12話:竜殺しの過去②
私が顔を顰めてダースについての新聞を見ていると、いつの間にかカリダが横から顔を出して新聞を覗いていた。
「・・・ダースに竜が出現?・・・討伐者求む、って。国は対処はしないのかしら?」
「ダースは警察や騎士団といったものは存在しないんだ。国が税をあまり求めない代わりに、市民への福祉も消極的だ。もちろん治安維持はするけれど、犯罪防止とかそのぐらいだしな。だからギルドがあるんだが・・・。どうやらギルドも手を焼いているらしい。」
「ダースのギルドってクアラルと比べてちょっと違うわよね。なんか・・・大規模っていうか。」
「ああ。ダースはギルドが治安維持や魔獣退治まで手を出しているからな。」
「ふ~ん。・・・行かないの?」
「・・・あんまりな。正直、あそこにはいい思い出はあまりない。」
「私は行きたいけどね。あそこの景色は今でも思い出だし。」
「ああ、カリダならそう言うだろうと思った。・・・だが、本当に行くのか?私は君には死んでほしくないし、二人だけで竜は到底対処できない。」
「大丈夫よ。私の覚星は動物にも使えるんだから!」
「覚星してるのか・・・。それはすごいな。じゃあ、レグルスと似ている感じか。」
「ええ。そうよ。ヴァイツはまだ覚星してないの?」
「実は今まで星術を使ったことがあんまりなくてだな。覚星なんて触れる機会もなかったさ。」
「あら、珍しいわね。」
「だろう?・・・それで行くのか?行かないのか?」
「行きましょう!竜だって手懐けて見せるわ!」
今思えば、この時止めておけばよかった。カリダは運命を信じていたようだが、これすらも、直観が導いた運命だというのか。
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「ここ、懐かしいわね。私が告白した場所かしら?」
「ああ。そうだと思う。」
この時、私とカリダは思い出巡りをしていた。私は竜退治へと行く間、何回も説得した。こんなところで死ぬべきではないと。しかし、カリダの楽観的な考えと、誰かを救いたいという気持ち、そして願いのために努力すれば必ず叶うという信念を前に出された私は、思い出巡りという案で妥協するしかなかった。・・・いや、こんなのは言い訳だ。カリダには幸せになってほしかったし、カリダの意思を尊重したかった。だから、何があろうとも、妥協するならともかく、拒否などもってのほかだった。仮に私が過去に戻ったとしても、カリダにそう言われれば私は同じ決断をしただろう。
「・・・まだ迷ってる?」
「ああ。正直、ここに来たのが本当に正しいのか、いまだにわかってない。・・・カリダを失うのが私は怖いんだ。」
「・・・そんな顔しないで。分かってる。これがとっても身勝手なことなんて。でも、ヴァイツはついてきてくれた。だからあなたを好きになったのよ。」
「もし拒否すれば、カリダは生きてくれるか?」
「生きてくれる、なんて、そんな大げさに言わなくても。・・・でも、私はきっとここに来るでしょうね。」
「何故だ?」
「ここがあなたと出会った国だから。」
「・・・それだけか?」
「ええ。それだけよ。」
「・・・そうか。分かった。・・・明日行こう。今いる竜は暴れているわけじゃない。だからカリダが竜と通じ合ってくれたら、竜もほかのところへ行くかもしれない。」
「ええ。分かった。明日ね。じゃあ、今のうちに思い出巡りと、思い出作りをしましょ?」
「・・・ああ。」
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「ギルドから許可証はもらった。今からなら竜の場所へと通行できるそうだ。」
「分かったわ。」
私たちは竜の場所へと向かうため、馬車を使った。どうもギルドは国と協力して竜を包囲しているらしく、本当なら交通手段が徒歩以外ないところでも、馬車が例外的に与えられていたようだ。そして、運命の時は来た。
「じゃ、行ってくるわね。」
「ああ。生きて帰ってきこいよ。」
「・・・ええ。もちろん。」
カリダは竜と目が合った時、手を振っていた。あまりにも自然な仕草だった。竜は聞いていた通り人と出会っただけで暴れだすような性格ではなかった。カリダは竜に触れる。竜は少し驚いた様子を見せていたが、星術を使ったのか、落ち着きを取り戻し、カリダと竜は互いに目を合わせ続けた。・・・気がかりだったのは周りに人が来たときの何倍もいたことだった。まあ、竜と触れているのだから、違和感はなかった。そして、カリダが笑顔を竜に見せたのがかすかに見えた時だった。
「今だ。」
誰のかも分からない声が、確かに聞こえた。その瞬間、周りを包囲していた兵士や冒険者といったものが全員竜を攻撃し始めた。竜はたじろぎ、咆哮した。カリダは暴れた竜の翼に吹き飛ばされた。カリダは私の方向へ飛んできた。
「・・・は?」
私はこの時初めて理解した。国とギルドは最初から私たちを嵌めていたのだ、利用したのだ。どうも一人の犠牲より大人数が救われた方がいいだろうということだった。この時の私には怒る気力よりも、カリダのことで精いっぱいだった。
「・・・カリダ?・・・カリダ!」
