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9.

 「なんとも忌ま忌ましい奴だ。許せない。

 ロウロ、丁寧な説明をありがとう。

 ルダは、一軍を率いて、アルヴォスの討伐の指揮を頼む。魔物がこれ以上、巨大になると大変だ。早々に片をつけろ。

 セド、お前は、レミーとかいうバーバラの孫は、救い出せると思うか?」


 「……………」

 

 命令ではなく、質問を投げかけられたセドは、不意を打たれたことで、一瞬、頭の中が真っ白になる。

 複雑な表情をしながら、俯いていて、自分の考えを整理し始めた。


 セドの考える策では、絶対にレミーは救えない。


 あのまま瘴気ごと消滅するのが、最善策であり、被害を最小限に抑えるには、選択肢は残されていないのも、よく分かる。


 けれど、どうしても、自分が導き出した答えに、うんとは頷けない。


 魔界に移動中、バーバラからレミーの過去を知らされたセドは、彼女の悲惨な境遇に同情していた。


 他人に同情して、湧き上がる感情の赴くままに、救いたいと思うセドは、魔王としては失格である。


 セドは、幼い頃から何にも変わっていなかった。心根の優しい男のままであった。



 レミーとの出会い、そして、今まさに起きている重大な出来事が、セドの心を大きく変える。



 喜怒哀楽の感情表現が激しく、鬱陶しいくらいお節介な性格のレミーを、セドは嫌いだった。

 でも、お節介なわりには、意外と執念深くはなく、恩着せがましいわけでもないから、そこまで嫌悪感を感じてはいなかった。


 子供が大好きで、無邪気に笑う顔は可愛かった。一生懸命に、汗を流して働く姿は、今まで見てきた女性とは、全く違い、素敵で美しいと感じていた。


 セドは、ここ数日の間に、自然とレミーに心から惹かれていた。



 今まさに、気づいてしまったセドは、特別な感情を抱き始める。



 アルヴォスに、娘のレミーを連れて来なければ、魔王の後継者とは認めないと宣言されてから、セドは、ヴァルドを引き連れて、レミーを探す旅に出ていた。


 漸く見つけた彼女は、父親であるアルヴォスや母親のマリとは違い、予想外に心が優しい女性であった。

 不思議と親近感が湧くセドは、レミーに言われるがまま、毎日、八百屋に通い、お手製のお菓子を食べ続けていた。

 本当は野菜は嫌いではなかった。レミーとの距離を縮めて、魔界に連れて来る為の口実であり、嘘を吐いていた。騙していたのに、彼女は自ら魔界に来て、これまた自らアルヴォスに会いに行った。


 結果、凶暴な魔物と化して、アルヴォスの陰謀計画の道具となってしまう。

 


 「私は、全部消滅させた方が、被害や犠牲者が抑えられると考えている。」


 「…………」


 「セド!父上がお前に訊いているんだぞ!何か一つでも考えを言ったらどうなんだ!これだから、お前は出来損ないと言われるんだぞ!」


 差し迫る時間の中、ルダは焦る気持ちを抑えられない。


 先程まで晴れていた空は、段々に曇空へと変わり、闇に包まれていく。近づく雷鳴の音に、巨大な魔物が、もうそこまで迫って来ているのが、よく分かる。


 

 静かにセドを見守るルゼブラは、セドの決断力を、じっくりと見極めていた。


 戦いが終われば、必然的にセドは、東の魔王に就任する。


 魔王の素質云々よりも、魔界の王としての支配力が、これから何百年もの間、東の魔界を統治していく為には、必要不可欠である。


 ルゼブラは、セドを東の魔王に差し出してから、密かに魔法石を使い、セドの動向を注視していた。

 成長と共に、ルダより魔力量が増えて、器用に使いこなしていたのには、驚かされたが、それ以前に頭を悩ませる大きな問題があった。


 心が軟弱で、感情に左右されやすいセドは、決断力に欠けていた。

 

 今まで、セドには何一つも関わらなかったルゼブラは、ルダにばかり手をかけて、セドを蔑ろにしていた。


 降って湧いたような、次期東の魔王就任命令は、ルゼブラにとって、初めてセドと正面から向き合う機会となっていた。


 今更ながらに、とても後悔していた。


 突如、東の魔界で起きた問題に、これからどう立ち向かい、解決策を見出すのか、セドの指揮能力にも期待していた。

 だが、セドの煮え切らない態度に、もう我慢の限界となり、苛々し始めていた。

 ルゼブラは、拳を握りしめて、グッと堪えていた。


 

 その間にも、巨大な魔物は、西へ西へと、轟音を立てながら、ゆっくりと動いている。



 「父上、セドの意見を待っていても、埒が開きませんよ。もう敵はすぐそこまで来ています。私は第一軍と共に、アルヴォス討伐に向かいます。」


 「ああ。よろしく頼んだ。市街地の方で、ウースラが瘴気の侵入を堰き止めているはずだ。援護も頼んだぞ。」


 「はっ。」


 ルダは、精鋭軍を率いて、暗闇の彼方へと消えていった。



 ルダを見送るセドは、意を決して、父ルゼブラに自分の想いを告げる。


 セドは、ルダの前では、どうしても言えなかった。


 見かけでは、至って普通の兄弟に見えていても、内面では、明らかに二人の確執が存在していた。セドが次期東の魔王候補に選ばれてからは、さらに深まる一方であり、セドはルダと一線を引いていた。


 「父上、私は、レミーを救いたいです。本当は、父上の策が最善であるのは、十分わかっています。ですが、彼女は、何の非もないのに、こんな無残な最後は、どう考えても可哀想です。間違った選択かもしれませんが、私が全ての責任を負う覚悟は出来ています。お願いします。どうか、レミーを消滅させないで下さい。」


 真っ直ぐな瞳で、ルゼブラと視線を合わせるセドは、レミーが自分と出会った事がきっかけとなり、魔物と化してしまったと悔やんでいた。

 アルヴォスだけではなく、自分にも非があると強く感じるセドは、嘘を吐いて騙していた事実を伝えられないまま、自分だけのうのうと生きるのは、間違っていると思い、漸く決心がつく。



 「ふっははは。少しは、成長したようだな、セド。だが、決断が遅いぞ。今のお前では、大切な人を守れないな。

 よし、分かった。では行くぞ。セド、二軍の皆に、掛け声を頼んだぞ。」


 「え? えーー! 私がですか?………ああ、はい。わかりました。」


 「セド、良いか。声を張らんと、誰もお前の命令には従わないからな。二軍は厄介な魔族ばかりだからな。はははは。」


 「は、はい!わかりました!」と深く息を吸い込むセドは、力を込めて、大声を出した。



 「皆の者!遅くなってすまない!これから我々は、巨大な魔物討伐に向かう!だが、邪悪な瘴気の中心部には、一人の女性が飲み込まれている!女性を殺さずに、瘴気だけを攻撃する!女性は、私の大切な人なんだ!皆の力を借りて、救い出したい!私も全力で戦う!皆も全力で戦ってくれ!」



 セドの掛け声に、彼方此方からクスクスと笑いを堪える声が聞こえてきた。




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