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白いセダン

作者: 御徒マチ

見慣れない白いセダンを見た。

それは私の家の前に、車道と歩道を跨いで駐車されていた。

私の手足はとても細くて、同級生から「机」と呼ばれていた。小学校で使う机。その四本足にそっくりだって。

白いセダンを見たとき、その私の手足が、力が無くて、カサカサして、すぐに折れそうで、とても頼りないそれがぶるぶる震えて、背負っていたランドセルの金具がカタカタ鳴って、私も泣きそうになった。

白いセダンの窓は閉まっていたけれど、車の中の匂いが想像できた。いつか見た赤い大きな車(ずっと後になってSUVという言葉を知った)や黒い軽自動車と同じ、ずんと気持ちが沈むような、笑えなくて思わず真顔になるような芳香剤の匂いだ。クリーム色でモコモコした座席の隙間にまんべんなくその匂いが入り込んでいるだろう。絶対に乗りたくない、と思った。車が動き出す前に車酔いしそうだ。

車道に半身を乗り出した白いセダンのせいで、道路を通行する車はそれを避けるために中央線を跨いでいる。ほとんど車が通らない道だが、私はやけにそれが気になった。誰かぶつけちゃえばいいのに。


私の家には窓がない。そしてちょっとだけ傾いている。太陽の光は薄い壁やどこかの隙間を通過して部屋に届く。当然、電機や水道、ガスはある。家の前には部屋と同じくらい広い庭もある。その庭で一本だけバラを育てている。買ってきてもらった苗を庭に植え替えたのだ。毎朝水をあげて、葉っぱやとげとげを観察すると、ほとんど毎日芋虫がくっついている。私はそれをつぶさないようにそっと摘まんで、庭の隅に投げる。私のバラ以外の植物を食べて、立派に蝶になってくれればそれでいい。


私の家は声がよく響く。それは家の玄関の前に立つとよく分かる。家に入らずとも、家の中の声が聞こえてくるのだ。私は学校から帰ると毎日玄関の前に立ち、声を聞く。声が無いならばすぐに家に入るし、声がしたならその主について考える。声の主を知らないこともある。今日はきっとそうだ。白いセダンは見たことがないから。今日はよく声を聞いて、その声の主がどんな人かをちゃんと想像して、しっかり考えなければならない。


女の人の声。高くて、とがっていて、耳が痛い。これはお母さんだ。

男の人の声。曇っていて、震えていて、大きな声。これはおじいちゃんだ。

女の人の声。うめくような、消えそうな、小さな声。これはおばあちゃん。

男の人の声。太くて、おおざっぱで、怖い。これは知らない人。きっと白いセダンの人だ。


白いセダンの人は、きっと体が分厚くて、髪が真っ黒で、大きな目をしているだろう。

そういう人の声をしている。

そして、せっかちで、強引で、自分のことでいっぱいいっぱいな人だ。

そういう会話をしている気がする。


白いセダンが悪魔になりますように。

あの人をもう戻ってこれないところに連れて行って。

白いセダンが天使になりますように。

私をきれいなバラが咲く庭に連れて行って。


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