51話:交渉
「君たち二人が野党に入ってくれる二人だな。神器持ちのアフトに、名君テネルの娘、シャルロット」
やっぱり俺のことは知られてるか。クアラルではまだしも、ダースとは繋がりは無いはずなんだが。そしてシャルロットの母の名前はテネルと。覚えました。
「それのことなんですが……」
シャルロットが声を小さく言いながら言う。聞こえにくかったが、そもそもこの空間には三人しかいない。バイエル様にもきちんと聞こえていたようだ。バイエル様は驚いている。シャルロットの言葉の先を察したらしい。それもそうだろう。だってここに来たという事は野党に仲間入りすることを意味するはずなのだから。
「ほう?ではここに何をしに来たのだ?」
バイエル様のシャルロットに対する目線が厳しくなる。シャルロットは前みたいに俺に目線を向けてくると思ったが、ここに来るまでに覚悟は決めていたらしい。
「野党に入るのではなく、協力したいのです」
「……協力というと?」
「もし野党が政権を握れたなら、私をその与党の党首に、総主にしてください!」
総主か!大きく出たな!精々幹部とかそのあたりだと思ってたけど。……バイエル様はどうするだろうな。
「……総主か」
「はい」
「……仮に政権を握るのに成功して、今の野党が与党になっても総主は私が決まってなるわけじゃない。現状は野党に、そして――隠さずに言うがクーデターにどれだけ貢献したかで決まる。今私がこうやって指揮ができるのは単純な指揮能力だけだ。貢献度なら、カウスでもいいだろう」
「知っています」
「……私がこれを言ったのは、シャルロットはすでに前者の、野党への貢献が無いということだ。それにクーデターでどれだけ貢献できる?それとその証拠を示さなければ厳しいぞ。いくら特別とは言え、それでも厳しいものがある……だが」
バイエルは息を整えて言った。
「名君テネルの娘、シャルロットの意見表明を聞こうじゃないか」
いかにも楽しそうに、バイエルは口角を上げて言った。
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「それで?どんな意見表明をする?シャルロット」
俺は何も干渉することはできないし、する気もない。俺ができるのはこの後。切り札は二つある。シャルロットがうまくいくことを祈ろう。シャルロットは胸に手を当てる。心の整理でもしてるんだろう。
「……野党の政治思想は”自由”でしたよね?」
「そうだ。野党は今の与党の政治思想”秩序”とは相反する立場を表明している。もちろんどっちも正しいし、どっちも間違っているのだろう。シャルロットは?」
「私は”共生”を目指します」
「共生……テネルと同じか。だが忘れたわけではないだろうな。その政治思想のせいでテネルは死んだといっても過言ではないぞ」
「ええ。私の母はそれが原因で死んだでしょう。間違いなく」
「では何故それを目指す?共生は他者を、特に政治志向の違うものを排斥できない。それは自由もそうだが、自由は実力がそれを守ってくれる。秩序は法だ。では共生は多様性をどうやって保証する?」
「法です」
「法?では秩序と変わらないではないか」
「ええ。私にとって共生とは秩序と自由の中庸です。だから良いところを取ればいいと思います」
きちんと自分の考えを言えている……よかった。それに母の死について触れられても動じずに話すことができてる。……ここに来るまで心を整理してきたんだな。
「では問おう。自由の根本的な問題は法がない、もしくは強制力が少ないことによる治安の悪化。秩序の問題は人個人の幸せを抑圧されることだ。これをどう対処する?」
「自由問題の治安の悪化は先ほども言ったと通り法で防ぎます。今のダースは自警団というものがあります。あれを発展させて国が治安を守ります」
「その財源はどうやって整える?そもそも今のダースに治安を維持する部隊がいないのは、他国との貿易や繋がりをなくし、その代わり治安を維持する部隊をなくしたのだ。今のダースにそんな財源は無い」
「これから高めていけばいいでしょう。もちろん私は貿易を再開させます。自国の利益の為にも」
「では今のダースに興味がある国などどこにある?」
「それは……」
……やっぱりシャルロット一人では限界があったか。でも意見に関してはちゃんと言えただろう。ここで手助けするか。
「クアラルです」
バイエル様はこちらを向いた。
「どうやってそれを示す?」
「私は個人的にクアラル王家と繋がりがあります。クアラルと有益な条約を締結すれば何とかなるかもしれません」
「その証拠を示してほしい」
「手紙を出そうと思います」
「どうやってだ?」
「?港があるでしょう」
「今の港は与党の領域だ。そもそも私たちは野党だ。国の政治を牛耳る立場ではない。ましてや港のような、国益にかかわるような物には手を出せない」
なるほど。港は使えないのか。なら――
「いえ。伝手はあります。ですが言いにくいことですので、ここでは言いません。ただ証拠はきちんと示しましょう」
自信満々に言い放った。今の俺の表情を見て、バイエル様は嘘はないと考えたらしい。
「……なるほど。良い仲間をシャルロットは持ったようだ。それにある程度シャルロットがどうしたいかもなんとなく分かった。しかしどちらにせよクアラルに譲歩しなければいけない。クーデターではなく、今の野党に貢献できるものは無いか?」
「これを」
俺はバイエル様に調停者のペンダントを見せた。シャルロットは言わずもがな、バイエル様も驚きを隠せなかったらしい。
「……どうやってこれを手に入れた?まさか殺したわけじゃないよな?」
「まさか。船で来ている途中、ある老人が渡してくれたんです」
「……本物のようだな」
「これで野党は調停者の暴政を心配する必要は無くなりましたね」
「……はぁ。これを見せられれば、こちらの立場が弱くなってしまうじゃないか。……分かった。ある程度の努力はしよう」
よし!「ただ――」……ですよね。何もないわけないですよね。
「条件として、調停者の暴政を発動しないこと。そしてクアラル王家との繋がりと今行ったことについて話すこと。いいな?」
「もちろんです!」
シャルロットは元気よく返事をした。俺も異論は無い。頷いた。
「分かった。シャルロット。もう少し君の政治志向について話したい。少し残ってくれ」
「分かりました!」
「それと家はあるのか?」
「家?いいえ」
あ……わざとじゃないんだよ。シャルロットもそんな目しないでくれ。
「ええと。アフトの代わりに言いますと。寮に泊まってます」
「ここに引っ越すか?」
「いいんですか!?」
シャルロットが元気よく返事する。
「ああ。いつでもここに来ていいぞ。部屋の準備はしておこう」
「「ありがとうございます!」」
「アフトはシャルロットとの話し合いが終わるまで休んでいなさい。メイドに案内させよう」
「ありがとうございます」
俺はこのままメイドに連れてかれた。シャルロットが俺の去り際に手を振ってくれたのが可愛かった。




