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第12話 今日の夜は楽しみだね、お兄ちゃん!

 放課後。フライドチキン屋の店内にいる五人。

 今のところ会計をしている人らが数人ほどおり、少々待たないといけないらしい。五人は商品が掲載されたチラシを持ち、店内の待合スペース付近に集まって見ていたのだ。


「私は、これがいいかな。皆は何がいいと思う?」


 なぜか、妹の岸本咲(きしもと/さき)がこの場を仕切っていた。

 自宅にいる時は、ちょっとだらしないところも見え隠れしているのだが、今はこの場の中心人物になっていたのだ。


「それって、普通のチキンかよ。センスがないな、咲はさ」

「えー、そんなことないと思うけどなぁ」


 村瀬真帆(むらせ/まほ)の弟である陸翔(りくと)から、ちょっとばかし馬鹿にされていた。

 その上、咲の事をジト目で見ていたのだ。


「こういう時はさ、ハンバーガーを中心としたセット商品を注文するんだよ。それに今の時期はセット商品のみ半額セールしてるんだぜ」


 小学生なのに、少し生意気な発言をしていた。


「だよね、姉ちゃん。購入する時は安いタイミングを狙うって」

「そういう事は他人の前では言わないの。貧乏みたいじゃない。私らの家はそこまで貧乏じゃないからね」


 真帆は余計な発言をする弟に対し、恥ずかしさを感じているのか肩を落として呆れていた。


「確かに、ハンバーガーのセット商品の方が総合的に考えてみれば安いね」


 陸翔の発言に、咲は頷くように納得している顔つきになっていた。


「でも、咲って、ハンバーガーの気分じゃなかったのでは?」


 妹の隣に立ち、チラシを覗き込んでいた岸本和樹(きしもと/かずき)は横やりを入れた。


「そうだけど。陸翔がそれがいいのなら、それでもいいかなって」


 なぜか、妹は自身の主張を変えようとしていた。


「咲ちゃんは、咲ちゃんが好きなのを選んでもいいからね」

「そうなんだけど。今日はハンバーガーセットでもいいかなって」


 咲は難しい顔つきで言う。


「俺の言った通りだろ。それに俺の主張が正しいんだって」


 陸翔は指先で頭を触り、自慢げに話していた。


「いいから、陸翔は静かにしてて」

「はい、はい」


 陸翔は面倒くさそうに、姉である真帆に返事を返していたのだ。


「それで、本当にハンバーガーセットでもいいの、咲ちゃん」

「まあ、うん。セットで購入してもチキンは追加でついてくるみたいだから。それに、ジュースも。それでもいいかなって」


 妹は唸り声を出しながらも、決心がついた感じの頷きを見せていたのだ。


「そうね。チラシを見る限りだと、セット商品の方がよさそうよね。チキン単品だと一個二五〇円で。セット商品は基本千円だけど、セールで五〇〇円。セット商品の方がボリュームもあるし、お得って感じね」


 真帆もチラシを覗き込んで、納得するように首を縦に動かしていた。


「咲がどうしてもチキンをたくさん食べたいなら、俺が個別で購入しておくけど」

「いいよ。今日は皆に合わせる」

「そっか。じゃあ、そういうことで決まりってことで」


 和樹は最終的に皆の方を向いて、最終確認を行っていたのだ。

 陸翔の隣にいる小春(こはる)は、周りの反応を見て頷いているだけだった。


「では、会計はどうする? 各家庭で行う?」


 真帆は確認を込めて咲へ問いかけていた。


「うーん、一回で支払いをするわ」

「それでいいの? 咲ちゃんはそんなにお金を持ってるの?」

「うん。そこはお兄ちゃんが全額払ってくれるから。ね、お兄ちゃん!」

「え⁉ 俺が?」


 いきなり、とんでも発言をする咲の事を、和樹は二度見、いや、三度見ほどしてしまうのだった。


 店内に入ってから、対応の仕方が大人っぽくなっていると思っていたのだが、金銭的にはまだ普通の中学生らしい。

 ホッとしたような、がっかりしたような複雑な気分だった。


「まあ、分かったよ。ここは俺が一括で支払うよ」


 和樹は皆を背に会計カウンターへと向かって歩き出す。


 和樹は制服のポケットから取り出した財布の中身を確認する。

 九千円ほどあり、金銭的には困っているわけではないのだが、玲奈と明日一緒に遊ぶ事になったらちょっと困りそうな気がする。

 そんな感じだった。


 和樹は難しい顔をして、明日の事を考え込んでいたのだ。


 まあ、セット商品五人分で二五〇〇円か。

 大分財布には残るし、多分……大丈夫だよな。


 そんな事を考え、和樹は一人で会計カウンターへと向かう。そこで女性スタッフの店員とやり取りをした後、その二五〇〇円を支払ったのである。




「どうだった、お兄ちゃん」

「問題ないって。セット商品は時間がかかるから、十五分ほどかかるってさ」

「そうなんだ。でも、ありがとね。払ってくれて」

「いいよ。問題ないからさ」


 和樹は皆の前で見栄を張ったのである。


「やるじゃん、お兄ちゃん」


 妹の咲は指先でグッとサインを見せていた。


「いや、咲が会計を押し付けるからで」

「まあ、今日は金曜日なんだし、そんなに怒らないで」


 妹は急に和樹の手を触って上目遣いで見つめてきたのだ。


「別に、いいんだけどさ」


 さすがに上目遣いには勝てなかった。


「今日は楽しみだね。久しぶりにチキンを食べるし」


 最後にチキンを食べたのが、確か二か月前だった気がする。

 考えてみれば久しぶりであった。


 妹の楽し気な顔を見れて、別に怒るとかそんな感じではない。

 むしろ、妹が喜んでくれればそれでいいと、和樹は心の中で思っていた。


「そうだ、真帆ちゃんたちって今日は時間ある?」

「あるけど――」

「あるに決まってんじゃん」


 咲の問いかけに応じていた真帆の言葉を遮るように、陸翔が話す。


「いいから、陸翔は黙ってて。私たちは時間あるから。そこまで遅くならないなら大丈夫だと思うから」

「真帆ちゃんの方は大丈夫ってことね」


 咲は嬉しそうに真帆と会話していた。


「お兄ちゃんもいいでしょ。三人を家に呼んでも」

「いいよ。問題ないし」

「じゃ、そういう事で決まり。金曜日の今日はめいっぱい楽しまないとね」


 週の学校終わりという事も相まって、妹のテンションは爆発的に高まっているようだった。


「お客様ー、138番の札をお持ちのお客様、セット商品の準備が出来ましたのでカウンターまでお越しください」


 店内のアナウンスが流れ、和樹は率先して袋に入った商品を取りに行くのだった。


 その後、五人は店内を後に和樹の自宅がある方角へと向かって帰路に付く。


 今夜は少し長くなりそうだと思いながら、和樹が今手にしているセット商品から漂うチキンの香ばしい匂いを堪能していたのだった。


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