6.
黒い瘴気の発生源は、レミーの心に植え付けられた傷である。
両親に捨てられた日から、バーバラやロウロが魔力で抑制していたが、魔界に来たことで、魔力が解放されたと同時に、両親との出会いが大きな引き金となり、塞がっていた傷が開いてしまったのだ。
レミーの深い闇の魔力が一気に放出してしまう。
レミーは、魔力を発動したことは、今まで一度もない。自分の正体すらも知らないレミーは、魔力が使えることなんて知る由もない。
初めて魔力を発動したレミーは、自ずと魔力の制御が出来るはずがなかった。
制御不能な魔力は、感情の赴くままに、暴走を始める。
「このままでは、あの子は瘴気に飲み込まれてしまう‼︎ レミー!レミー!!レミー!!!」
名前を叫び続けるバーバラの視界には、大きな黒い瘴気の塊が見えた。
もう、レミーの姿かたちは全く見えない。
名前を連呼しても、返事は一向に返ってこなかった。
バーバラは、防御陣を張り、レミーに近寄る。
魔力が強く、瘴気から放たれる雷により、防御陣は簡単に壊されて、弾かれてしまう。
めげずに何度も何度も繰り返すバーバラは、必死にレミーに声を届け続けた。
「レミー………レミー!お婆ちゃんよ、ねぇ、レミー、ルルカスのみんなが待ってるから、お店に帰ろう。ね、だからレミー、お願い、戻っておいで。お婆ちゃん、レミーが作ったかぼちゃのプディングが食べたいな。また一緒にホンロンさんのビーフシチュー食べようね。
………レ、レ、レミーィーーー‼︎‼︎」
強い雷の電流により、遠くに弾き飛ばされるバーバラを、咄嗟に援護するヴァルドは「バーバラ様!無理してはいけません。凄まじい魔力ですから、離れて下さい。」と血の気がない顔で、動かない体に鞭打って、助ける。
ヴァルドは、レミーの魔力が込められた雷に打たれていた。
その間にも、ぐんぐんと巨大化していく黒い瘴気は、東の空を一面に覆う雲と繋がる。
一方で、アルヴォスとマリは、レミーから放出された瘴気の渦が紐状となり、体に纏わりついて離れない。二人は、身動きが取れず、もがき苦しんでいた。
アルヴォスの攻撃に、びくともしない瘴気は、レミーを覆う瘴気と繋がっていて、攻撃の度に魔力は吸い取られ、更には、時より雷の電流が全身に走り、体力と気力を奪っていった。
マリはもう限界だった。
苛立つマリは、レミーに暴言を吐いた。
「レミー!もうやめなさい!あんたみたいな用無しが、こんな事して許されると思ってるの!いい加減にしなさい!あんた、何であの時、追いかけて来たのよ。部屋から一歩も出るなって言ったでしょ!あの時、餓死してれば、こんな事にならなかったのに‼︎」
「くっくっくっ。ふっははは。マリ、君が虐げたお陰で、我が子はこんなにも巨悪な魔力を生み出す事ができたんだな。なんと礼を言ったらいいものか。さすがは我が妃だ!
ふっははは。これでこの世界は、我がものとなるのだ‼︎」
アルヴォスは、耳を疑うような、酷い言葉を放った。
レミーの驚異的な魔力を目の当たりにしたアルヴォスは、なんと魔界征服をしようと企んでいた。
嘲り笑い、我が物顔となるアルヴォスは、更なる魔力の増幅を試みようと、マリのように、レミーを罵り始めた。
狙い通り、更に瘴気は大きく、そして色濃く変化する。
レミーは、完全に瘴気に飲み込まれていた。
意志とは関係なく動く巨大な漆黒の物体は、ゆっくりと蠢き、轟音を立てながら移動を始めた。
巨大な漆黒の物体は、草木を枯らし、土壌や川の水を腐らせ、大地から有毒なガスを放出させた。
まるで巨大な魔物が出現したかと思わせるような痕跡を残していく。
東の魔界は漆黒の闇へと包まれていった。
「う、ううっ。ア、ア、……アルヴォス、く、苦しい。は、早く何とかして。」
もがき苦しむマリを、魔力を込めた剣を使い、瘴気の渦を切り裂くアルヴォスは、一瞬、渦紐が緩んだ隙に、マリと共に脱出する。瞬時に浮遊して、空中から蠢く漆黒の物体を眺めるアルヴォスは、高笑いが止まらなかった。
憔悴しきったマリを安全な場所に避難させて「一旦、人間界に避難しろ。何が起こるか分からんからな。」と魔法陣を描いて、再び空中へと飛び去って行った。
「アルヴォス様、決して、どうかご無理なさらないで下さい。勝利を祈っておりますわ。」とアルヴォスに手を振り、ふらふらと歩きながら、魔法陣を使い逃亡を図ろうとするマリに、突然、どこからともなく、紐が現れて、体にグルグルと巻き付く。
また、身動きが取れなくなったマリは、金切り声でわめいて、怒りを露わにした。
けれど、マリの声など、誰にも届くはずがない。
音という音の全ては、轟音に掻き消されていた。アルヴォスもそれどころではなく、全く気づく様子もなかった。
きつく縛られた紐の痛みで、のたうち回るマリは、今度は勢い良く、どこかに引っ張られていく。
バーバラの真ん前に引き寄せられたマリは、バーバラから思いっきり頬をめがけて、平手打ちをくらう。
「痛ったーい。は⁈ 何するのよ‼︎ 御母様、酷い‼︎
いつもいつも、どうして私ばっかり虐めるのよ‼︎ 私が何したって言うのよ!
どうせ、御母様は、妹の方が優秀だから、私なんて要らないんでしょ!御母様は私を愛した事なんてないんだから!」
楯突くマリの頬に、もう一発平手打ちをお見舞いする。
バーバラの怒りは頂点に達していた。
黒紫色の魔力を全身に纏い、瞳を真っ赤に燃やして、マリの体を締め上げる。
「このひねくれ者が!私が、お前を愛した事がないですって、この大馬鹿者が‼︎……今までどれだけ……どれだけ愛情を注いで、育ててきたことか。
お前は何も分かってない!だいたい、お前の方こそ、私を愛しているのか?母親を馬鹿にして、自分が魔女長になると豪語しているそうではないか。お前は、他人の気持ちを知ろうとしないんだよ!いっつも自分、自分で。結局、誰も愛していない!自分しか愛していないんだよ!だから誰からも愛されないんだ!分かったか‼︎
レミーを、一度でも良いから、愛してあげてれば、あの子は、こんなにも苦しまずに、済んだだろうに。お前は母親失格だ!レミーが、不憫で可哀想だと思わんのか!
だから、もう二度と子が授からない体にしといたからな。さすがのお前でも、気づいていただろう。どんなに精を出しても、全然、子供が出来ないんだからな。おかしいなと思っただろう。お前からは、一生、世継ぎは生まれない。まぁ、アルヴォスもアルヴォスだから、お前達の人生は今日で終わりだ。」
バーバラはマリを宙に浮かせて、勢い良く地面に叩きつけた。
「後始末しておけ!」
近くにいた魔女に命令を下して、レミーがいる方へと向かって行った。