第31話 夏休み前の大勝負!
上級生の浩也先輩の一件から、一週間ほど経過した。
「ねえ、ここの問題ってわかる?」
稲葉玲奈から問われた。
「多分、そこはこういう式で解くんだと思うよ」
和樹は正面にいる彼女の教科書を覗き込みながら返答した。
「そ、そうね。ありがと」
玲奈は机にノートと教科書を広げていた。
今は、岸本和樹の自宅におり、和樹の自室にて折り畳みテーブルを広げ、そこで二人は二期試験に向けての勉強に励んでいたのだ。
和樹はひと段落が着いたことで、近くのコップに入ったオレンジジュースを飲んでいた。
一時間ほど勉強に集中していた為か、甘い飲み物を口に含んだ瞬間、心や体をリラックスできる。
「んー、終わったぁ」
玲奈の方も終わったようで、彼女もテーブルの前で正座したまま背伸びをしていた。
玲奈が少しでも体を動かすだけでも、彼女の胸が揺れている。
今は少し気温的に暑く、彼女は薄着で勉強していたのだ。
和樹は勉強終わりにいいモノを見れた気がしたが、それについては彼女に話す事はしなかった。
「ねえ、どうする? ちょっと休憩する?」
和樹の方から、彼女の様子を伺いながら問いかけた。
「玲奈さんが、休憩したいなら」
「なら、休憩しよっか」
玲奈は肩から力を抜いて、深呼吸をしていた。
その後で、彼女もジュースを飲んでいたのだ。
「美味しいね」
玲奈は笑顔で言った。
「近くのスーパーで購入したモノだけどね」
「そうなの? でも、普通に美味しいと思うわ。和樹君」
「なに?」
「おかわりって大丈夫?」
彼女は照れながら和樹の事を見つめていた。
「いいよ。同じくらいの量でいい?」
「うん。それくらいで」
「ちょっと待ってて。注いでくるから」
和樹は、自分と彼女のコップを持ち、それをトレーの上に置き、その場に立ち上がった。
自室から出ようとした時、丁度、部屋の前を通り過ぎようとしていた妹の咲とバッタリ遭遇したのだ。
「お兄ちゃん、ただいま」
「おかえり、咲。今帰ってきたのか?」
「そうだよ、私の方では明日からテスト本番だからね。普段より少し早めに切り上げてきたの。あれ? 誰か来てるの?」
「そうだよ、玲奈さんがいるよ」
和樹がそう言って振り返った時には、部屋の中にいた玲奈が廊下にいる咲の方を見て、挨拶をしていた。
妹も彼女の反応を見て、挨拶を返していたのだ。
「私も一緒に勉強しようかな」
「咲も? でも、明日からテスト本番なんだろ? 部屋でじっくりと確認しておいた方がよくないか?」
「大丈夫だよ。明日は、私が得意な科目しかないから」
「そ、そうか。ならいいんだけど。咲はどうする? お菓子とか、ジュースいる?」
「うん」
妹は首を縦に動かしていた。
二人はその場で別れる。
和樹は一階のキッチンへ。
咲は、和樹の部屋に入って行くのだった。
和樹が自室に戻った時には、咲と玲奈が一緒に会話していた。
和樹はコップに新しく注ぎ直したオレンジジュースと、クッキーのお菓子をトレーに乗せ、部屋に入る。
「何について話してたんだ?」
和樹の問いかけに――
テーブル前に座っている二人は目を合わせ、それから和樹の方を振り向いて、夏休みの予定についてと言っていたのだ。
「ああ、夏休みの事か。そう言えば、まだハッキリとは決まってなかったな」
和樹はテーブル近くまで行き、手にしていたトレーをテーブル上に置いて、考えながら返答した。
「お兄ちゃんー、そういう事を玲奈さんと一緒に決めてたんなら私にも教えてよ。私も、どこかに行きたかったところだし」
「ごめん、二人の間で全然決まってなかったからさ。咲には何も言えてなかったんだ。決まったら、一応、言うつもりで」
「本当かなぁ、でも、まあ、それより、行くなら海がいいかなぁ。プールは真帆ちゃんと行く予定だったし」
妹はワクワクした顔つきで、和樹に返答してきたのだ。
「海かぁ……」
和樹は呟く。
海もいいのだが、海開きの始まった海岸だと確実に人が多すぎて混雑しそうだ。
悩ましい問題であり、和樹は首を傾げながら考え、一旦その場に座った。
「海はいいよ。私も丁度いいところがあったら行きたいな」
咲につられ、玲奈も海に行きたがっている。
和樹も本当は海に行きたいとは思っているが、やはり、玲奈の水着姿を誰にも見せたくないという思いもある。
そんな自分勝手すぎる葛藤に、今、和樹は頭を悩ませていたのだ。
「でも、難しいなら、どこでもいいけどね。お兄ちゃんが行ける範囲で考えてもいいよ」
妹は、和樹の悩ましい顔つきを見たことで妥協し始めた。
「でもさ、海には行きたいよね」
「そうだよね」
咲は海に行きたいらしく、玲奈も妹に同調するように相槌を打っていたのだ。
和樹はモヤモヤした思いを抱いたまま、二人の前にオレンジジュースの入ったコップを置く。
「わかった。出来る限り、海に行けるように調整してみるよ」
「ほんと?」
和樹は曖昧に言葉を濁しながらも妹に言った。
咲は嬉しそうに、今年の夏休みは楽しみとテンションを上げ始めたのだ。
これはもう、何とかしてでも海に行くしかないと思う。
和樹に新しい課題が追加された瞬間だった――
和樹は、その日からというもの、勉強と真剣に向き合った。
妹との約束もあるが、それも傍らにおいて勉強と約束を交互に頑張ったのだ。
試験の週に突入した今、和樹は真剣な眼差しでかつ、普段とは違う凛々しい顔つきで学校に登校していた。
周囲の人からは一瞬、誰と思われていたらしい。
普段から関わりのある委員長の西園寺智絵理の視点から見ても、全体的に引き締まっていると言われていた。
それほどに、和樹の雰囲気は変わっていたようだ。
やはり、目的を明確に作り、それに向かって常に向上心を持ち、日々を過ごしていれば人というのは変わるらしい。
どこかの学者が言っていた名言みたいなものだが、内面が変われば外見も変わると――
だからこそ、人は見た目によると、世間では言われているのだろう。
食事が変われば体系も変わるし、着る服装が変われば印象も変化する。
志が変われば、他人に与える笑顔も違う。
人生とはそういうものだ。
和樹は凛々しさあふれる顔つきで、試験用に用意された自分の番号が記された席に座る。
この試験で赤点を取れば、夏休みは補習地獄になるのだろう。
前回の体育の実技試験まで普通に好調なのだ。
「では、そろそろ時間だな」
教室の黒板前にいる試験担当の教師が腕時計を見ていた。
和樹を含めたクラスメイトらは、試験担当の教師の開始指示を受け、一斉に裏返った答案用紙を表向きにしたのである。
和樹は研ぎ澄まされた鉛筆を右手に持ち、夏休み前、最後の大勝負に出るのだった。




