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第11話 お兄ちゃん、今日の夕食は何にする?

「ごめんね。今日は友達とどうしても帰らないといけなくて」

「いいよ。稲葉さんにも友人関係があると思うし、俺は一人でも大丈夫だから」

「ごめんね。後の事は、夜にでもメールするからね」


 授業終わりの放課後。

 階段近くの廊下で、通学用のバッグを肩にかけている稲葉玲奈(いなば/れな)とバッタリと遭遇したのだ。

 彼女は申し訳なさそうな顔をし、両手でごめんといった感じに断りを入れていた。


 会話していると、玲奈の事を呼ぶ、彼女の友達の声が聞こえてくるのだ。


「私、行かないと。またあとでね」

「うん。またあとで」


 廊下を駆け足で移動し、友達と合流する玲奈。

 彼女は数人の友達と今流行りの話題で盛り上がり、笑顔で廊下を歩いていた。


 岸本和樹(きしもと/かずき)は彼女らの後ろ姿を見ながら廊下を歩いて、帰る準備を整えるために教室に入ったのだ。


 和樹は自身の席に立ったまま、通学用のリュックを机上に置き、帰宅するための仕度を整えていた。


 それにしても、体育館倉庫の鍵を閉めた人って誰だったんだろ。


 今のところ正体は不明だが、委員長の智絵理はそんなに深く考えない方がいいと言っていた。

 本当に、ただの確認不足で戸締りしてしまったケースもあるからだ。




 じゃ、帰りますか。


 和樹はリュックを背負い、教室を後にする。


 玲奈と関わる前は普通に一人で帰宅する事も普通だった。

 いつもの状況に戻っただけに過ぎないだろう。


 和樹は校舎の昇降口で外履きに履き替えて、学校を後にする。


 一人で通学路を歩き、特に立ち寄る場所もない事から、そのまま自宅に直行する予定だった。

 が、その途中で考えが変わったのだ。


「お兄ちゃん、今から帰り?」


 通学の通りにある十字路の交差点に差し掛かったところで、反対側の方に妹の咲がいる事に気づいた。

 咲は、大声で話しかけてきたのだ。

 その信号が青に変わった瞬間、妹はいつも通りに笑顔で手を振りながら横断歩道を駆け足で移動し、近づいてきた。


「お兄ちゃん、今日はどうだった? 楽しかった?」

「まあ、まあかな」


 丁度遭遇した事で、妹と共に横に並んで通学路を歩く和樹。


「普通って感じ?」

「そんなところ」

「高校って大変なの?」

「そうだな、中学より大変だな。なんたって期末テストもあるし、三〇点以下の点数を取ったら落第したりとか」

「ひえー、そんなことが、お兄ちゃんは大丈夫なの?」


 妹は恐れおののく顔を見せていた。


「俺はそれに関しては大丈夫だな。高校生活で、最低でも三九点しかとったことないからな」


 自慢できる事ではないものの、今のところ赤点地獄に苦しんだ事はなく、ごく普通の高校生活を送らせてもらっていた。


「お兄ちゃんって、この後、どこかに立ち寄って行く?」


 自宅に繋がっている道を歩いていると、咲から問われる。


「いや、特に何も決めていなかったけど」

「じゃ、どこかに寄って行く?」


 隣を歩いていた妹が、和樹の前までやって来て誘ってくるのだ。


「例えば、どこに?」

「んー、そうだ! 今日は金曜日だし、美味しいモノを食べたいなって。そういうモノがあるお店とかかな」

「美味しいモノか。じゃあ、チキンとか?」

「そう、そんな感じの」


 妹はチキンという言葉にパアァと顔つきを明るくしていた。


「じゃあ、どうする? 店屋に入って食べて帰るか?」

「それもいいんだけど。お持ち帰りして家で食べたい気分なの」

「じゃあ、お持ち帰り可能な店屋を探すか」


 和樹は妹と共に街中へと進む方角を変えたのだった。




「色々なお店があるね」


 街中から少し離れたところにある道を、二人は歩いていた。

 妹の目には、どのお店も魅力的に見えているようで、どこに入ろうか迷っているようだった。


「ここは飲食店通りだからな。なんでもあるし、ここ周辺だと、お持ち帰りが出来るお店があると思うから。そうだ、あのお店は?」


 和樹はお店の看板を指さしながら言う。


「ハンバーガー。それもいいんだけど、そういう気分じゃないんだよね。ハンバーガー店にもチキンは売ってるけど」


 妹は難しそうに葛藤した顔を見せ、悩んでいるようだった。


「どれにしようかな……チキンで有名なお店って何かあるかな?」

「そうだな。例えば、フライドチキン屋が有名だと思うけど」

「だよね、フライドチキン屋だよね。んー、チキンなら、チキンを専門に扱っているお店が一番いいよね! 私決めたよ、フライドチキン屋にする」

「だったら、この道をまっすぐ進んだ先にあったはず」


 二人で道なりに沿って進んでいると、フライドチキン屋の前にある白髭おじさんと一緒に写真を撮っている子らがいたのだ。


「あれ? 真帆ちゃん、奇遇だね。こんなところに」

「咲ちゃんも」


 スマホを持って撮影していた真帆も二人の存在に気づいたようで、彼女は振り向いてくれたのだ。


「なんか、偶然だね。でも、真帆ちゃんは用事があるって」


 咲は村瀬真帆のところまで近づいていく。


「そうなんだよね。二人がどうしても今日はフライドチキンがいいって駄々をこねるから」


 フライドチキン店の前にあるベンチに座っている白髭おじさん。

 その隣には小さい二人の子がいたのだ。


 小さいと言っても、小学の中学年くらいの男の子と女の子である。


「咲じゃん、久しぶり」

「こんにちは」


 男の子の方は元気があり、咲の事も呼び捨てにしていた。

 女の子の方は人見知りなところがあるらしく、ただ挨拶をしただけであった。


「陸翔、呼び捨てやめた方がいいよ。いつも言ってるじゃん」

「えー、いいじゃんか」

「よくないの」


 真帆はお姉ちゃんらしく、弟である陸翔を叱っていたのだ。


「わかったよ」


 陸翔は怠そうにしながらも、再び咲に頭を下げていた。


「いいよ。いつも通りでも」


 咲は遠慮がちに大丈夫と言っていた。

 やり取りを見ている和樹からすれば、咲はただの妹だが、咲よりもさらに年下の子がいると、不思議と大人びて見える。


「えっと、そちらの人は?」


 女の子が、和樹の事を見ていた。


「小春。この人は、咲ちゃんの兄の和樹さんね」


 真帆が紹介してくれていた。


「どうも」


 和樹はさりげなく、小春という子に挨拶する。

 彼女からは丁寧に頭を下げられるだけだった。


「ここでバッタリと出会ったんだし、一緒に買お」


 最終的には、この場を妹の咲が仕切り始めていたのだった。


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