の後ろからドサッと音が聞こえる。もう一人の男は首を切られ、すでに息絶えていた。神器は悉く便利だと思う。ハルバードで切っておいた。
「な――」
俺はそのまま腕を切った。……俺は今までどれだけの腕を切ったんだろうか。精々数本か。まあ、この世界では勝敗を決める原因は実力だけじゃないんだ。油断がそこにも紛れ込んでくる。そして足を達磨落としのように切っていく。そしてすぐにポーションをかける。このポーションに怪我を治す力はない。ただ悪化を防ぐだけ。憲兵は叫んでいるが、残念なことにここは、貧民街――ここの中でも深い場所なんだ。俺はそこら辺にあった石を拾い、そのまま口に無理やり押し込む。なにかもごもご言ってるが、さっきよりは静かになった。
「……お前。だいぶやばいな」
「そうか?」
ノクトは俺に近づきながら言い続けた。
「周りの奴を見ろよ。引いてるぞ」
そう言われて初めて周りを見ると、ようやく誰かのすすり泣く音が聞こえた。こういうのには弱いんだよな、俺。何とかしてくれないかと、ノクトの方を見る。するとノクトは俺の言いたいことを察したのか、ため息をつき俺に言った。
「食料追加で。あと嗜好品も頼む」
「やっぱり子供たちの為か?」
「ああ。俺たち大人はお前の買ってきたやつで十分だ。だが子供はそうはいかないんだ」
その言葉を聞くと、どうやらここにいる人々は残虐な精神を持っている、と思うなど烏滸がましいように感じてきてしまう――実際そうなのだが。ここにいる人は一日を過ごすために協力し合ってるのだろう。その中に愛情が生まれただけ。でもきっとその、すぐにちぎれそうな愛情が、ここまで彼らを繋げてきたんだろうと思うと、心に触れるものがある。
「任せろ」
胸を張ってそう言って、俺はまた買いに行こうとしたが――
「おい待て。今じゃねえよ」
すぐに肩を引き寄せられた。
「あ、そう?」
「当たり前だろ。こいつ何とかしろよ」
指を指した先を確認すると、気絶したのか、横たわってる憲兵を見つけた。
「ああ……あとで尋問するから、適当に縛っててくれない?」
「それぐらいお前がしろよ」
「いや~、したいのは山々なんだけど、生憎器用じゃないんだ」
わざとらしく、後頭部に手をやる。さっきはため息をついたと思えば、今度は呆れられた。まったく、忙しいやつだな。
「おい。最後聞こえたぞ」
「やべっ」
「はぁ……お前、名前は?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「ああ」
「アフトさ。好きなように呼んでくれ」
「ああ。そうさせてもらおう」
「じゃあ、買いに行ってくるわ」
「おう。急げよ。これからどうするのかお前――」
わざと咳をして、ノクトは言った。
「アフトの口から聞かないとな」
少し頬が赤くなっただろうか。少し女の子らしい表情を見れた気がする。口元が緩んだのは内緒だ。俺はそのままここを出た。
さて、もう少ししたらこの街を発たないと。遊説の様子を見ておきたい。それに、おそらく憲兵が殺されたのはすぐばれるだろう。どれくらいの時間かかるかで、ある程度この街の憲兵の力も知れるし、そうなると真っ先にあそこが疑われる。少し布石を打たないとな。
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