38話:旅立ち
アフトと心の中のアフトの会話は特別に{で始まり、}で終わらせます。心の声はいつも通り、上の括弧の 話し手が心の声の話し手になります。ほかの会話と区別しやすいようにそうしてますが、もし分かりにくなったらその都度報告して変えていこうと思います。もし見にくかったら遠慮なく教えてください。
「・・・すまん、アフト。もう一回言ってくれ。」
アフトは今、メシエの部屋でメシエとヴァイツと共にいた。ヴェネットの一件後、アフトたち三人は首都に戻っていた。時間は夜中で、疾うにカーラとオレアは眠っている。
「ええ。ですからダースへ行きたいと。」
「いや、それは分かった。・・・いや分かってはないが。つまりアフトが言いたいのは、今心が不安定で、星術も使えなくなって、動乱も静まってきてるからダースに行きたいと?」
「ええ。」
「いや、別にいいんだが・・・。あと、その右目どうした?アフトと目を合わせるたびに・・・見惚れるというか、蠱惑的に感じるというか・・・。なあ?ヴァイツもそう思うだろ?」
「よかったです。さっきからアフトと目を合わせられないのは私だけだと思ってました。」
「あ、その右目の件で、眼帯もできればほしいです。」
「いや、全然いいぞ。別に最高級の物だろうが、オーダーメイドだろうが、何でも作らせることはできる。だがな・・・。ヴァイツからもなんか言ってやってくれないか?」
「私も今少し混乱していましてね・・・。アフト、いったい何がそこまで急かす?心の休養ならここでだってできるだろ。」
「ここではだめなんです。誰ともつながりのない、自分一人で暮らせる場所で生きなければ、自分と向き合わなければならないんです。」
アフトの目は少し虚ろだった。確かに話し手の目を見て話してはいたが、きっと話し手自身を見てはいない。
「・・・二人からアフトに何かがあったのは分かってる。どんなことかは分からないが。・・・話してはくれないか?」
「いえ、それはできません。これは自分だけで向き合わなくてはなりませんから。」
「・・・だそうです。メシエ様。」
「・・・アフトがいなければ我々は未だリヴァイアサンの対処にてこずっていただろう。ヴェネットでのことだってそうだ。アーテル・リリウムの三騎士は世界有数の猛者だ。それを撃退し、剰えこの件から手を引かせたのだから、間違いなく表彰は王直々にされるにふさわしいものだ。・・・それを振り払ってでも行かねばならない理由があるんだろう?」
「ええ。」
「・・・はぁ。分かった。いいだろう。ではその鍵を渡してくれ。」
「分かりました。」
アフトはメシエに鍵を渡す。
「いいのですか?」
「ヴァイツだって内心分かっているだろう?我々がいくら言葉を並べようが、決意を捻じ曲げることはできないことに。」
「・・・ええ。」
「だがアフト。一つだけ約束してくれ。」
「なんでしょう。」
「アフトの目的が達成されたら、必ずここに戻ってこい。」
「・・・ええ。もちろんです。」
「ヴァイツからも何か言ったらどうだ?」
「そうですね。・・・アフト。カーラとオレアには何も言わないで行くのか?」
「ええ。そのつもりです。」
「そうか。・・・二人には何とか説明しておく。きっとすぐにばれるだろうがな。だから・・・死ぬなよ?」
「心得ております。」
「・・・分かった。ではヴァイツはダースに行くための手続きを頼む。繋がりがあるのだろう?」
「ええ。分かりました。」
「アフト。我は眼帯の準備をする。できるだけ最高のものを用意する。それが餞別の品になる。それと金もやる。ダースで生きるには十分だろう。」
「ありがとうございます。」
「要件はそれだけか?」
「ええ。そうです。」
「用意するのにしばらくかかる。船を用意するのもだ。それまではここで過ごすように。」
「分かりました。」
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メシエの部屋を出てから
{本当によかったのかい?}
{何がだ?}
{カーラとオレアに最後の挨拶をしなくて。}
{ああ。}
{オレアはまだ何とかなるだろうけど、カーラはアフトがいなくなったらどうなるだろうね。すでに不安定気味だったのに。}
{・・・別れの挨拶で終わらせるのは礼儀だろうけど、それを言ったら金輪際会わないみたいだろ。それはーー}
{それはメシエ・・・様とヴァイツ様に話した建前だ。ここでもアフトは噓をつくのかい?}
{・・・知ってるなら言わなくてもいいだろ。}
{これはアフトの口から言ってこそ意味があるんだ。}
{・・・分かったよ。正直知ってる人とは誰とも話したくないんだ。でも、これを言ってしまうと傷つけてしまう気がしてな。}
{そう・・・。アフトがそう思うならいいさ。}
結局どっちを選んでも変わらないと思うけど。
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「アフト。準備が整った。先に眼帯からやる。」
