44話:総主
「シャルロット。道はこっちであってるんだよな?」
「うん。あってる。」
アフトは今シャルロットをおんぶしていた。どうやら腰が抜けて立てなくなったらしい。護衛主を置いていくのは本末転倒過ぎるので、しかたなくアフトはおんぶすることに決めた。決してそこに邪な考えがあったわけじゃない・・・はず。
「・・・その、聞きたいことがあるんだが、いいか?」
「なに?」
「いつも護衛は二人なのか?」
「・・・分かんない。そこはお父さんが決めるから。でも、時間が経てば経つほど数も減ってる気がする。」
「・・・そっか。」
「・・・ねぇ、アフト。」
「・・・どうした?」
「もしさ、私がまたさっきみたいになったら、助けてくれる?」
「・・・はっ。当たり前だろ?」
「!・・・そう、ありがとう。あ、そこ右よ。」
「はいはい。」
そんな風に、アフトは無事シャルロットを家に連れて行った。
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アフトとシャルロットは無事アルバルダ家に着いた。
「じゃ、俺は帰るわ。」
「え。来ないの?」
「さすがに人の家に行くのはな。ちょっと迷惑かけるかもだし。」
「・・・でも、お礼もしたいし。・・・そうだ!家に泊まってってよ!」
「え。」
「ね!いいでしょいいでしょ!」
「・・・う~ん。ちょっと考えさせて。」
{どうしよ、ユピテル。}
{自分で考えなよ。僕は忠告したからね。}
アフトはしばらく考える動作をした。今までのように即断ができなかったのは、今回はユピテルの忠言があったからである。アフトはこの決断がもしかしたらこれからに響くのではと、少々考えた。
「う~ん。・・・まあ、いいよ。」
アフトはじっくり考えたうえで、そう言った。
「ほ、ほんと!?やった!じゃあ今すぐーー」
アフトがシャルロットと楽し気に会話してるなか、ユピテルはアフトの心の中で傍からひっそりと覗いていた。
{・・・へぇ~。アフトはそういう道を選ぶんだ。}
{だめだったか?}
{いや。これはアフトの物語なんだから、アフトが選んだことが正しいんじゃない?}
{・・・そう。}
アフトは、他の会話とは違うユピテルの話し方に、懐疑的にならざるを得なかった。
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「ねえ父さん。彼はアフトって言って、私を助けてくれたの。お礼も兼ねて、泊まらせてもいいでしょ?」
アフトはシャルロットに半ば強制的に家に連れられて、シャルロットの父に会いに行かせられた。アフトにしては珍しく緊張・・・などはしなく、今まで通り普通に、冷静にこの状況を見渡していた。
{・・・変だな。}
{ね。到底自分の子供を守った対応とは思えない。}
アフトの現状は、沢山の兵ーおそらく私兵と思われるーに監視されるように囲まれていた。それも目つきはまるで罪人を見るような冷たかった。これではまるでーー
{牢獄だな。}
{・・・そうだね。アフトの言うとおりだ。それにシャルロットの父の、シャルロットを見る目はなぜか冷たい。僕たちならともかく、何故自分の子供に?}
「・・・シャルロット。ぞれは無理だ。お前だって知ってるだろ?今私たちの情勢は苦しいんだ。今でさえ精いっぱいだというのに・・・。残念ながら恩人には帰ってもらうしか。」
そういうとシャルロットの父はアフトの方へ体を向かせ、その冷たい目と共に話しかけた。
「そういうわけで、大変申し訳ないのですが、アフト・・・さんでしたよね?、には帰っていただきたく存じます。」
残念なことにアフトは疑問が解消するためには、考えられる手全てを取る人だった。この点だけに関しては年相応なのかもしれない。アフトはその違和感を探るため、鎌をかけ始める。
「まあまあ、そんなに慌てなくても。・・・失礼ですが、名前をお伺いしても?」
