第10話 体育館倉庫に閉じ込められてしまったんだけど…
体育館内に響き渡るチャイム音が、午前の授業の終わりを告げた。
今から昼休み時間であり、一番心が安らぐひと時なのである。
岸本和樹は早く後片付けをして、購買部に向かおうと思った。
「他の人も午後の授業中に体育館を使うと思いますので、後片付けはちゃんとやるようにお願いしますね」
西園寺智絵理は委員長らしく、周囲を見渡しながらクラスメイトらに伝えていた。
皆、レクリエーションで使ったバトミントンラケットやシャトルコックを体育館倉庫に戻していた。
「ねえ、岸本さんは、この後どうする?」
「俺はいつも通りに購買部に行くつもりだけど。体育館から購買部まで一番近いから、今日は限定のショコラメロンパンを食べたいと思ってて。早く行かないと手に入らないんだよね」
「購買部か。私も今日は購買部に行こうかな」
稲葉玲奈は和樹と体育館内を一緒に移動している際、頬に指先を当てながら考え込んでいたのだ。
「玲奈! 今日はどうする。私たちと一緒に食べる?」
友達のクラスメイトから誘われていたが、今日は用事があるからと言って断っていた。
「早く食堂に行こうぜ」
「ああ、ちょっと待てって」
「今日は一緒に食べようよ」
「いいね!」
体育館倉庫から出てきた男女の陽キャグループが、昼休みの事について話しながら体育館を後にしていく。
和樹は玲奈と共に、陽キャグループと入れ替わる形で体育館倉庫に入り、ラケットなどをしまう。
回りが少し散らかっているところもあり、和樹が後片付けをしていると玲奈も手伝ってくれたのだ。
二人が体育館倉庫にいる時、近くから音がした。
「なに?」
「なんだろ」
玲奈が反応し、それに続くように和樹も音がする方へ視線を向かわせた。
「……岸本さん、倉庫の扉ってしまっていたっけ?」
「いや、空いていたはずだけど」
「そうだよね。空いてたよね。もしかして間違って閉めたのかな」
「そうかも。俺らがいる場所は出入口のところから少し見づらかったのかも」
「んー、でも、どうして閉めるかなぁ、私たちいるのにー」
玲奈が不満そうに言葉を零しながら扉の方まで向かう。
「もうー」
彼女は扉の取っ手部分を掴んで横へスライドさせようとする。
「ん? あ、あれ?」
彼女は戸惑い始めていたのだ。
「どうしたの稲葉さん」
「なんか、開かないんだけど。どういうこと?」
「え? 開かない? 俺に任せて」
和樹が率先して扉をスライドさせようとするが、ビクともしない。
「んッ、んッ! えー……なんで開かないんだ?」
和樹は何度も試してみるが、現状が変わる事はなかった。
扉が重いとか、そういうレベルの話ではない。
本当に鍵が閉められているとしか思えないほど頑丈さなのだ。
「も、もしかして、外から閉められたとか?」
玲奈は顔色を真っ青にしながら絶望的なことを言う。
「そうかも。でも、どうして?」
「わからないわ」
玲奈は頭を抱え、しゃがみ込んでしまう。
彼女は不満げな顔を見せた後。
気を切り替えて、パッとその場に立ち上がる。
「すいません、誰かいませんかー、私たち閉じ込められてるんです! 誰か近くにいませんかーッ すいませーん‼」
玲奈は全力で大声を出し、必死に訴えかけていた。
がしかし、その努力も空しく、丁度昼休み時間という事情も相まって、誰からの返答もなかったのであった。
もしや、亜優がこんな事をしたのか……いや、でも、亜優は意外と早くに体育館を出て行ったと思うし……普通に鍵を閉めた人の確認不足なのか?
