第21話 俺の部屋で、彼女と二人っきり――
「ここが、岸本さんの家なんだね。今日初めてだし、ちょっと緊張するかも」
「普通に過ごしてくれればいいよ。さ、早く家の中に入って」
学校を後に、自宅前に到着した岸本和樹は、自宅へと玲奈を導いてあげる。
和樹が扉のドアノブを触った瞬間――
「お兄ちゃん、お帰り。さっきの曲がり角でお兄ちゃんの姿が見えたから、ちょっと走って来たんだよね」
妹の咲の声が、息を切らしながら近づいてきたのだ。
「咲もお帰り」
「うん。アレ? そちらの人は、今付き合っている人なんだよね。今日は一緒に家に来た感じなの?」
「そうだよ」
和樹は一応、妹にも以前、玲奈の事については説明していたのだ。
「玲奈さん、家に入って」
咲は率先して扉を開けてくれていた。
二人は自宅玄関に入り、そこで靴を脱いで家の中に上がる。
「二人はどうするの? リビングに行く?」
「えっと、どうする稲葉さん?」
「じゃあ……私はどっちでもいいかな。岸本さんが好きな方でいいよ」
稲葉玲奈の問いかけに。
「え? 私」
「ではなく、和樹君の方の岸本さんってことなの」
玲奈は変な勘違いをさせてしまって、その場で言い直していた。
「で、ですよね」
妹は勘違いだったと笑って誤魔化していた。
「じゃあ、部屋に行くかな。色々な本もあるし。咲はどうするんだ?」
「私は今から真帆ちゃんの家に行く予定だったの」
「今から? 時間的に大丈夫か?」
「大丈夫だよ。自転車で移動すれば十五分くらいで到着すると思うから」
「まあ、そうか。それならいいけど。あまり遅くならないようにな」
「うん。それはわかってるよ。私、部屋に荷物を置いたら行ってくるね」
「OK」
和樹は気さくな感じに妹へと返答する。
咲は近くの階段を駆け上り、その場から立ち去って行くのだった。
「今から案内するね。俺の部屋は、二階なんだ」
和樹は彼女と共に自宅の階段を上って行き、数秒ほどで自室の扉前へと到着する。
和樹が率先して、扉を開けてあげたのだ。
「ここが和樹君の部屋なんだね」
和樹の部屋は至って普通であり、ベッドと本棚と、勉強机といった感じである。
玲奈は部屋の中に足を踏み込むと、周囲を見渡していた。
その後で体をクルッと半回転させ、和樹の方へと視線を向けてきたのだ。
「あの、今まで岸本さんの事を苗字呼びしてたけど。考えてみると妹さんと被ってしまうし、これからはお互いに下の名前で呼び合わない?」
「そうだね、その方がいいかもね。じゃあ、稲葉さんの事は玲奈さんでいいの?」
「いいよ。むしろ、その方が自然かもね。私たち付き合ってる関係だものね」
玲奈は真剣に向き合って話していると照れ臭くなってきたようで、頬を軽く赤く染めていた。
和樹も部屋の中に入り、扉を閉める。
「じゃあ、あの作品についてだよね」
和樹から話を切り出す。
「うん。早く続きを見たいなって」
「だったら、ちょっと待って。その雑誌を持ってくるから」
「ねえ、和樹君」
「なに?」
「自分のバッグはどこに置けばいいかな?」
「じゃあ、えっとね、どこでもいいよ」
「わかったわ。床に置くね」
彼女は部屋の床にしゃがみ、バッグも床に置いていた。
「あ、あった、これだ。これが電子書籍には掲載されていない話数が載ってる雑誌だから」
和樹は本棚からB5サイズの雑誌を手にすると、彼女の元へと近づいていく。
その漫画が掲載されているページを開いて、玲奈に渡してあげたのだ。
「ありがと。そうだね、ここからだね。へえ、次はこういう展開になるのね」
玲奈は感心するように頷いて、正座して座ったまま雑誌の漫画を読んでいた。
