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55話:貧民街

「さて、何をしようか」


そんなことを思ってると、大通りの近くに新聞を売っている人を見かけた。どうせなら買ってみてもいいだろう。情報収集は基本だ。


「すいません。それ一つくれますか?」


「はいよ。値段は10銅貨だ」


「丁度で」


「毎度」


俺は新聞を得たわけだが、如何せん場所がない。近くの公園でも探して、そこのベンチで読むとしよう。


公園には人が少しだけいた。主に子連れが多い。まあ遊具もあるし、普通に考えれば俺の方がおかしいんだが。新聞に目を向ける。そこに大きな見出しで書かれていたのはクアラルのことだった。


「そうか。まだ続いているのか。もう終わったのだと。……そもそも動乱とはいえ一国の存在を争うものだから仕方ないか。そういえばメシエ様も言っていたような気が」


書かれていたのはクアラルの動乱について。ダースは他の国との関りを絶ったと思っていたのだが、どうもそうではなく、情報は入ってくるようだ。後6か月ほどは掛かるかも、と書かれている。まあ何とかなるだろ。そう思いたかった。


「あ!」


子供の声がした。するとボールがこっちに飛んできた。子供がこっちを見てくる。ボールを蹴ってその子供に返した。


「ありがとう!」


元気のいい声だ。子供とはかくあるべきだと思う。そのあとすぐにその母親がやってきた。


「すいません。うちの子供が」


「構いませんよ。むしろ子供はあれぐらいで丁度いいです」


母親はその言葉を聞いて安心したらしい。礼をして子供の方に帰っていった。


「……やることが無いな」


そう、これが問題だった。俺はできるだけ失敗はしたくなかった。正直失敗が人を成長させるなど聞こえの良い言葉は、失敗は失うものが無いと仮定したうえで話している――いや、そんなことはどうでもいい。要するに完璧に行動したかった。ただここで考えても埒が明かないので、いったん宿に戻ることにする。なにより子供の邪魔になってはいけない。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「さて。どうするか」


カエクスを今から殺すのはさすがに不味い。どうせ自分が狙われていることぐらい知ってるだろうし、守りの規模を知らなければこっちが失敗する可能性すらある。カエクスが武人ではないのは幸いだった。もう一度新聞を見てみる。


「遊説?」


どうやらカエクスがここセウェラーエで演説を行うらしい。最近自分自治する区域をまわっているのだと。プロパガンダの一種だろうか。どうやら今から一か月後を予定してるらしい。よかった。議会までは時間がある。その時に殺そうか。


「となると……ほかの地域に行って様子見をしてもいいな。そもそもこの街を選んだのはただあの捕まえられた場所から近かっただけ。他の町で殺そうが構わない」


ふと足音が部屋の外から聞こえた。一瞬憲兵か何かかと思ったが、違ったようだ。よかった。正直この街に来てから監視されてる気がしてたまらない。それがたとえ個室だろうが、多数の人がいる集会だろうが。


「そもそも今日は8月ぐらいか。となるとここに来るのは9月。行けても一か所だな。仮に行けても準備ができなくなる」


そんなことで悩んでいると、服屋の店員の話を思い出した。


「貧民街……行ってみる価値はあるか」


ただ今日は疲れたし、もう少し新聞にも、政治の本にも目を通したい。それにお土産なるものでも買っていった方が好感度は上がるだろう。今日は大量の服を買って、本を読んでから寝るとしよう。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「貧民街……」


ここが貧民街。変に普通の家との境界があったせいですぐに分かった。なるほど、差別か。すぐに察せる。……行ってみるか。


その境界を抜ければただの無法地帯――ではなかった。もちろん衛生的にも汚いところはあるが。正直に言えば殴り合いが常に怒ってるものだと思ってたが、どうもそうではないらしい。道の近くの子供がこちらを見てくる。それもそうだろう。わざわざ火中の栗を拾う人間など悪い意味で稀有だし、彼らにとっては不審極まりないに違いない。そんなことを思ってると、誰かが――少なくとも大人が出てきた。体は痩せこけている。服も擦り切れていて肌が見えてる場所だってある。


