2話:記憶をなくした訪問者
「うっ……ここは?」
かなり綺麗な部屋だった。少なくとも見覚えは無い。
「起きたかい?」
「うわっ!?」
思わず声を上げてしまった。どうやら隣に誰かいたらしい。
「そこまで驚くことある?・・・まあ、いいけどね。とりあえず、服を着替えて、水を飲んだほうがいい。一応スープもあるけど。君、体力的に危険な状態だから。一応流動食だから大丈夫だとは思うけど。無理はしなくていい。とりあえず水を飲んで。じゃ、一旦私は外に出るから。整理できたら呼んでね」
話す暇すら与えてくれなかった。そこまで俺を心配してくれたのか。嬉しい限りだな。
「……美味しい」
水が美味しいのか、それとも喉の渇きが恐ろしかったのか。きっとどっちもだったと思う。水を飲み、コップの中身がなくなったかと思えば、また注ぐのを繰り返す。すると、大元の水の入った瓶が無くなってしまった。
「あれ……もうなくなっちゃった」
なくなってしまったことに少し喪失感を感じてしまったが、お腹を触ってみるともうタプタプだったので、多分十分だろう。スープは……後ででいいだろう。ドアをノックして大人に合図をする。
「ん?もういいの?入るね」
さてと、どこに座ろうか。まあ、床でいっか。
「いきなりごめんね。まだ目覚めたばっかりなのに。あ、寝てていいよ。まだきついでしょ」
「あ、ありがとうございます」
なんて気が利くんでしょう!惚れてしまいそう……男だけど。
「どういたしまして。じゃ、さっそく君のことを教えてもらうね。初めに名前を聞いてもいいかい?」
そういって彼は用意していた一枚の紙を机の上に置き、鉛筆を握った。
「アフトです。アフト・キャンサー」
「アフトねぇ。どこから来たとか分かるかい?」
「ええと、あそこの洞窟から来ました。鍵と剣がその証拠になるかと」
「ああ、あの鍵はそういうことね。鍵は今私たちが持ってるんだ。ただねぇ、剣はねぇ……」
「?剣がどうかしたんですか?」
「……毛布をめくってごらん?」
最初何を言っているのかわからなかったが、相手の表情からふざけてるような感じはしないので、毛布をめくってみる。
「……ん?ん??ん???」
あれ、おかしいな。俺の目には剣が毛布の中にあるように見えるんだけど。てか、この体勢、まるで添い寝じゃねえか。
「あれ?なんでここに?持ってきたわけでもないのに……」
「なんて言えばいいか……剣がずっとアフトと一緒だったんだよね。もちろん持っていくときに剣を持とうとしたんだけど、めっちゃ重かったんだよね。ただ、アフトの近くだったらぎりぎり持てたから、アフトを寝かせて、その上に置いて持ってきた」
想像すると面白いな。こんな大の大人がこんな普通の剣を持てない図。笑ってしまいそうだった。
「そんなことあるんですか?」
「いや、ないはずだし、私結構力持ちなんだけど。なんなら星術を使っても持てなかったし」
会話を聞いてると、星術という聞き覚えのない単語が脳内に響く。思わず聞かずにはいられなかった。
「あの……星術って何ですか?」
「星術知らないの!?え!?ほら、あれだよ。アルデバランとかサダルスードとか」
相手は本当に驚いているようだった。しかし、こっちも冗談やおふざけみたいに言っているわけではないので、何もできない。すると、相手が口を開いた。
「……ほんとに知らないの?」
「はい」
「……そっか。わかった。まあ、この件は後ででいいや。……ちなみマナは?」
「それは知ってます。あれですよね。あの……あれ?なんだっけ?いや、マナは分かるんですよ。ただ、何に使うのか思い出せなくて」
「分かった。……そういえばだけどさ。なんであそこで倒れてたの?普通に気を失っただけ?それだったらあそこまでこれたのはすごいけど」
「いや、いろいろあってですね。かくかくしかじかありまして。」
俺は洞窟のことを話した。正直疑われることもあるだろうと思ったが、相手はしっかりと俺の話に耳を傾けてくれた。
「ああ。なるほどね、記憶喪失というわけか。でも、えずいた原因が違和感なら、記憶を取り戻せるかもね。昔の感覚は残ってるみたいだから」
「ほんとですか!?」
それは間違いなく俺にとって朗報だった。正直自分が何かわからないのは生きていくうえで不便すぎるから、ほんとに助かった。
「まあ、可能性の話だけどね。じゃあ、最後の質問だ。今からいう言葉がわかったら、それに答えてほしい。もし分からなかったら、分からないって答えてね」
「分かりました」
「じゃあ行くね。=た=は、==に=、===をた=ます」
