第25話 和樹に対する、玲奈の気持ち
「ここだよね、ちゃんと薬をつけないとよくならないよ」
稲葉玲奈から言われ、和樹はリビングのソファに座ったまま、簡易的な治療を受けていた。
リビングと言っても、彼女の家のリビングである。
玲奈は和樹の左隣にいて、赤くなっている腕に薬を塗っていた。
それから絆創膏をつけてくれたのだ。
「そこまで酷い傷ではないから、大げさにやらなくても」
「そうかもしれないけど。傷が酷くなるよりかはマシでしょ」
「まあ……そうだな」
岸本和樹は頷いた。
「あと、包帯も」
「え? そこまで?」
「いいから、ジッとしてて」
「いたッ」
和樹からしたら、治療を受けている時の方が何気に痛かった。
「これで良しッ、もう大丈夫だよ」
「ありがと」
和樹は左腕を動かしてみる。
特に違和感なく、腕が動く。
玲奈は、和樹の日常生活の事を考えて、丁度いい具合に包帯を巻いてくれたらしい。
「一安心だけど。さっきの人も酷いよね。いきなり攻撃してくるなんて」
「……でも、なぜ殴りかかって来たんだろうな」
「それが分かったら苦労しないよ」
「……玲奈さんは、あの人のことを知ってる?」
「全然、知らないわ。そもそも顔なんてわからなかったし」
「だよな」
一体、何が原因だったのかもわからず、あの件については謎のままだった。
「心当たりは全然ないし。もう大丈夫だと思うわ。和樹君が心配しなくても」
「でも、何かあったら困るし、明日からも一緒に帰る?」
「うん、和樹君がそうしたいなら、それでもいいよ」
「じゃあ、そういうことで」
互いに約束を交わした。
玲奈は絆創膏などが入っている箱を整理すると、ソファから立ち上がり、元の場所に戻していたのだ。
「和樹君は何か飲む?」
和樹の近くまで戻って来た玲奈から問われる。
「俺、そろそろ帰ろうかと思ってたんだけど。あまり遅くなるのもよくないし」
「もう少しゆっくりとしていってよ。お菓子は何がいい?」
「じゃあ……クッキーとかは?」
「あるよ。飲み物は?」
「あるモノでいいよ」
「わかったわ、ちょっと待ってて」
彼女は軽快な足取りで、背を向けてリビングを後にして行ったのだ。
「これが動物クッキーで、こっちがジャスミン茶ね」
トレーに乗ってあったモノを、玲奈はソファ前のテーブル前に置く。
「ジャスミン茶? 珍しいね。こういうの普段から飲んでるの?」
「そうだよ。結構美味しいんだよ。さ、飲んでみて」
玲奈から勧められ、和樹はコップを手にし、匂いを嗅いでみる。
特徴的な匂いで、紅茶とは全然違う。
実際に飲んでみると、普通に美味しく、程よい味わいを感じられたのだ。
「普通にいいお茶だね」
「そうでしょ。生活習慣病とかの予防になるんだよ。他には美容だったり、集中力が改善されたりとか」
今、右隣に座り、説明をしている玲奈もジャスミン茶を飲んでいた。
「へえ、それは知らなかったな。そういや、ジャスミン茶って、どこ産なの?」
「確かね、中国かな。ジャスミン茶の発祥地は中国らしいよ」
「へえ、そうなんだ」
和樹はジャスミン茶の匂いを鼻孔で感じながら、ジャスミン茶に関する話を彼女から聞いていたのだ。
和樹は玲奈と会話に華を咲かせながら、クッキーを食べていた。
動物の形をしたクッキーというのも可愛らしくていいものだと思う。
日本のお菓子業界にも動物を模したクッキーのお菓子はある。
けれど、今、目にしている動物クッキーというのは立体的なのだ。
パンダやライオン、チーターが寝そべっている態勢であり、いわゆる寝そべりぬいぐるみみたいなデザインである。
それが皿に丁度乗れるくらいの大きさなのだ。
妹の咲が好きそうな見た目をしており、和樹は尻尾の方から食べながら考えていた。
「このクッキーはどこで購入したの?」
和樹は彼女に聞いてみた。
「それはネット通販で購入したモノなんだけどね。結構高かったんだよ」
「ネット通販か。市販では売っていないの?」
