2.
「今日も、この店だけ混雑しています。」
眼鏡をかけた男性が、少し離れた場所から店内を覗き見して、隣に立つ男性に報告している。
黒い外套のフードを被り、見るからに高級な傘をさして、ぼーっと突っ立っている二人の男性。どう見ても怪しさ満点である。
「あっ!またあの人たちだ!」
常連の男の子ゾーイが、窓から見えた怪しい男達に指を差して、声を上げる。
椅子からピョンと小さなジャンプをして降りると、焼き菓子を並べるレミーの所に駆け寄って来た。
「レミーおねえちゃん、あの変な人がいる!」
レミーのエプロンの裾を引っ張り、窓の方を指差した。
「あら、本当ね。わざわざ教えてくれて、どうもありがとう。はい、これ。お礼にどうぞ。」とキャロットクッキーをゾーイにプレゼントすると、にっこりと笑って「ありがとう。」とお辞儀をするゾーイは、井戸端会議をしている母親の元へと、また戻って行った。
カランコロンとドアベルが鳴る。
「そんな所にずっといたら、風邪引きますよ。温かい紅茶を用意しますから、さあ中へどうぞ。 ほら!早く!」
痺れを切らしたレミーは、いつものようにお節介を焼き始める。
ルルカス商店街の人達に『レミーちゃん、焼くのはお菓子だけにしときな』と揶揄されても、レミーはお節介をどうしてもやめられなかった。
困っている人や、辛そうに苦しんでいる人を見ると、ついつい手を差し伸べてしまう。結果、良かれと思って行動したことにより、自分が痛い目に合うことも、しばしばあった。
いつのまにか『お節介レミー』と言われるようになったのも、これもひとえに、ルルカス商店街が、優しく人情溢れる街であるからに違いない。
そんなレミーは、数え切れないほどに、街の人々にお世話になっていた。
例えば、肉料理専門店ハルスの店主ジングさん、ウンナさん夫婦は、子供がいない夫婦にとって、レミーは我が子のようであり、唯一、心から本気で叱ってくれる大人であった。
隣家のリズラムさんとマンダさんの老夫婦に至っては『作り過ぎたから、お裾分けね』と毎日、夕飯のおかずを持って来てくれる。これがまた、絶品のおかずで、店の野菜を使った料理もある為、レシピを店内に紹介させて頂いていた。レシピは、お客さんにも大好評である。
他にも、洋服屋を営むスーザンさんは、布の切れ端や古着を使い、お揃いのブラウスやスカートなど、たくさんの洋服をプレゼントしてくれる。
まだまだ、他にも色々と、語り尽くせない程、お世話になっていた。
両親がいないレミーを、温かく迎え入れてくれた街の人々に、感謝の気持ちが溢れてやまないレミーは、ほんの些細なお節介ではあるが、ルルカス商店街の人々を大切に思う、お節介という名の恩返しをしていた。
「いらっしゃいませ。本日は、お越しくださりありがとうございます。こちらが当店自慢の野菜を使ったお菓子になります。是非ご賞味ください。」
あれよあれよという間に、背中をグイグイと押されて、店内の奥にあるカウンター席に、無理矢理座らされた二人の男性は、借りてきた猫みたいに、ちょこんと座っていた。
「はいはい、まずそこに座って、座って。今、すぐ用意しますので。お代は要りませんので、まず食べてみて下さい。」とレミーは、キャロットクッキーを皿の上に一枚載せて、紅茶と一緒にカウンターテーブルに置く。
例の野菜嫌いの男性は、クッキーを食べようと、恐る恐る皿に手を伸ばしているが、未だに外套を纏い、目深にフードを被ったままである。
濡れた外套からは、雨水が滴り落ち、床が濡れていた。
(もう!いっつも、何で脱がないのよ!今日こそは、言ってやる!)
レミーは、苛々していた。
男性二人のうち、いかにも高貴な雰囲気を醸し出している一人の男性が、初めて来店した時から、今と全く変わらないスタイルで、店内に入っても、絶対に外套を脱ごうとしない。
レミーは、一見の客ではあったが、気にもせず忠告しようとした。
けれど、常連客に『やめときな』と止められて、それから言うにも言えなくなっていた。
毎回来る度に、注意したくて、うずうずしていたが、なんとか今日まで我慢していた。
今日で5日目だから……良いわよねと、自分に言い聞かせて、思った事を口に出してしまった。
「いつまで、こんな濡れたレインコート着ているんですか。干して乾かしますから、さあ脱いで。」と外套に手をかけた瞬間、レミーの手首を掴み「やめろ!」と強い口調で睨んできた。
すかさず眼鏡男が「おい!お前!何してるんだ!セド様、大丈夫ですか? おい!お前みたいな人間の為に、わざわざこんな雨の日に来てあげたというのに、何だその態度は!これだから平民風情は、無礼極まりない奴ばかりで、嫌なんだ。」と噛み付いてきた。
売られた喧嘩は、買うのが礼儀である。
レミーは、握られた手首を振りほどいて、眼鏡男に平手打ちをお返しする。
「誰が平民風情ですって。あんた達みたいなお金持ちが、そんな贅沢な生活が出来るのも、私達、平民がせっせと働いているお陰なのよ!苦労も知らないで、馬鹿にしてんじゃないわよ!もう二度と家の店には来なくて結構です。お帰り下さい。」
フンと鼻を鳴らして、仁王立ちするレミーに、店内にいた人々は「そうだ!そうだ!もっと言ってやれ!負けるなレミー!」と野次を飛ばし、暴言を吐いて、やんややんやと騒ぎ立てる。
裏口で、野菜の仕分け作業をしているバーバラは、いきなり騒然となる店内に「何事じゃ。」と杖を付き、気持ち早く歩いて、店内に続くドアを開けた。
ドアを開けた瞬間、二人の男性が視界に入る。見知った顔の二人に、いきなり怒鳴り声を上げて追い払おうとした。
「お前達!ここで何してる!ここは、お前達が来るような所じゃない。さっさと出て行け!もう二度と来るな‼︎奴にもそう言っておけ‼︎」と杖を振り回して、あっという間に店から追い出してしまった。
おーー!と歓声と拍手が上がる店内で、ポカンと口を開けて、立ち尽くすレミーは、バーバラの言葉を反芻する。疑問符で頭の中が埋め尽くされていた。
(奴って、一体誰?お前達って、顔見知り?え⁈ 何者?あー、もう、わかんなーい。)
「レミー。レミー。レミー!レミー‼︎」
「……………あっ、はい。あー、すみませんでしたぁー!お勘定ですね。」
バーバラに名前を連呼されて、正気に戻るレミーは、またいつも通りに、せっせと働き始めた。