相手の口が開いており、何かしゃべってるのは分かった。けれど、相手が喋っている言葉は聞こえない。……いや、意味が分からないと言えばいいのだろうか。まるで相手と俺の言語が違うような感じがする。
「もう一回言ってもらっていいですか?」
「分かった。=た=は、==に=、===をた=ます」
「すいません。分からないです」
二度きいても分からなかった。俺は分からないという言葉以外に言える言葉は無かった。
「うん。分かった。それじゃあ今日はこれでおしまい。最後に聞きたいことはあるかい?」
聞きたいことならあった。だからそれを言うことにした。
「それなら、名前を教えてもらっていいですか?」
「いいよ。私の名前はジーク。まあ、好きに呼んでくれて構わないよ。ジークだったり、ジーさんだったり」
「分かりました」
正直最後のネタのような言葉は必要かどうかわからなかったが、触れないことにした。
「あれ、うけなかった。まあいいや。ほかにはあるかい?」
受けるはずがないと思った。正直この場じゃ無かったらもっと笑ってただろう。
「ええっと。では、助けていただきありがとうございました」
感謝する機会が今まで見つからなかったので、今のうちに言っておくことにする。するとジークさんは目を丸くした。
「はは、残念なことに見つけたのは私じゃなくてね。まあ、感謝の気持ちは受け取るよ。それにその人にも伝えておこう。感謝できて偉いね」
今までの話からジークさんが助けたものだと思っていたが、実際には違ったようだ。確かに、あの時に聞こえたのは女性の声だった気がする。
「ありがとうございます!」
「どういたしまして。それじゃあ、ゆっくり休んでてね。また明日。あ、さっきの質問は調査みたいなものだから、あんまり気にしないでね。なにかあったら教えるよ」
「ありがとうございます!」
いろんなことに世話を焼いてくれるいい人だった。ジークさんの言った通り、このまま寝ることにした。
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「ヴァイツ様。調査、終わりましたよ」
「ああ、分かった。入ってくれ」
部屋に入ると目に入るその事務机は書類の山が連なっていた。
「それで、どうだった?順に教えてもらっていいか?」
「分かりました。まず名前ですが、アフト・キャンサーと言うそうです。キャンサーという姓は調べましたが、現在この姓は確認が取れていません。また、過去の記録も可能な限り調べましたが、一致するものはありませんでした」
「……続けろ」
「また、アフトの使う言語は”神話語”です。この神話語は現在クアラルで流通している書物や学校の内容との齟齬が見られません。つまり600年以上前の神話時代に使われていたものだと思われます」
「この家が生まれたのは神話時代の終わりで、あの今まで頑なに開かなかった洞窟も神話時代の終わりからある、という先代から受け継がれている内容という事実をまるで裏付けるようなことだな」
「また、特筆すべき事項として、アフトはマナを知っていますが、星術を知っていませんでした。アフト自身も、マナを知っていることを不思議がっていました。……主観的意見を申させていただくと、アフトは星術に代わる何かを覚えていないようでした。記憶喪失の症状はありますが、少々特異かと」
「それは興味深い。……それで?どう思う?アフトについて」
「私たちに危害を及ぼす可能性は無いと思われます。先代たちの指示通り保護すべきかと」
「だろうな。私もそう思う。念のため、二人ほど洞窟の調査に出しておけ。一人でもいい。だが早急にだ」
「承知しました」
「ほかに気になることはあったか?」
「……アフトの持っている剣が気になります。あの剣はアフトから離れようとしませんでした。私が星術を使って持ち上げても、びくともしませんでしたよ。おかげでアフトを持っていくのに苦労しました」
「それは……いささか奇異だな。お前の星術をもってしても無理なら、この領地に持てる者はいないぞ。だが、よくやった。今後とも、アフトと娘の世話を頼むぞ」
「分かりました。では……あ。そうでした」
「どうした?」
「『助けていただきありがとうございました。』だそうです」
「……ふっ。承知した。カーラにそう伝えておこう」
「ありがとうございます。では、私はこれで」
「ああ。ご苦労だった」
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