「失礼ですが、誰ですか?ここ出身ではないですよね」


警戒心が働いてるのがよく分かる。まあそうだろうな。


「ここの統治者のような人はいるか?」


「……います」


いるのか。もしかしたらある程度の治安の良さはそのせいかもしれない。


「会えるか?」


「何故です?あなたは何をしに”ここ”に来たんです?私たちを虐待しに?」


ここ――貧民街という言葉は使わない方がよさそうだ。蔑称なのだろうか。そしてそんなに怯えなくとも……いや、仕方ないのか。その一言で周りの子供たちが怯え始める。虐待――気になる言葉だが、それは後で調べるとしよう。しかしよかった。やはりお土産は買っておくべきだ。もしかしたらご近所付き合いに発展するかもしれないからな。


「そうだな。そう思われるのも仕方ないだろう。だからこれを受け取ってほしい。友誼の証としてだ」


「これは?」


「服だ。ここじゃない服屋の前で少し諍いが起きててな。服が欲しいのかと思って、サイズはバラバラだが持てる分は買ってきたぞ」


おかげで腕がパンパンだ。まあいくらか店に色も付けたし、文句は言われないだろうが。


「……本当に?」


「ああ。食料を買うか迷ったんだがな。もし次があればそれも買ってこよう。約束する。……それで、会

えるか?」


「……掛け合ってみます」


「ありがとう」


待ってる間に、子供たちが服を選んで着ているのを見ていた。それを見てると、一人の子供がこちらに寄ってきて、「ありがとう」って小さく言うのが聞こえた。こらえきれずに頭をなでてしまった。すると顔が綻んで笑顔になる。なんて可愛いんだろう。しばらくするとさっきの人が戻ってきた。俺を手招きする。どうやら会えるらしい。しばらく歩いて、目的の建物まで歩いて行った。その建物はボロボロだが、住めなくはないだろう。要するに廃墟になりかけの建物だ。他の建物よりかは立派だ。中に入る。


「……お前のような者が、ここに何用だ」


その人は椅子に腰かけていた。威圧感はある。周りには三人ぐらいの護衛と思われる人がいる。髪は短く灰色、目も髪と同じ色だ。目元の隈が隠せていない。苦労人なのかもしれない。声色的に女性だろう。


「協力を申し出たい」


「……は?」


その声は驚きに違いない。その統治者は俺が言った後にだんだんと指を握りしめていた


「貴様!俺たちがどれだけの苦しみを受けてきたと思ってるんだ!」


罵声。当然だ。俺だってきっとこの人の立場だったら正気を――いや、そうじゃないのかもしれない。もしかしたら、なんでもと早く助けなかったんだ、という意思表示なのかもしれない。俺が声をかけようとしたタイミングでこの人は俺より先に声を発した。


「……すまない。こんなことは意味がないな。……笑ってくれ」


その自嘲はこの人の過去を表していた。どうもここに来るまでいろいろあったらしいが、それは俺が聞いたとこれで今は意味がない。


「それで?どういう意味だ?」


問われる。ならば返す言葉は一つ。


「俺はカエクスを殺す」


その一言はここにいる俺以外の人を驚かせた。もちろんこの人も例外ではない。


「……急に何を言い出すかと思えば。貴様ふざけて――」


残念なことに論駁ではまくしたてることが重要なんだ。


「まさか。俺は正気だ。もし君たちが協力してくれるなら、君たちの尊厳を、地位を元に戻すと約束しよう」


「……信じろと?」


「それこそ無理だろ。今はな。だから明日も来る予定だ。次は何を持ってくればいい?」


「食料だ。食べれればなんでもいい」


「分かった」


俺は去ろうとした。しかし「待て」と声が聞こえ、足を止める。


「……俺の名前はノクトだ」


「名字は?」


「名字を言うほど仲良くはないだろう」


「そうか。……名前が聞けただけでも価値があったさ。今度は食料を持って来よう」


そのまま俺は去った。この黒い貧民街に、今頃太陽が照らし始め、影はもう一方の方へ落とされた。

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