第5話 あんな奴が言う事なんて気にしなくてもいいよ
「では、レクリエーションについて議論する事になってるんですが、皆さんは何をしたいですか?」
午後の授業は自由時間。壇上前に立つクラス委員長である西園寺智絵理が、教室内いる人らを見渡しながら問いかけていた。
彼女は黒髪のショートヘアで綺麗な髪質をしている。
「じゃあ、普通に運動でもよくない? バスケとかさ」
レクリエーションの話になると、クラスの陽キャ男子が仕切り始めていたのだ。
「そうですね、バスケもいいかもしれないですね」
委員長は黒板にバスケとチョークで書いていた。
「他には何かありませんか? えっと、玲奈さんはこれやってみたいとかってありますか?」
「私? 私は皆に合わせるつもりですから。でも、バスケだと出来ない人もいるので、別のスポーツでもよろしいかと」
「そうよね。具体的には?」
「んー、そうですねぇ……例えば、バトミントンとかはどうでしょうかね?」
稲葉玲奈が悩みながらも提案していた。
「バトミントンですね。他の人はどうかしら?」
「じゃあ、それでもいいかもな。俺はバトミントンでもいいぜ」
その陽キャ男子は、玲奈の考えに賛同している感じだ。
他のクラスメイトも、それでいいという流れにありつつあった。
玲奈の発言力は凄く、すぐに現状が一変したのである。
今週末のレクリエーションは、結果的にバトミントンになった。
「岸本さんはバトミントンで良かったかな?」
「まあ、いいよ。得意なスポーツもないから」
殆どの人がいなくなった放課後の今、玲奈が岸本和樹の席までやって来て話しかけてきたのだ。
「ねえ、その時は一緒にペアにならない?」
「いいけど。俺なんかでもいいの? 全然スポーツとかも得意じゃないけど」
「いいの。付き合ってるようなものだし、その時くらいは一緒にペアになろうよ」
「俺らが付き合ってることって、誰も知らないよね」
「んー、多分ね。知ってるのは中原さんくらいじゃない?」
「そうか……まあ、そうかもな」
和樹の心には少し不安な思いが残っていたが、どの道、ペアを組めずに余りそうな感じがしていた。
玲奈が和樹とペアになれば、皆からすると、一人残された和樹とペアになってあげたという構図に見えるかもしれない。
付き合っているという事は、その瞬間はバレないと思う。
「そういうことで当日はお願いね、岸本さん」
「わかったよ、ありがと」
「別にいいよ。それより、今日も一緒に帰りましょ」
和樹は彼女から誘われた。
玲奈の方はすでに準備が出来ているらしい。
和樹もすぐに準備を整え、席から立ち上がると、通学用のリュックを背負う。
それから、二人は教室の外に出ようとした瞬間だった。
「へえ、そうなんだね」
扉の前に誰かがいた。
気配を感じたのだ。
「梨花から聞いてたけど、二人って付き合ってたんだね。意外」
それはクラスメイトの亜優だった。
普段から梨花と一緒につるんでる仲間の一人である。
ツインテールが特徴的で、あまり似合っているとは言えなかった。
が、一軍寄りの子であり、あまり誰も指摘しないのだ。
「だから、何? あなたには関係ないと思うけど」
玲奈は扉付近に佇んでいる彼女に言い返す。
「関係はあるわ。というか、二人が付き合ってると言ったらさ。クラスメイトらって、どう思うかしらね?」
亜優は、自身が有利な状況にいるためか余裕のある顔付きになっている。
一番面倒な奴に見られてしまったと、二人は心臓を掴まれた感じになっていた。
「ねえ、バレちゃ嫌でしょ」
「嫌っていうか、今は誰にも言いたくないだけ」
玲奈は悔しそうな顔を見せる。
「そうよね、あなたにも立場があるものね。そんなパッとしない奴と付き合ってたら、確実に他の人から引かれそうだしね」
「ねえ、岸本さんの事は悪く言わないで」
玲奈は強い口調で反論した。
「なんで?」
「だって、あなたが思うほど、ダサくはないからよ」
「そう? 私には陰キャにしか見えないんだけど」
亜優は笑っていた。
「最低な人ね。あなたが見ているのは外見的なところでしょ? 岸本さんとまともに関わっていないのに何がわかるの?」
「そんなの見れば大体わかるわ。今までだって、そういう見た目をした人はそうだったから」
「それはあなたの感覚的な話でしょ」
「そうかもだけど。まあ、そいつの事が好きだったらいいんじゃない? 私はこれで失礼するね」
彼女は悪びれることなく立ち去って行ったのだ。
「というか、あんな奴の意見なんて気にしなくてもいいからね」
玲奈は和樹の方を見て慰めていた。
二人で教室から出ると、さっきの子が、なぜか何もないところで転んでいたのだ。
しかも、スカートまでめくれていたのである。
「ダサッ」
亜優は別のクラスの人にバカにされ笑われている。
彼女は頬を真っ赤にし、教室から出ていた和樹と玲奈の方をチラッと見るなり、急いでその場から走り去って行ったのだ。
「まあ、悪口を言ってる奴なんて、あんなものなのよ。だから、岸本さんもそんなに深く悩まなくてもいいから」
「ありがと。そう言ってくれて」
和樹は彼女の優しさに見守られながら、学校を後にするのだった。
「気晴らしに、街中に行こ。カラオケにでもする?」
「んー、そうだな。その方がいいかもな」
通学路を歩いていた二人は、街中のアーケード内にあるカラオケ店へと向かう。
街中に到着すると店内に入り、二人は手続きを済ませる。
一時間でドリンクバー付きのプランにして、カラオケ店員から伝票バインダーを受け取り、特定の部屋へと移動するのだ。
「涼しいね、この部屋」
カラオケの個室に入ると、玲奈は真っ先にソファに座っていた。
「岸本さんも早く」
彼女は急かしてくる。
「岸本さんは何を歌うの?」
「俺は……」
和樹がソファに座っていると彼女が近づいてくる。
一緒に曲を選んでいると、彼女との体の距離が近くになっていた。
女の子と密室で、こんな近距離で過ごす事にまだ抵抗のない和樹からしたら、どぎまぎの連続だった。
昨日は漫画喫茶で二人きりだったが、まだ近くにいる玲奈の存在を意識してしまい、冷静に考えられなくなっていたのだ。
「岸本さん?」
「え⁉」
「ちゃんと決めてる?」
「え、うん。でも、稲葉さんが最初でいいよ」
「本当に? じゃあ、私から歌うね。岸本さんは後で入力しておいてね」
玲奈は電子端末に曲を入力したのち、マイクを手にし、その場に立ち上がった。
室内に設置されたテレビには、彼女が入力した曲のメロディーと事前に設定されてある映像が流れ始めたのである。
歌っている玲奈は笑顔だった。