「もう、どうすればいいの……」
玲奈は体育館倉庫の閉ざされた扉に背をつけ、大きくため息をはいていた。
「んー、そうだ、スマホで誰かに連絡するとかは?」
和樹はハッと閃いたように提案する。
「そ、そうね。その手があったわね……あ、そうだった。スマホは運動中に床に落とすかもしれないと思って、教室に置いてきたんだった」
「そうなの?」
「じゃあ、岸本さんは持ってない?」
「俺も、稲葉さんと同じ考えで教室にあるんだよね」
「えー、それじゃあ、無理じゃない」
体育館倉庫には他の抜け道もないのだ。
「もう駄目かぁ……」
和樹も絶望的な顔つきで頭を抱え、しゃがみ込んでしまう。
今、彼女とは体育館倉庫で二人きり。
漫画とかでよくある展開ではあるが、自分らがその立場になるとは思いもしなかったのだ。
「もう、どうするのよ。もしかして、次の授業が始まるまで、ずっとここにいるってこと?」
「そうかも」
「……今日は岸本さんと一緒に購買部でパンを買う予定だったのに。結構時間が経っているし、もう売り切れてるでしょ。ショコラメロンパン」
「そうかもね。最初の五分で売り切れるから、もう難しいと思う」
「だよね」
二人は貴重な昼休み時間が擦り減っていると思うと、なおさら落ち込み始めていたのだった。
「殆ど外から音が聞こえないし、誰も体育館内にいないんだよね」
「そうだろうね」
「なんか、全然音が聞こえないから。本当に出られるのか不安なんだけど。岸本さんは、大丈夫?」
「うん、俺は大丈夫だけど」
「ねえ、岸本さん……そっちの方に行ってもいい?」
「いいけど」
和樹がしゃがんでいるところまで彼女がやってくる。
「あ、でも、汗臭いかな。嫌だよね」
「そ、そんなことはないよ。普通に問題はないと思うけど」
今、隣には玲奈がいるが、汗の匂いなんて全然気にならなかった。
むしろ、爽やかな感じの匂いが、和樹の鼻には伝わってきていたのだ。
「ねえ、なら、もう少し近づいてもいいかな?」
和樹と同様にしゃがみ込んでいる玲奈は、上目遣いで問いかけてくる。
「いいけど。どうしたの急に?」
元から玲奈は可愛らしく、その上、絶望的な密室環境下で女の子らしい顔を見せられてしまったら、心臓の鼓動が加速していくのが和樹自身でも分かる。
しかも、爆乳な彼女と二人きりとなると、色々とエッチな妄想が膨らんできそうで、自分でも怖かった。
「殆ど音がないから、ちょっとだけ寂しくなって」
玲奈は不安そうな顔をしているのだ。
和樹は頬を真っ赤にしたまま彼女の左手を触る。
彼女の不安を取り除くために、今の自分が出来る事をやろうと思ったのだ。
「ありがと、岸本さん」
「いいよ。俺だって不安だし。お互い様さ。それに体育館に来る人もいるかもしれないし。もう少しだけ待とうよ。その時に大声を出せば、気づいてくれる人もいるかもしれないしさ」
「うん、そうだね。岸本さんも困ってるのに、私のことを心配してくれて、ありがと」
「いいよ」
二人で体育館相の床に座りながら手を繋いでいると、遠くの方から足音が微かに聞こえた。
次の瞬間、倉庫の扉がガタガタと動き出し、鍵の施錠が解除される音が響いたのだ。
「だ、大丈夫だった?」
頑張って扉を開け、その場に現れたのは委員長の智絵理だった。
「他の人が、玲奈が戻ってこないって心配してて。もしかしてと思って来てみたんだけど。ここにいたのね」
「た、助かったよ。ありがとね委員長」
「いいよ。でも、良かったわ。見つかって」
玲奈は和樹から手を離し、智絵理のところへ立ち上がって向かって行く。
「岸本君も早く出て」
「わかったよ、ありがとう委員長」
和樹もお礼を言う。
「でも、誰が勝手に体育館倉庫を閉めたのかしらね」
委員長は首を傾げつつも、体育館倉庫を見渡していたのだった。




