53話:歩みか、それとも回帰か
レビューが書かれてましたね。まことに感謝!
寮にて 朝
「え?これから学校を休む?」
「うん」
「随分と急ね」
「いい依頼があったんだ」
「お金には困ってないでしょ?」
「個人的な理由なんだ。もちろん引っ越しが終わってからでいいんだけど」
シャルロットは悩んでいる。当たり前だろう。こんなことを急に言われればそういう反応は誰もがする。
「まあいいけど……いったん引っ越ししない?」
「うん。そうしようか」
すでにあらかた準備は進んでいた。部屋は閑散としていて、前に買った色彩のある物も消えていた。……正直もっとゆっくりしてもよかった気はするが。俺とシャルロットは部屋の扉を開ける。すると二人ほど前に立っていた。
「うわ!……誰?」
全くの赤の他人だ。腰に帯刀している剣に手をやる。
「ええと、アルベール家の者です?」
誰?と聞き返したかったが、先にシャルロットが反応した。
「あ~あ!バイエル様の!」
そういえばバイエル様の名字を聞いてなかった気がする。アルベール。かっこいいな。
「ええ。そうです。バイエル様から、このぐらいに引っ越すだろうから行ってきてくれ、とのことで」
二人の後ろを見ると、馬車があったのに目が行った。なるほど。二人は使用人ですか。
「ああ……なるほど。すみませんね。失礼なことをしてしまって」
潔く謝る。やっぱり間違いを犯したらすぐ謝らないとね。
「いえいえ。こちらも名乗るのが遅れましたから。ささ、荷物お持ちしますよ」
二人の手際は異常なほどに良かった。まあ、当然と言えば当然なのだが。俺も、シャルロットも手伝いながら――手伝えるほどのものはなかったが――荷物が全て馬車に乗った後、俺たちも乗った。
「シャルロット。学校はいつも通り行くんだよな?」
「ええ。他に選択肢もないし、アフトの言う通り――」
その時だった。後ろから何か凄まじい音が聞こえたのは。学校は今日は休みだ。周りに人がいた気配すらもない。そう。後ろを見る間もなく、俺の意識は途絶えた。最期に聞こえたのは、「ア」という一文字だけだった。
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目を覚ます。これは二回目――いや、三回目か。
「ここは?」
心の中だけで完結しようと思ったが、口に出してしまった。周りを見れば……ただの部屋。日常生活を送るには困らないだろう――いや、そんなことを言いたいわけじゃない。俺が言いたいのは――
「森の中の一軒家。いや、豪邸と言っても差し支えないだろう」
女性の声が後ろから聞こえる。俺は急いで神器を構え――いや、待て。何故神器がある?それに両手や両足を縛っていないのは不自然だ。
「よかった、生きていて。死んだら元も子もないから」
「……誰――」
「何故君は、アフトはそれを問う?もっと聞くことがあるだろう?ここに連れてきた理由。シャルロットの安否。自身の安全の保障」
質問する暇を与えてはくれなかった。だが確かにそうだ。
「……確かにな」
「何故同意する?アフトはそれ以上に焦らないのか?そんなことはどうでもいいと、いいから俺の質問に答えろ、とか。アフトにはそれが思い浮かばないのか?」
何も言えなかった。……よく俺は年の割に大人びてるとは言われる。だがそれに困ったことはないからこのまま続けてきた。俺の子供じみたような行動は――思い出せなかった。
「残酷さへの敬虔。それとも抑圧か。そんなことはどうでもいいんだがな。ちなみにだがシャルロットは大丈夫さ。今頃学校にでも行ってるんじゃないか?」
学校。もうそんなに日数が経ったのか。
「今何日だ?」
「すまんが覚えてない。ただアフトが倒れたから三日ぐらい経ったと思う。ここは完全な秘境だからな。日数を気にすることは無いし、それをする術もない」
「俺が連れてこられたのは?」
「依頼さ。受けただろう?ユークリッド様が依頼人の」
その一言で全て分かった。そういえば依頼人の名前だけで、他には何も載ってなかったな、場所すらも。そしてユークリッド”様”か。
「だからってこんな風に持ってこなくてもいいだろ」
「残念ながら重要な任務なんだ」
「じゃああんなに乱暴にしなくてもよかっただろ」
「まあそれもそうだな」
同意するのかよ……
「そういえば任務の内容は?」
「あとで伝えるさ。ただ報酬はアフトが望むもの――アフトの欠乏した記憶を与えるとおっしゃっている」
「!なんでそれを――」
「サジタリウス家はこれでも前はアストラムだ。ある程度の記録もあるし、何よりアフトのことを忘れることはできないだろう」
やっぱり俺のことを何か知ってる。……そういえばアーテル・リリウムの三騎士も知ってそうだったな。
「そう焦る必要はない。だが主に思い出すのはきっと、何故アフトがそこまで考え方が異常なのか、になるだろうな」
「ほんとに分かるんだろうな?」
「ああ。間違いなく。だが――」
一枚の紙を渡される。その紙にはある肖像画とその名前が書かれていた。
「……カエクス・グラヴィット?」
聞いたことのない名前だった。言わずもがな顔も。
「依頼は複数回にわたって行われる。最初の依頼はカエクス・グラヴィットを殺せ」
「どんな人間だ?」
「お前の目はまるで殺し屋だな。……老いぼれた懐古主義者さ。この国に、世界には必要ない」
「そうか。分かった。時間をくれ」
「ああ。いつでも、好きな時間に行け。眼帯も、神器も、服も、必要なものは全てそこにある」
「そうか……依頼が終わればどうしたらいい?」
「その時には私がいる」
「どうやって?」
「私はいつもアフトを見ている」
「……分かった」
「ああ。また会おう」
その女はすぐに去っていった。必要最低限しか喋らなかった。名前すらも。髪の色すら、部屋が暗くて分からない。窓もないこの部屋は、少しほこりが舞っていた。
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