第7話 ウインナーでも買って行こうよ!
「はあぁー、すっきりした」
カラオケ店から出た稲葉玲奈は背伸びをしていた。
思いっきり声を出した事で心がすっきりしたのだろう。
それと中原梨花に対し、ちょっとした仕返しも出来、彼女の気分は最高潮のようだった。
岸本和樹にしても、梨花の何も言えない表情に少しだけスカッとしていたのだ。
「岸本さんも大分表情が良くなった感じだね」
二人は夕暮れ時の街中を歩き始める。
「そうかな」
「そうだよ。今日、学校にいる時、ずっと顔つきが暗かったじゃない」
玲奈は急に、和樹の頬を人差し指で突いてきたのだ。
「ほら、また顔が明るくなったよ」
「そ、それは稲葉さんから頬を触られているからで」
「照れるってこと?」
「そういう事だよ……それと今日はありがとね。さっきよりも体感的に楽になった気がするし」
「それは良かったね。また何かあったら一緒にカラオケに来ようね」
玲奈はニコッとした笑みを見せてくれた。
彼女と一緒にいると物凄く心が落ち着くのだ。
「私、少しお腹が減っちゃったかも」
隣を歩いている玲奈は両手で胸の下のお腹を触っていた。
彼女の体を見やると、さっきのKカップ発言があったのも相まって、エロい目で意識してみてしまうのだ。
「えっと食べるなら、カラオケ店で注文すればよかったね」
「そうね」
和樹はエッチな思考にならないために、強引に話題を振る。
道にそって歩いていると、途中に棒付きウインナーが売っている海外風の出店があったのだ。
「ねえ、買って行かない?」
玲奈はウインナーが焼かれる香ばしい匂いに釣られ、ふらふらと、その場所まで向かって行く。
和樹は彼女を追いかけるように、その屋台へと向かう事にした。
「いらっしゃいませ」
カタコトの日本語で出迎えてくれた。
この出店の男性店主は、海外の方のようだ。
鉄板には太く長いウインナーが置かれ、焼かれてあった。
出店の前に立て掛けられている看板にはメニュー表があり、ウインナーの他に、フランクフルトやボロニアまで幅広く取り揃えられているらしい。
「え? でも、全部違うの? 大体見た目は同じだけど」
和樹はメニュー表を見ながら、その疑問を口にする。
「その三つはね、全然違うのよ。ウインナーは羊から。フランクフルトは豚から。それとボロニアは牛から出来てるの」
「へえ、そうなんだ」
なぜ、彼女がそこまで詳しいのかは疑問である。
「凄いね。お嬢さんは物知りなんだね」
海外の男性は笑顔で接客をしてくれていた。
鉄板で焼いている最中も、周囲の状況を確認しながら、気さくな感じに話題を振ってくるのだ。
「それほどではないですけど、それなりには知識はありますから」
玲奈は可愛らしくも、消極的な感じにはにかんでいた。
「では、今回はサービスしてあげるからね」
海外の男性から二本分おまけをされ、計四本のウインナーを購入する事となったのだ。
金額は二本分であり、かなりお得だった。
「今日はここで、私、あっちの方が家だから」
「じゃあ、また明日ね」
「うん。それと、残りのは妹さんにもあげてね」
「ありがと。今日は色々と助かったよ」
二人は街中のアーケード街の出入り口付近で別れ、各々の帰路に付き始めたのだ。
和樹は一人で自宅に繋がっている道を歩き、袋の中に入っているウインナーを見ていた。
先ほど歩きながらウインナーを食べてみたのだが、本場の味が前面に出ていて物凄く美味しかったのだ。
当たり前の事だけど、自宅で焼くのとは全然格が違う。
こんがりと焼かれた匂いや、特製の味付け具合もマッチしており、味わい深いものであった。
玲奈の話によれば、ウインナーの発祥の地は、ヨーロッパのオーストリアらしい。
ちなみに、ウインナーはオーストリアのウィーンが名前の由来のようだ。
「ただいま」
和樹はいつも通りに自宅に到着する。
「お帰り、お兄ちゃん! んッ、この匂いって、もしや」
「そうだよ。これだよ」
和樹は妹の咲に、袋の中を見せる事にした。
「うわー、ウインナーだ! これどうしたの?」
「色々あってさ。街中の店屋でサービスして貰ったんだ。一応二つあるから、咲と一緒に食べようと思って」
「そうなんだ、でも」
「ん? どうかしたか?」
咲は困った顔をしていた。
すると、リビングの扉が開く。
「すいません、お邪魔してます」
そこからひょっこりと顔を出したのは、咲のクラスメイトである村瀬真帆だった。
「え、あ、ああ、どうも。そういうこと、友達が来てたんだね」
「うん、そうだよ。だから、二本だけだったら」
「えっと、じゃあ、二人で食べなよ。俺。実はさ、帰り道で食べてきたんだ。普通に美味しいし。しかも本場の人が作ってたんだ。俺の事は気にせずさ」
「じゃあ、貰うね。真帆ちゃん、これ食べてもいいって」
妹は真帆のところまで駆け寄って行く。
「え、本当ですか。ありがとうございます」
真帆は丁寧に頭を下げていたのだった。
「美味しい?」
「うん、美味しい。やっぱ、本場は最高かも」
「美味しいです。咲ちゃんのお兄さんって、色々と美味しいモノを知ってるんですね」
自宅リビングのソファに、妹の真帆を中心にして座っている和樹と真帆。
咲の右隣に座ってウインナーを頬張っている真帆は目を輝かせていた。
「私、こんなに美味しいモノ食べたの、初めてかもしれないです」
真帆はウインナーの棒のところを両手で掴んでおり、それをまじまじと見つめていた。
「え、そんなに⁉ いや、でも、それは大げさな。街中には売ってるし」
「お兄ちゃん、あまりそこには触れない方がいいよ」
「え?」
右隣にいる咲が和樹の耳元に近づいて来て、こっそりと話す。
話によれば、真帆には弟や妹が多く、普段から豪華な食事が出来ていないようだった。
家庭の事情は色々であり、和樹もそこから話を広げないようにしたのだ。
「そうだ、真帆ちゃんはどうする? 私の家で夕食でも食べていく?」
「んー、私は弟と妹のお迎えをしないといけないから。そろそろ、六時になるし」
真帆は左手首につけている時計を確認していた。
「今から小学校にお迎えにいかないといけないんだよね」
「真帆ちゃんも大変だね。私も付き添う?」
「いいよ。迷惑になると思うし。咲ちゃんは、お兄さんと一緒にいた方がいいと思うから。また、明日ね」
真帆はごちそうさまでしたと頭を下げながらお礼を口にし、ソファから立ち上がる。
また今度ねと、彼女は笑顔で手を振って岸本家を後にしていくのだった。