「ヴァイツ・・・。」
「カリダ!ちょっと待ってろ!すぐ助けてやるからーー
「聞いて。」
その言葉はあまりにも真剣だった。まじめだった。真摯だった。私は行動を止めた。カリダが吐血する。周りの人間の喧しい攻撃音が響く。
「よく聞いてね。・・・私がここに来た理由は人を救いたいからとか、出会った場所だからとかじゃないの。・・・ほんとはね、もう疲れたの。」
周りの有象無象共の蛮声が聞こえる。
「ヴァイツは知らないでしょうけど、アネモス家って、実はほかの貴族たちからいじめられてるの。」
カリダの歔欷する音が聞こえる。
「私の嫌われる理由が、自分のマイペースな性格だけじゃないことなんてわかってた。だからダースに来た。旅行が好きなのだってそれが理由。たまたま私はダースを選んだ。そこでヴァイツと出会ったの。」
「カリダ・・・なにを言って・・・。」
「私がここに来たのは、簡単に言えば死にたかったから。でも、どうせ死ぬならヴァイツの役に立って死にたかった。それでね、思い出巡りをしたの。そしたら、ギルドと国は竜を殺すためにおとりを探しているんですって。それでね。立候補したら、お金がもらえるんですって。」
カリダは一枚のコインを取り出した。その手のひらに収まる程度のコインはミスリルで出来ていた。
「これ、ヴァイツにあげるわね。・・・ヴァイツ。カーラを頼むわね。そして、今まで私に付き合ってくれてありがとう。こんな我儘な私に。」
「ま、待って!」
「ヴァイツ。愛してるわ。そして、生きてね。」
その言葉は呪いのように私に突き刺さった。そしてそのことを聞くたびに、今までのカリダとの言葉がよみがえってくる。確かにおかしかった。いくら貴族とはいえ、案内するためにあんな大量のお金を払うなんておかしかった。あれはカリダの性格に対する自己不信から来ているものだと分かった。そして、人を救いたい、願ったらできるなんて理由にしてはあまりにも軽すぎた。確かに私が屋敷にいた時、周りの貴族に関する書類は全くと言っていいほどなかった。私はそこで理解した。私がカリダと出会ったことで、彼女を祝福し、呪ってしまったこと。そして、こんなに可愛く、純粋で、素晴らしい人間が、なぜ人にいじめられるのか。私はこのことを理解すると、怒髪天を衝く勢いで憤怒した。周りのゴミ共はとうに犬死していた。竜はこちらを見る。そして咆哮し、こちらに来る。
「もう、いい。・・・死ね。」
ここで初めて私は私のことを理解した。私には星術の才能があったこと。その時私が作り出し、制御したマナの数は優に100を超えていた。そして私はすべてを竜にぶつけた。その最中で覚星したのも分かった。そんなことを繰り返していると、竜は頭だけ残り、ほかはすべて消え去っていた。
「・・・。」
私は死にたかった。しかし、カリダの、「生きて。」という言葉は、私に蜷局を巻くように身動きを封じていた。全身血まみれの私は、もはや一歩も進むことはできなかった。私は結局、カリダに何もできなかったのだ。彼女のことを慮ることすらできず、彼女のことを理解しようとすらできなかった。私はカリダと出会って、確かに命と金以上に大切なものをつかんだはずだった。それを私は、皮肉にも金というものに引き換えてしまった。もし私が才能があることを知っていたら?もっとカリダの素敵な笑顔を見れたのだろうか。もはやカリダのことを思う価値すらない、ゴミ屑だと罵られた方がましだった。
「カリダ・・・。私はカリダが好きだった。ずっと。しかし、これは愛なのか?頼む。教えてくれ!私はカリダのことを愛せていたのか!」
私はこの慟哭の中、どうすることもできなかった。私には手に入れられた機会を、すべて私の独善的な性格のためにどぶに捨ててきたのだ。もう。なにもかも。遅かった。・・・しばらくすると、大勢の人が来た。竜を殺したのは私だという必要はなかった。皆が私を称賛した。カリダではなく。私が抱きかかえている、カリダではなく。この安らかな笑顔に、私は、もう、限界だった。みっともなく私は涙に浸った。
私はダースから多大な報酬をもらった。カリダの形見となったコインの何十倍も。私はクアラルに帰った。そうすると、貴族たちが集って私を見て、こう伝えてくる。カリダは犬死か、と。私はその貴族全員を殺した。正直カーラのことなど忘れて死んでしまいたかった。しかし、クアラルはこんな私を死刑にしなかった。それどころか、褒め称えたのだ。周りからも死刑にすべきだという意見はほとんどだったが、クアラルは王家の約束で拒否した。どうやらクアラル王家はアネモス家となにかつながりがあるらしかった。私は家に帰った。
「父さん。どうしたの?」
私はカーラの声を聴いた時、誓った。何が何でもこの子を守ると。カリダが私を助けたように。もう、何もできない人生は耐えられない。
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「カリダ。見ているか。カーラは楽しそうに生活しているぞ。・・・私は絶対カリダを忘れない。君の人生を犬死だとは絶対言わせない。だから、見ていてくれ、私の無様な人生を。この泥まみれの命を。」




