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第32話 梨花はリセットしたいらしい

「はあぁ……これで全部終わったか」


 テスト本番を含めたテスト週間を乗り越えた、その日の午後。

 校舎の屋上で一人きりな岸本和樹(きしもと/かずき)は、達成感のこもった溜息をはいていた。


 午後といっても、まだ明るい。

 校舎の屋上から見える景色も綺麗で、遠くの方もしっかりと見える。


 すべてを乗り越えた為か、景色までもが透き通って見えるのだ。


 今週中は、ほぼ殺伐とした教室でテストをしていた為か、息が詰まっていたのだろう。

 自然あふれる外の空気を吸って、その心地よさを肌で感じていたのだ。


「……これからどうするかだよな。まあ、テストが全て終わったとはいえ、テストの結果次第か。個人的にはやり切った感じがするし。問題はないと思うんだけどな」


 和樹は独り言を口にしていた。


 大半の人は学校で食事してから帰るか。そのまま帰宅するか。そのどちらかを選ぶことになるのだ。

 稲葉玲奈(いなば/れな)は友達と一緒に学食で昼食をとると言って、現在、この場所には不在である。

 多分、食事をした後、玲奈は友達と一緒に帰宅するだろう。


「俺も、そろそろ帰るか」


 和樹は先ほどまで屋上にて、購買部で購入したチョコ入りのメロンパンを食べていた。

 限定品のパンだったが、今日は調子が良く、運がいい事に最後の一個だけ確保できていたのだ。


 テストも人生も今のところ順調であり、その上、目的としたメロンパンも食べる事が出来ていたのである。


 ここまで都合よく事が進んでもいいものかと、和樹は一抹の不安を感じながらも、その場で振り返り、屋上の出入り口まで向かって歩こうとした時だった。


 屋上の扉が開いたのだ。

 最初は外の風の影響かと思っていたのだが、扉の先には人影が見える。


 誰かと思い、少しばかり硬直していると、その扉から出てきたのはセミロングヘアが特徴的な中原梨花だった。


 え⁉


 なんで、このタイミングで⁉


 和樹は一瞬ドキッとする。

 人生が順調に進んでいたからこその影響かと思ってしまう。


「あ、あんたさ、今時間ある?」


 梨花からの第一声はそれだった。


 テスト期間中まったく関わりがなかった為、和樹は彼女から何を言われるのか、少々不安になっていたところがあった。


 今、別の意味合いで、心臓の鼓動が早くなっていた。


「ねえ、時間あるって聞いてるんだけど? 返答無しなの?」

「あ、い、いや、そうじゃなくて。いきなり話しかけられたからで」

「あ、そう。まあ、それはそうとして時間ある?」

「一応ね」

「じゃあ、話しない?」

「どんな?」

「それは……結構重要なこと……だから」


 梨花はその場で少々俯きがちになり、恥ずかし気に頬を紅潮させていたのだ。


 和樹はその場で少し悩んだ後で、梨花の姿を見て返事を返す。


「じゃあ、立って話すのもなんだし。あっちのベンチで」

「わかった」


 梨花は屋上の扉を閉める。

 その場所から、二人は指定されたベンチに向かう。


「どんな話?」

「私さ、一回リセットしたいと思って。その話」

「リセット? どういう意味?」

「私、今まで付き合っていた友達とは完璧に縁を切ったの。切ったっていうか、あちらの方から距離を置かれたわけなんだけどね」

「そうだよね。でも、なぜ、あの三人の話を?」


 和樹は隣に座ったまま、首を傾げる。


「あの三人の中の、亜優と三葉っていたじゃない」

「あー、いたね。一応、俺のクラスメイトだけど」

「あの亜優と三葉が、三年生の浩也先輩かな? 多分、そんな名前の人と繋がりがあったらしくて。テスト終わりに、他の先生から呼び出しを食らって問い詰められていたの」

「それ、本当?」

「ええ、本当。元々ね、罰ゲームを企画したのも、その先輩らしくて。あの罰ゲームで私が負けるように仕向けていたらしいの」

「え? そんなことが?」


 衝撃的な内容だった。

 あの先輩が、そこまで干渉していたとは、驚きである。


「あの先輩が私に対して恨み? があったらしくて、去年のミスコンの結果が気に入らなかったとか。それで陥れるつもりだったみたい」

「そ、そうだったのか。それについては知らなかったな」

「え? あんたは何か知ってるの?」


 梨花は和樹の話し方に疑問を抱いたらしく、問いかけてきたのだ。


「その先輩にさ。俺も絡まれて色々なことがあって。最終的には、その先輩は体育の先生に連れていかれたんだけど」


 和樹は事の経緯を深く説明する事にした。


「俺。そのミスコンの事について二週間くらい前にさ。校舎の裏庭近くで、その先輩の話を壁に隠れて聞いてたんだ。その後、梨花に言おうとしたけど、その時には梨花が中庭のベンチにはいなくて。でも、真実を言わない方がいいと思って、俺は梨花には何も言わなかったわけだけど」

「そう、あの時ね。わかったわ」


 梨花はいつの話の事か。

 少し考え、察していた。


「でも、正直ショックだったわ。今まで信頼してきた千沙まで、亜優や三葉と共謀していたなんて」


 梨花は今にも泣きそうな瞳を浮かべていたのだ。


「色々大変だったんだな。元々、あの三人とは友達ではなかったんだ。そもそも、あの三人と早めに縁を切っておけば梨花は苦しまずには済んだと思うよ」

「そうかもね……でも、あの罰ゲームが無かったら、和樹には告白できていなかったし。それはそれで良かったのかも……なんていうか、嫌なことを良かったって解釈するのも変なんだけどね」


 梨花は吹っ切れた感じに、ため息をはいていた。


 今、梨花の隣にいるのだが、当の本人でなくとも彼女の人生には同情してしまう。


「……ねえ、あんたにさ。今更、こんなことを言うのも変だけど。もう一度だけチャンスをくれない?」

「チャンスか」

「お願い。今度は絶対に裏切らないから。それに、あの三人とも縁を切ったから。本当だよ」


 隣にいる梨花は真剣でかつ、涙交じりの瞳で和樹の事を見つめている。

 彼女は本気なのだろう。


「わかった。でも、付き合うのは今のところ難しいから」

「え? な、なんで?」

「そりゃそうさ。一応、前科的なのあるし」

「それ、犯人っぽくて嫌なんだけど」


 梨花は不満ありげに頬を膨らませていた。


「ごめん。でも、友達としてなら、まあ、いいかな。あの三人とも関わらないんでしょ?」

「そうよ。当たり前よ。今までは友達だと思っていたけど、嘘をつかれていたなんて……そんなことを知ってもう関わるわけないじゃない」

「わかった。俺は梨花の事を友達としてなら受け入れるけど。どうする?」


 和樹は梨花に対し、手を差し伸べて彼女の反応を伺う。


「……わかったわ。あんたの一番ではないかもだけど、そこは我慢して……友達からで」


 梨花は目元を濡らしていた涙を拭うような仕草を見せた後、和樹が差し出した手を掴むのだった。


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