旅の始まり
街角で一人の青年がため息を吐いていた。
「はあ、これでバイトもクビかあ。まあ一週間は食っていけるとして……」
青年は和風な旅装束、腰には打刀を差している。髪はボサッとしており、肌艶はあまり良くない。
葉月とモモちゃんがトンネルを抜けた先は異世界の空の上だった。
「わ~~~~、落ちてる~~~~」
背中に付いている羽は飾りか何かであった。飛べない天使だ。
「ふぎゃっ」
突如、頭上に降ってきたものに青年は潰される。
「ここが、異世界だね! すごい! ついに来ちゃったんだ~」
「葉月、踏んでる踏んでる」
そういえば、やけに柔らかい地面だなと思って足元を見る。人間だった。
「ひゃっ、ご、ごめんなさい、降ります!」
青年は腰をさすりながら立ち上がる。
「……何だ、女の子か。まさか空から女の子が降って来るなんて、ハハ……」
青年は乾いた笑いを浮かべつつ、空を見上げる。雲一つない青空が広がっていた。
「……超高速で飛んでる飛行機から飛び降りた?」
「えっと、何て説明すればいいんだろ」
葉月は後方を飛んでいたモモちゃんに声をかける。青年はそこで初めて見る生物の存在に気付く。昔、生物図鑑で見たような覚えがあった。
「まあ軽く自己紹介すればいいんじゃない?」
「え、そいつ喋るの⁉ あっ、もしかして君、魔法使いか何か⁉」
「う~ん、当たらずも遠からずね」
「魔法⁉ やっぱり魔法があるんだね! すごい、さすが異世界!」
「え、異世界……?」
「あ~、もう、順を追って説明するから、とりあえず自己紹介しなさい!」
「えっと、天間葉月です。よろしくお願いします」
「俺はノイン、旅人だ。こちらこそよろしく。……テンマハヅキ、この辺では聞かない、変わった名前だな。葉月って呼べばいいか?」
「はい、それで大丈夫です」
先ほどまでは異世界に来てテンションが上がっていた葉月だが、元来の人見知りが顔をのぞかせてきたのだった。
「私は葉月のパートナー、モモンガだからモモ。モモちゃんとか、まあ好きに呼んで」
「あー、そうだ、モモンガだよ。思い出した。北の方の森とかに住んでるやつ」
「ここの世界と葉月の世界の生物とかは大体同じよ。説明が簡単な方で助かったわ」
「この世界にしかいない生物とかもいるの? ユニコーンとかドラゴンとか」
「ええ、いたはずよ」
「わー、すごい! 見てみたい!」
「そうね。いつか会えたらいいわね。……じゃあ、とりあえず立ち話も何だから、どこか落ち着いて話せる場所に移動しましょうか」
「そうだな。案内するよ」
ノインはまだ聞きたいことが色々とあったが、とりあえず「異世界人」達を近場の安いカフェに案内する。
(こいつら、金とか持ってるのか……?)
地面にはタイルが敷かれ、洋館が立ち並んだ異国情緒溢れる街を葉月は目を輝かせながら歩いている。
この世界では、ありふれたカフェに到着する。値段も手頃だ。
メニューも葉月の世界のものと大差ない。ノインはコーヒーを頼み、葉月はオレンジジュースを頼んだ。モモちゃんはテーブルの上に乗っている。
「では、改めまして、天間葉月です! 天使です!」
「ああ、天使ね、……って天使⁉」
「そう、天使よ。……葉月は、あなたの守護天使」
「守護天使、ええ何、俺を守ってくれるの?」
「私が守るの?」
「……順を追って説明するわ」
「よろしく、モモコさん」
「……その呼び方はやめて」
「さっき、好きに呼べって……、じゃあ普通にモモちゃん」
「それで頼むわ。……葉月は、こことは違う世界から来ているわ」
「本当に異世界とかって、あるんだな」
「ええ、あるわ。……あなた、旅人って言ったわよね」
「ああ」
「葉月と私は、あなたと一緒に旅をするの。守るっていうか、まあ普通に一緒にいる感じ」
「何か特別なことはしないのか?」
「ええ」
「守護天使なのに?」
「実は、まだ見習いなのよね」
「そうなんだ!」
「本当に何も知らないまま来てるから……」
「色々と大変そうだな、モモちゃん」
「あいつが説明を全部、私に丸投げするから……」
「あいつって誰?」
「葉月の上司」
「上司とかいるのか」
「ええ、いるのよ。天界は縦社会よ」
「ご苦労様って感じだわ」
「それと、俺は貧乏一人旅だから、お前らの分の食費とか出せないぞ」
「問題ないわ。私達の分は、私が出すから」
「モモちゃんが?」
「ええ。貯めたお金があるから大丈夫よ」
「へえ、すごいね! さすがベテラン」
「それを聞いて安心したぜ」
「あなた、そんなに金欠だったかしら。もらった資料と微妙に違うことが多いわね」
「資料なんてもらってたんだ」
「一応、ね」
「そっちの資料には何て書いてあるんだよ?」
「まず名前がノインじゃくてアイン。職業が旅人ってのは一緒」
「落ちていくべき先が、そのアインさんだったりってことは?」
「それはないわね。トンネルの行き先が間違ってたなんて、今まで聞いたことないもの」
「じゃあ、葉月が俺の守護天使ってことは間違いない訳だ」
「ええ」
「良かったあ」
葉月が、ほっと胸を撫でおろす。
「あと、やらなきゃいけないことがあるのよね」
「何?」
「エンディングノート、っていうものを書いてもらうわ」
「終活のやつ?」
「微妙に違うけど。……この世界でやりたいこととか、現世でやりたいこととか、どのように生きていきたいかを書いてもらいたいのよ」
モモちゃんは普通のA4ノートのようなものとペンを葉月に渡す。
「異世界に行くって夢は叶ったんだよね。だったら冒険がしたい!」
「この世界では冒険ね」
「ちょっと待て。その冒険に俺は巻き込まれるのか?」
「私達だけで行かせるつもり?」
「アンタらは天使、俺は一般人」
「適性なクエストを私がちゃんと選ぶから問題ないわ」
「クエスト! 受けてみたい!」
「後でね」
「じゃあ、現世でやり残したことは?」
「う~ん……」
「ほら、結婚とか」
「結婚なんて考えたことなかった」
「そういえば、葉月って何歳なんだ?」
「12歳だよ! もうすく中学生!」
「学校に通ってる年齢か」
「葉月の国では15歳まで義務教育」
「へえ、俺のとこは12歳なら働いてる奴もいたな」
「とりあえず、現世の義務教育は終わらせなさいな」
「現世に戻ったりするの?」
「ええ。たまに」
「そうなんだ……」
「葉月が、こっちにいる時って、向こうではどうなってるんだ? 行方不明扱い?」
「いいえ。『ダミー』という人形が代わりを務めるわ」
「へえ」
「葉月っぽい受け答えをしているはずよ。だからバレる心配もいらないわ」
「そうなんだね」
「安心だな」
「で、現世でやり残したことは?」
「えっと……、友達とケンカしちゃってて……、仲直りしたいかな」
「じゃあ、それを書いておいて」
「うん」
「さて、次はどこに行きましょうか?」
「とりあえず冒険者ギルドにでも行ってみるか?」
「わ~、やっぱりあるんだね! ギルド!」
「ああ、案内する」
異世界に憧れる女の子・天間葉月が念願の異世界に来ることができましたよ!
お仕事は守護天使。
今まで不運続きだったノインの運が少しでも上がるといいですね。




