37話:己
「ここは?」
おかしいな。さっきまで戦ってたはずなんだけど。
「君が、アフトだね。」
そこにはアフトも知らない人物が立っていた。その声はアフトにとって心地よかった。いや、誰が聞いても心地いいだろう。そう思わせる声だった。姿は形容できないほど美しく、幻想的であった。髪色は黒色だ。
「誰だ?」
「僕が誰かなんてどうでもいいよ。今はね。」
「せめて何か呼び名をくれ。じゃないと話しにくいだろ。」
「確かに。・・・じゃあ、”アフト”って呼んでくれよ。」
「俺と一緒?」
「ああ。それがいい。それがふさわしい。」
「そうか。・・・ここは?」
「アフトの心の中、って言ったら分かりやすいかも。」
「なんでここに。」
「分かるよ。誰しもが未知の場所にひょいって投げられれば慌てもする。・・・でも、まだ分からないの?」
「何がだ?」
「・・・本当に気づかないんだね。アフト。可哀そうだ。・・・いいよ。教えてあげる。アフト。君は今、暴走してるよ。」
「・・・どういうことだ?」
「アフト。君はイグナと戦おうとする前、オレアとカーラに説得されたよね。」
「ああ。」
「本当にそう彼らが言うとでも思ったのかい?」
「・・・どういうことだ?」
「アフトは確かに説得されたよ。『逃げろ!』とね。」
「・・・まさか。そんなわけないだろ。俺は確かにこの耳で・・・。」
「いいや。そんなことは言ってない。なぜ勝てもしない相手に騎士道を理由に立ち向かう必要がある。勇気と無謀は違うだろ。そもそもアフトにはそんな信念はなかったはずだ。」
「・・・。」
聞きたくない。
「アフト。君は彼らの言葉に耳を傾けるのをやめ、自身の正しさを証明するために、まるで独り言のように彼らに言い放ったんだ。彼らから見たらさぞ滑稽だっただろうね。言葉が通じないんだから。」
けど、聞かないといけない。
「・・・俺は今どうなってる。」
「暴走してる。アフトの代償が今来たのかも。それとも何かがアフトの潜在意識に問いかけたか。」
「代償?」
「うん。」
「どんな?」
「記憶さ。」
「・・・俺は何を得たんだ?」
「もう知ってるし、持ってるはずだ。ただアフトが忘れてるだけ。」
「・・・随分と酷い対価だな。」
「うん。アフトが払った代償は、なんせ記憶だからね。」
「じゃあ時々思い出すあれは何なんだ。」
「君の対価を思い出すための最低限の記憶。さすがに対価を思い出せないのは論外だからね。」
「・・・じゃあ、今暴走してる原因は何なんだ。」
「詳しくは言えないけど、君の対価と、心のせい。」
「心?」
「うん。代償だね。軽いけど。」
「代償は一個じゃないのか。」
「誰も一個なんて言ってない。でも、二個だけだよ。」
「そう。・・・具体的に?」
「アフトの対価は二つの条件を満たして使えるようになる。一つ目は記憶。まあ、記憶が無ければ対価を思い出せないから当たり前だけどね。二つ目は資格。今アフトの心は崩壊してる。時間が経てばそういう風になるようになってるんだ。そこからアフトがどう心を、信念を決め、資格を得るのか。」
「そうか・・・。」
・・・なんでか眠い。疲れた。
「随分と疲れてるようだね。まあ無理もない。一度も心を曝け出さなかったからね。」
「心はどうやったらいいんだ。」
「資格のことかい?・・・術はある。僕の本意じゃないけど。でも、代償を払わないと。」
「また代償か。どんな?」
「アフトが払ったような凄まじいものじゃないよ。」
「凄まじいって分かるぐらいなら、なんでこんな代償を払わさせたんだ。」
「・・・もしかして僕が代償を払わせた張本人だと思ってる?」
「違うのか?」
「違うよ。そう思うのも無理ないけどね。どちらかというと僕は・・・いや、ここで言うべきじゃないな。アフトが思い出すべきだ。」