「これは・・・。」
アフトに渡されたのは丁重に箱に詰められた眼帯だった。その眼帯は中心に星が、星の周りをアスチルベが円周上に配置してある。
「オーダーメイドだがあまり金は掛からなかったな。見て分かるとは思うが、アフトの右目をモチーフに作ってある。つけてみろ。」
アフトは少しぎこちなくつける。
「まだつけ慣れてはいないか。いずれ慣れるだろう。・・・似合っているぞ。」
「よかったです。」
「そしてこれが船に乗る許可書のようなものだ。港の受付に見せればいつだろうがすぐ乗せてくれるだろう。それも極上の船にな。」
「ありがとうございます。」
「そしてここからが本題なんだが。アフトは形式上ではクアラルからの留学生として入ることになる。これはヴァイツからのサプライズだ。ヴァイツは、学校は最低でも卒業した方がいいということと、相談できる相手がいたほうがアフトの目的も果たしやすいだろうと言っていた。」
「・・・そうですか。」
「学校は嫌だったか?」
「いえ。むしろありがたいです。人はいたほうがヴァイツ様が言うように目的は果たしやすいですからね。」
「それが聞けて良かった。ヴァイツも内心ひやひやしていたらしい。それなら直に言えばいいじゃないかと言ったんだがな。サプライズにしたいという気持ちが大きかったらしい。」
「ご期待に沿えたようで何よりです。」
「そしてヴァイツの本題はこっちだ。ダースではなにか政権争いが起きてるらしい。」
「政権・・・ですか?」
「ああ。ダースは貴族のような存在がいない。国の方向は完全に民に委ねられる。だがそれでもある程度の有力者は自然といるわけだ。今は二大候補が争ってるらしい。これが隠されずに行われているわけだから、もしかしたらアフトも干渉を受けるかもしれない。」
「学校でもあるんですか。」
「ああ。そこの判断はアフトに任せる。これからは全てアフトが決めるからな。」
「・・・ええ。」
「あと金だ。これだけあれば十分だろ。」
メシエはアフトに金をやる。アフトは荷物と言っても本当に持っていくものがないらしく、背負った背嚢も恐ろしく軽かった。だがその金の重みで肉体派のアフトも驚いた。
「これは・・・ありがとうございます。」
「随分重いだろ。特別だぞ。・・・ではアフト。改めて。」
メシエはアフトの方に歩み寄る。
「これまでご苦労だった。アフト・アネモス。それともアフト・キャンサーだろうか。・・・そんなことはどうでもいいな。ユーゲント家を代表して、メシエ・ユーゲントが、改めて御礼申し上げる。」
メシエはアフトに頭を下げる。
「・・・メシエ様。今までありがとうございました!また会いましょう!」
アフトも頭を下げる。きっとユーゲント家が長続きしたのはどんな人にも感謝を忘れないことなのだろうと、アフトは実感した。アフトはメシエの部屋を出ていく。
「・・・寂しくなるな。」
メシエは自分以外いない部屋で、そうつぶやいた。
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アフトは港に着く。場所は船の利用客の受付だった。時間は早朝だ。
「・・・すいません。これ使えますか?」
「・・・これは。ええ。使えますよ。」
受付の係りの人はその紙を見て少々驚いたように見えたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「こちらへどうぞ。」
「待たなくていいのですか?」
「ええ。なんせこの許可書を得るにはこの港に相当の寄付や援助をしないといけませんし、なんせユーゲント家直々のお願いでしたからね。受付で待たせるなど言語道断です。」
アフトが案内されたのはいかにも高級そうな船だった。
「この船でしばらくお待ちください。もうすぐ出発しましから。汽笛がなったら出発の合図ですので、座っておくことを推奨します。」
「ありがとうございます。」
「ダースまでは一日は掛かります。それまでの景色を楽しむのも一興でしょう。それでは、いい船旅を。」
「ありがとうございます。」
そうして案内の人は去っていった。
{アフト。緊張するなよ。}
{ああ。分かってるよ。}
{せっかくなんだから、言われた通り風景を楽んだら?}
{ああ。そうするよ。}
{それにしても心地よい風だな。}
{ああ。海は変わらずきれいだ。}
{・・・本当に何者なんだ?}
{秘密さ。まだ今はね。}
{・・・そうか。分かったよ。}
こうしてクアラルでの生活は幕を閉じ、場所はダースへと移る。そこでアフトは何を学ぶのか。きっとそれは、星だけが知っている。アフトはダースに期待を馳せながら、出航の合図を待っていた。
これにて一章が終わりです!ここまで見てくださった読者の皆様、本当にありがとうございました!まだ回収できてない伏線はありますが、それは楽しみにしていてくださいね!もし面白いと思ったら、ブックマークと評価を、ぜひお願いします!




