第36話 夕食は、海岸でBBQ!(後日談編)
西園寺家が管理している別荘は途轍もなく広い。
いわゆるリゾート施設のようなものだ。
その中でも、海岸から見える海の景色が綺麗なのである。
岸本和樹は海パン姿に、上にはアロハシャツを羽織り、夕方五時頃から海岸でBBQの準備を始めていた。
「火加減の方はよろしい頃合いでしょうかね?」
西園寺智絵理は、使用人の男性と共に残りのカット野菜をもってきていた。
「問題ないと思うよ」
和樹は海岸にパーティー用のBBQ専用の鉄板を設置しており、着火ライターを使い、炭に火をつけて鉄板を温めていた。
炭はパチパチの火を立て、程よく燃え上がっているのだ。
「では、お肉も焼いていきましょうか!」
智絵理が周りを見て、その場を仕切っていた。
「咲は何の肉から食べたい?」
「じゃあ、カルビから!」
和樹の隣にいる妹の咲は、出揃ったお肉やカット野菜を見てテンションを上げていた。
「カルビから食べるの? 最初は豚肉からじゃないか?」
「えー、私はカルビがいいんだけど。お兄ちゃんは豚肉派なの?」
「BBQの最初の定番としては、豚肉って聞くけどね」
「えー、そうなの? じゃあ、豚肉からかなぁ」
和樹は妹の隣で、鉄板の上に豚肉を敷いて焼き始める。
「んー、いい匂いがするね」
稲葉玲奈が別荘の建物からやって来た。
美味しく焼かれている、その豚肉の匂いに釣られ、和樹のところまで近づいてきたのだ。
「美味しそうね! 最初は豚肉からなの?」
「そうなの。お兄ちゃんがどうしても豚肉がいいって」
妹の咲は、玲奈の近くで言っていた。
「でも、好きなお肉の方がいいんじゃないの?」
「そうだよね」
「和樹君。咲ちゃんだってそう言ってるんだし」
玲奈からも甘えた口調で言われる。
しかも、玲奈の胸元が和樹の右腕に接触しているのだ。
さすがに高級な二つのモノを当てられたら、断るという判断は下せなかった。
「わかったよ。咲はカルビだっけ?」
「そうだよ」
妹は、和樹が今手にしたカルビの入っている発泡スチロールを見て、瞳を輝かせていたのだ。
和樹は箸を使い、発泡スチロールからカルビを取り、鉄板の上に置く。
「涎が出てるぞ」
「え、で、でも! 美味しそうだし、早く食べたいよ」
「わかったから、ちょっと待ってて。焼けるまでもう少し時間がかかるからさ」
和樹は妹を上手に手懐けながら相手をしていたのだ。
「でも、お肉ばかりじゃ、ダメですからね。野菜もちゃんと食べないと」
智絵理と、その使用人の男性はカット野菜が置かれた即席テーブルの近くにいる。二人は串を持ち、その串の先端から野菜を刺していたのだ。
かぼちゃ、玉ねぎ。それからピーマンを中心とした野菜だらけの串刺し。
パッと見た感じだと色鮮やかで美味しそうに見えなくもない。
「これなら、手に持って食べられるでしょ!」
智絵理は皆に、そのベジタリアンが好みそうな串刺しを見せつけていたのだ。
「委員長。そういうのって、途中に肉を挟むものじゃないの?」
「そういうのもありますけど、私は野菜だけのを食べるのが好きなの。岸本さんもどうかしら? 別格の味を堪能できると思うわ」
「お、俺は後で食べるかも」
和樹は一応、軽く断った。
気が乗ったら、後で食べるかもしれない。
様子見しておく事にしたのだ。
「普通に美味しいと思うわ。私の家では農家もやっていたりするの。そこで取れた高級な野菜なの」
「そうなんですか! 私、それ食べてみたいかも!」
妹は乗り気で、その串刺し野菜に興味津々だった。
「咲さまも一緒に串に野菜を刺してみませんか?」
「はい。やります!」
咲は焼肉をそっちのけで、使用人の男性と一緒に串刺しの作業を始めていたのだ。
「美味しい!」
妹の咲は、焼きあがったカルビを皿に乗せ、それを近くの即席テーブルに置いていた。