「そうか。それで?代償は?」
「クアラルを抜け、ダースに行く。国自体はどこでもいいんだけど、せっかく繋がりがある人がいるならね。肖らないと。」
「・・・それのどこが代償なんだ。」
「一人で行くんだ。アフトは今人間不信に近しい状態にある。まあ人間不信というか、心がとんでもなく不安定だから、人と関わらないように自然になってくんだけどね。そういう風にできてるんだ、人間は。一種の自己防衛さ。そんななかで一人で生活しないとね。・・・あ。僕はいるよ。」
「・・・そもそも今の状態のクアラルを抜けろと?」
「うん。」
「戦力が減るのは不味いだろ。それにまだこの鍵も、グランドール家のことも。今の紛争も。」
「その鍵は誰かに渡すんだ。そもそもアフトである必要はなかった。グランドール家は誰かが勝手に暴いてくれる。紛争はもう終局に向かってる。アフトが心配する必要はない。」
「無責任な・・・。」
「無責任ね・・・。こんなに言葉では重く、行動上で軽いものもないね。・・・話がそれたね。でも、今のアフトのままでは危険だ。いずれ自壊してしまう。そうしたら・・・言わなくても分かるよね。」
「ああ。・・・けど、許されるのか?」
「メシエとか、ヴァイツとかだったら行けると思うよ。アフトはそれが許されるぐらい頑張った。カーラとオレアは怒るだろうね。でも許される許されないじゃないんだよ。」
「・・・俺なのに様をつけないんだな。」
「おっと。・・・これは失礼。・・それで?どうするの?」
「・・・俺はーー」
「これが逃げだとでも思ってる?楽に流れてるとでも?違う。夢で学んだはずだ。誰かを守る資格があるのは、自分を大切にしている者だけだと。」
「・・・。分かった。君に従うよ。」
「ありがとう。・・・せっかくならアフトって呼んでほしかったけどね。まあ、いつでもいいよ。」
「・・・どうやったらここから出れる。」
「あと少し・・・だと思う。・・・あ。そうそう。君の右目は眼帯かなにかで隠した方がいいよ。」
「なんで。」
「対価さ。」
「・・・そう。」
アフトはこれ以上追及する気になれなかった。
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「おい!イグナ!なぜ星術を使わない!」
「使えないんだよ!マナが多すぎて弱体化が意味をなしてない!いくらエスカマリが絶対値分の力を奪えようが、この差では実力不足だ!」
そういうとティティアがアフトにぶつかり吹っ飛ばされる。しかしイグナのような激しいものではなく、衝撃を吸収するために多少後ろに下がる程度で済んだ
「ティティア!あとどれくらい持つ!」
「耐えるだけなら何度でも!ただ攻撃に転じれば簡単には動けないぞ!」
「・・・だろうな。」
マナの身体強化でアルデバランと互角以上なのか。・・・そりゃあ、あのお方も恐れるわけだ。確かにあいつの血を引いている。正直俺たちが相手していい人間じゃない。
「・・・どうした。フィト。」
「誰か。来た。」
「あ?・・・あいつらは!」
そこに来たのはカーラとオレアだった。
「どうする。イグナ。」
「・・・助けを求めよう。」
「分かった。説得は。お前に。任せる。私と。ティティアで。アフトを。抑える。」
「助かる!」
イグナがオレアとカーラのもとに行く。
「っ!くそ!」
オレアが氷を準備する。
「待て。攻撃するな。」
「は?いくらなんでもそれは無理があるだろ。」
オレアは氷柱を投げつける。
「ま、だよな。」
イグナは分かっていたように氷柱にぶつかる。が、イグナの覚星上、意味がない。
「お前ら。この莫大なマナの正体でも調べに来たんだろ。」
「ああ。」
「ということは、貴族たちは失敗したんだな。」
「ああ。なぜか敵にお前らがいなかったからな。」