「・・・”ドロス”です。」
「ドロスさんですか。しかし、私はこれでもドロスさんの娘さんを助けたのです。少しばかりは恩情があってもよろしいのでは?」
「・・・さすが留学生ですね。この国の礼儀を知らないわけだ。しかしアフトさんはこちらの話を聞いていたはずです。残念ながらいかなる物品も必要最低限の物しか置いておらず、お出しできる品が無いのです。」
「必要最低限ですか・・・。周りの兵士もですか?」
「ええ。私は立場上、狙われやすいですから。」
「それにしては全く守るような雰囲気を感じませんね。・・・まるで私を殺すような眼だ。兵士と言うよりも、あなたを狙う殺人鬼ですね。」
「・・・何が言いたい?」
アフトはドロスの口調が崩れ、怒りを感じ始めた瞬間を見逃さなかった。
「お判りでしょう?」
アフトの自分を挑発するような仕草を敵意と感じたか、ドロスがテーブルに上に手を挙げる動作を始めると、周りの兵士も武器を構え始めた。それに従ってアフトも神器に手を伸ばす。一触即発、そんな時だった。
「アフト!父さん!みんな気を張り過ぎよ!」
シャルロットが仲裁に入る。
「アフト。今まで通りだったらそんな喋り方しなかったのに。急にどうしたの?」
「・・・すまん、熱くなってたみたいだ。」
アフトはわざとらしくそう言った。もともとから熱くなるどころか、冷え切っていたのに。
「父さんもよ。アフトにももっと仲良くできたはずでしょ?やっぱり私が前に言ったようにーー」
「シャルロット!!!」
その時、ドロスの怒号が部屋に響き渡る。その声にアフトは即座に剣を構えた。
「あっ・・・。ご、ごめんなさい!父さん!もうこんなことは・・・」
その声を聴いたシャルロットはさっきまでのような元気は無く、涙を浮かべ始めた。その様子は酷く怯え、もともとの白い肌は真っ青になっていった。
「・・・彼が去ったらこの部屋に残れ。」
「・・・は、はい。」
その声を聞いたシャルロットは、すぐに地面に座り込み、歯の根が合わない様子だった。それを見たアフトは違和感の正体に、それも残酷な違和感に気づいてしまった。
「・・・ふう。失礼しました。アフトさん。・・・それで、なんでしたっけ。」
その声に反応して、周りの兵士は完全にアフトの方を向く。しかしアフトは、この状況を打破する未曾有の一手を持っていた。
「そうですね・・・。あなたの娘さんを、私にくれませんか?」
この言葉に、ドロスも、当のシャルロットも、他の兵士も度肝を抜かれた。しばらく時間が経つと、ドロスが先に話し始めた。
「・・・ははは!面白いですね!いいでしょう。ただ、条件としてこれ以上当家に近づかないでもらいたい。もし近づけば敵だとみなしますから。」
「いいでしょう。契約成立です。」
アフトがそういうと、アフトはシャルロットの方に近づき、シャルロットに手を伸ばした。
「行こう、シャルロット。」
しかし、シャルロットはさっきのドロスに怒号のせいで、上手く立てない。
「慌てなくていい。そう、そのまま、ゆっくりでいいんだ。」
アフトはしっかりとその白い手を握る。その雪のように冷たい手を。
「・・・アフト。」
シャルロットは立ち上がっても、アフトの身長には届かない。だから顔を上げるしかない。その涙がたまった目を、アフトは下を向いてみる。その涙が、いったいどんなことを意味しているのか、アフトは分からないほど馬鹿じゃない。下に流れる涙をこらえながらも、アフトを見るために上を見て、精いっぱいこらえようとするその健気な様子に、アフトの目頭が思わず熱くなる。
「さぁ。行こう。この手を取るんだ。お姫様。」
「!・・・ええ。」
はにかみながらもアフトを見て朗らかに笑うその様子は、アフトが見てきたどんな事よりも、物よりも美しかったに、可愛かったに違いない。
アフトはシャルロットの手を取り、そのままアルバルダ家を出た。外の夜風は、思った以上に冷たかった。