テーブル近くで展開させた即席椅子に座り、焼かれたお肉と共に、ちょっとだけ焦げ目がついた串焼き野菜を片手に食べていたのだ。
「んー、お肉と一緒に食べる野菜は美味しいかも! ご飯もあったら、もっといいんだけど」
妹は和樹よりも一足先にBBQを楽しんでいた。
「では、別荘の方にありますので、お持ち致しますね」
「え、本当?」
「はい。少々お待ちを」
そう言って別荘の方まで駆け足で向かって行く。
使用人の男性は自分の事を後回しにして、身の回りの事を手伝っているのだ。
「私も食べてもいいかな?」
和樹の近くにいた玲奈も積極的にお肉を箸で拾い上げ、自身の皿によそっていた。
「和樹君の分もよそっておくね」
玲奈は食事用の即席テーブルの上に、自身でよそったお肉の皿を置くと、和樹の分まで用意してくれるのだ。
「和樹君も焼いてばかりじゃなくて食べないとね。お腹が減って来てるでしょ?」
玲奈の問いかけに応じるように、和樹のお腹が鳴っていた。
「我慢しないでね」
「そ、そうだな。俺も食べようかな」
和樹は一旦手を止める。
「後は私がやっておくわ」
智絵理は焼きあがった串刺し野菜を口に咥えたまま、鉄板の上にお肉を敷いて焼き始めていたのだ。
和樹らが即席椅子に座って食べ始めている時も、智絵理は使用人の男性と共に焼肉を焼いていた。
鉄板の方からは焼肉と、玉ねぎなどの野菜が焼きあがる匂いが漂ってきて、食欲をさらに掻き立てられるようだった。
焼く側もいいが、やはり、食べる側の方が一番楽しいと思う。
ご飯をお供に食べる肉は別格に美味しかった。
焼肉のたれをつけて食べていると、なおさら美味しい。
その上、太陽が沈む瞬間を、こんなにも綺麗な海を背景に眺められるのは幸せだと思う。
「この串刺しも食べ応えがあっていいな」
「そうだよね。お兄ちゃんは食べないかもって言ってなかった?」
同じテーブルに座っている妹は、一旦食事を終えた為、和樹の事を見ていた。
「それはまあ、外見的にな。でも、やっぱ、高級な野菜を使ってるだけあってさ。この野菜には鮮度があって、その上甘いし、野菜本来のうま味が滲み出てるって感じだな」
和樹はその串刺し野菜にかぶりつきながら、客観的な評価を下していたのだ。
「皆様方、まだありますので、ご遠慮なく」
「じゃあ、もう少しだけ。でも、少しお腹を減らしてから食べるかも」
「わかりました。岸本さま用に取っておきますね」
使用人の男性は手際よく鉄板の上で箸を躍らせながら、お肉の焼き加減を確認しながら、新しい皿に、そのお肉らをよそっていた。
「あなたも食べないとダメですよ。今日は頑張ってたんですから」
「智絵理さまが、そう言っていただけなるのなら」
「はい、これ。あなた用ですから。ご飯つきで」
智絵理が大きな皿にご飯とお肉を半々でよそっていたのだ。
使用人へのご褒美らしい。
「では――」
使用人は一旦作業をやめ、食事する事に専念していた。
「ん? そういや、梨花は? さっきから見てないけど?」
「確かにそうだね」
同じテーブルにいる玲奈も辺りを見渡し、首を傾げていた。
「そういえば、梨花は玲奈さんと一緒に別荘の方に行かなかった?」
「そうなんだけど。私が出る前には、中原さんはいなかったわ」
玲奈は数分前の事を思い出すような顔つきで話していた。
「そ、そうなんだ……」
「私。てっきり、中原さんがここにいると思って、別荘の中を確認せずに出てきたから」
「じゃあ、どこに行ったんだろ」
和樹は食事する手を止めた。
「俺、ちょっと見てくるよ」
「え? 今から? 夕暮れ時だし、危ないかも」
玲奈から引き留められる。
が、和樹は中原梨花の事が気にかかり、皆がいる場所から離れ、海岸沿いを歩き始めるのだった。