「多分、売ってないと思うよ。そのクッキーは海外のお菓子なの」
「え? そうなの?」
「そうらしいわ。物凄く可愛らしいデザインでしょ?」
「俺もそう思ってたんだ。妹が好きそうなデザインだと思ったから、買ってあげようと思ってさ」
「だったら、その通販サイト教える?」
「いいの? じゃ、教えてもらおうかな」
和樹はスマホを取り出し、彼女と一緒にその通販サイトの名前で検索かけるのだった。
「ありがとね」
「別に大したことはしてないわ。本当に別にいいよ」
「じゃあ、俺帰るよ。もう夕暮れ時だしさ」
リビングの窓から見える景色は薄暗くなっていた。
「ちょっとだけ待ってくれない?」
和樹が立ち上がろうとした時には、玲奈から腕を掴まれていた。
「え? でも……」
「……まだもう少しだけ会話しない?」
彼女からの真面目な顔つきを向けられ、和樹は応じる事にした。
再び、ソファに座る。
「私ね、和樹君にはまだ借りがあると思ってるの」
「え? 借り?」
和樹は首を傾げていた。
「去年のこと覚えてる?」
「去年?」
「そう、去年の文化祭のこと。去年は私たち全然違うクラスだったのに。私と一緒に夜まで飾り付けを手伝ってくれたじゃない」
「ああ……そう言えば、そんなことがあったね」
和樹は去年の文化祭の準備期間中の事を振り返る。
確かに、そんな経験があったはずだ。
あの時は夜で、和樹は文化祭の実行員として、同学年の作業状況を見て回る業務を遂行している時だった。
和樹は文化祭の実行委員になりたくてなったというよりも、最後に残っていた数種類の枠をかけ、クラスメイトとのじゃんけんに負けて、その結果抜擢されただけであった。
「あの時は他のクラスメイトも用事があって私だけになってたの。和樹君がいなかったら、終わっていなかったかもしれないから。その時の事は感謝してるわ。最終的に、和樹君が手伝ってくれたお蔭で、その当時の私たちのクラスの出し物が校内でベスト三位になれたわけで」
「そういや、俺らが高校一年生の時の文化祭で、玲奈さんのクラスがベスト賞を受賞してたね」
「そうなの。でも、全然クラスが違って関わる機会はなかったけど。でもね、今年から和樹君と一緒に同じクラスになって。それで話しかけてみたかったの。まさか、あんな関わり方になるなんて、ちょっと恥ずかしかったけどね」
彼女は頬を紅潮させていたのだ。
「和樹君って、いざという時に助けてくれるよね。今日だって、すぐに私のことを守ってくれたし」
「それは、本能的に行動しただけで。そんなに大したことはしてないよ」
「でも、急にやるといっても意外と難しいんだよ」
玲奈は、和樹の方へグッと距離を縮めてきた。
「自信を持ってもいいんじゃないかな?」
「そ、そうだね……」
玲奈との距離が狭まった事で、彼女の香水の匂いを強く感じられるようになった。
香水の甘い香りに、心が靡きそうになっていたのだ。
和樹は、その上、彼女の胸も右腕で感じており、なおさら興奮が収まらなくなっていたのだ。
今、玲奈の家族は不在である。
二人きりの空間で、彼女から甘い誘惑を受けているのだ。
何をしても問題はなく、やったとしても誰からも見られる心配もないのである。
和樹はこの昨日の事を振り返り、今回こそはと思いながら彼女の方へ視線を向けた。
玲奈も雰囲気に流されるがままに大人しくなっており、瞼を閉じているのだ。
彼女の爆乳も揉み放題ということ。
和樹は心臓の鼓動が高めながら、彼女の方へ近づこうとした時――
ピンポーンッ!
刹那、玄関先からチャイムが鳴る。
急な出来事に、二人は同時に驚き、目を白黒させていた。
「誰かがき、来たのかな⁉」
「はッ、そう言えば! 今日は郵便が届くって、お父さんから言われていたんだった」
玲奈はその場に立ち上がり、リビングの引き出しからハンコを取り出して玄関先まで向かって行ったのである。
和樹はため息をはいていたのだ。
あともう少しだったのにと、少々頭を悩ませるのだった。