「その次の雑誌はこれね。後三冊あるから」
「ありがと」
「いいよ。一緒の趣味が出来て個人的にも嬉しいし」
和樹は玲奈が漫画を読んでいる横顔を見ていたのだ。
「和樹君も一緒に読む?」
「俺はいいよ。内容を知ってるし。そうだ、飲み物でも持ってくるね。何がいい?」
「私はなんでもいいわ。お茶でも」
「わかった。後、お菓子はいる?」
「そこまで気を遣わなくてもいいよ。それにお菓子を触ったら漫画が汚れちゃうかもしれないし。今回は遠慮していくわ」
「じゃあ、飲み物だけ持ってくるから。ゆっくりしてて」
和樹は部屋から一人で出る。
すると、丁度、別の部屋から出てきた咲とバッタリと出くわしたのだ。
「お兄ちゃん、私、行ってくるね」
咲が笑顔で言った。
「気を付けてな」
「うん、わかってるよ。六時ちょっと過ぎくらいには戻ってくると思うから」
妹はプライベート用のリュックを背負うと、すぐに駆け足で階段を下って行き、玄関のところで座りながら靴を履いた後、大きな声で行ってきますと、また言っていたのだ。
和樹が一階に到着した頃には、玄関の扉が閉まる音だけが聞こえていた。
和樹はキッチンへ向かい、そこにある冷蔵庫の中身を確認する。
お茶と、ミルクティのペットボトルがあった。
それぞれ一ℓの量が入ったモノである。
「あった……んー、お茶でもいいって言っていたけど。一応ミルクティの方も持っていくか」
和樹は冷蔵庫から取り出した、その二種類のペットボトルと、キッチンの棚にあるガラスコップ二人分を、トレーの上に置いた。
そのトレーを両手で持ち、落とさないように来た道を戻って行く。
二階の自室前に到着した和樹は、和樹は片手でトレーを持ち、頑張って扉を開けて部屋の中に入ったのだった。
「……」
玲奈は真剣な目つきと表情で、口を閉じたまま雑誌と向き合っていた。
「玲奈さん」
「は、はいッ、何でしょうか!」
「持ってきたよ」
「あ、ありがと。私、ずっと集中してて」
「そうなんだ。それほど興味があるってことだよね」
「そうだよ。最新話のところまで一気読みしちゃった」
「は、早いね、読むの」
和樹はトレーを勉強机の上に置きながら驚いていた。
「私、文章を読んだりするのは早いし。小説も一冊三〇分くらいで読めちゃうし」
「そんなに? 凄いね」
「前にも言ったと思うけど、私の家には沢山の小説とかがあるって」
「そうだったね」
「昔から色々作品に触れる習慣があったから、読んだり理解したりするのが結構早いんだよね」
玲奈は少し照れ臭そうに話していた。
「俺は結構時間がかかっちゃうんだよね。漫画を読むにしても、小説に関してもさ。やっぱ、じっくりと見たいからね」
「私も、たまにはじっくりと読むときはあるわ。でも、最初はすぐに読んで理解して、後で二、三回ほど読み直すから。結果的には時間かかってるかもね」
それでも和樹は、彼女の凄さにただただ驚くだけだった。
「そうだ、他にも漫画とかあるけど読む?」
「あるの?」
「うん、あるよ。ちょっと待ってて。ここに――」
和樹が本棚の前に立ち、本を選んでいると、たまたま、とある一冊の漫画が床に落ちる。
「これって?」
玲奈はその場に立ち上がり、裏側状態で床に落ちた、その漫画を拾い上げる。
それから表紙を見ていた。
「……玲奈さん⁉」
和樹はあまり見られたくない本を彼女に見られてしまい、心臓が止まりそうになっていた。
「これって、エッチな体つきをした、下着姿の女の子の表紙だけど。こういうのも見るんだね」
玲奈は意味深な表情を見せ、和樹の事をジト目で見やっていたのだ。
それから彼女は和樹の近くまで歩み寄ってくるのであった。