「だろうな。・・・こんなマナの大きさを無視できるほど鈍感な人間はいない。・・・いいさ。通ればいい。そっちの方が簡単だ。」
イグナは道を譲る。
「?・・・行こう。カーラ。」
「え、ええ。」
オレアとカーラは絶句する。そのマナの正体がアフトだったこと。そしてそのアフトが愚鈍らしき人物と
互角以上に渡り合えていること。
「分かったか。」
「・・・アフトに何があったんだ。」
「分からん。」
「冗談を言うな!!」
「・・・冗談ではないさ。別に俺が原因だと思うならここで殺せばいい。意味はないけどな。」
「・・・っ!どうする、カーラ。」
「・・・。」
カーラはまだアフトを見つめている。目が離せないようだ。
「・・・カーラ、というのか。」
イグナが言う。
「・・・何。」
カーラはイグナをにらむ。イグナはオレアとカーラに頭を下げる。
「オレア。カーラ。アフトを止めるにはお前らの力が必要だ。手を貸してくれ。」
オレアは驚きながらも半信半疑、カーラに関してはまだ状況が読めていないようだった。カーラの分もオレアが代弁する。
「・・・お前らだけじゃ無理なのか。」
「ああ。というかカーラのような精神に干渉する星術が必要だ。」
「だそうだ。カーラ。」
オレアが優しくカーラに問いかける。
「・・・あ、あとで、ちゃんと、説明、しなさいよ。」
カーラは震えていた。カーラには今その言葉を引き出すので精いっぱいだった。
「ああ。もちろん。」
「で?どうやってアフトを止めるんだ?」
「今は愚鈍が止めてくれている。策はない。」
「は?」
オレアは呆れるしかない。
「だからうまく隙をついてーー」
「イグナ!アフトが止まったぞ!」
ティティアが大声で叫ぶ。
「・・・だそうだ。」
「・・・カーラ。行けるか?」
「ええ。やってみる。」
カーラはアフトにゆっくりと近づく。そこにいる誰もが固唾をのんでいる。カーラがアフトに触れる。
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「おや。アフト。今がその時間らしい。」
「ありがとう。」
「いいさ。」
「・・・次はどんな風に会うんだ?」
「もうこんな形では会わないよ。だって、僕はアフトの心にいつもいるんだから。心で会話できるよ。」
「そうか。分かった。」
二人のいる風景にひびが入る。
「そうだ。アフトはもう星術は使えないよ。」
「は?なんで?」
「そういう約束さ。ごめんだけど今はそれで納得してくれない?」
「・・・分かったよ。」
「ありがと。・・・じゃあ。始めようか。」
「・・・何を?」
「アフトの物語を。アフトが導く物語を。」
風景は完全に崩壊した。
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カーラがアフトに触れるとアフトは少し目を開く。
「・・・カーラ?」
「アフトーー」
「どうしたカーラ。急に止まってーー」
二人は驚愕する。その右目には直視するには眩暈を覚えそうな、神秘的な、夢幻的な黒い星が輝いていた。
「・・・ヴェネットは無事なんだな。二人を見て安心した。」
「な、何を言ってーー」
「ごめん。二人とも。」
そういうとアフトは完全に倒れた。
「カーラ。オレア。」
イグナは言う。
「約束を違えるが詳しくは言えない。だが助けてもらった以上何もしないわけにはいかない。俺たちはこの件から手を引く。」
「おい!逃げるのかよ!」
オレアが言う。
「俺たちが手を引けばクアラルは守護派が勝つだろう。」
「・・・そうかよ。」
オレアは苦虫を嚙み潰したように言う。なによりこの言葉がオレアの目的だったのが原因だった。
カーラとオレアはアフトを連れてヴェネットへ帰った。




