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2.口にして気持ちが軽くなるなら

 和花(のどか)が再び部室に足を向けると、ちょうどドアが開いてドキッとする。だが出てきたのが二年の敦賀(つるが)虎太郎(こたろう)だったのでホッとした。

 明るい髪色の虎太郎は、入学式の二日後にあった部活見学会で和花を城研に引っ張り込んだ張本人だ。



 アイドル風のイケメンで、人懐こい彼に引っ張られて仮入部した一年はたくさんいたのに、意外と地味で真面目な城研からはあっという間に脱落者が続出した。

 女子が辞めていくと、釣られたように男子までがごっそりと止めてしまう。

 結局一年で残ったのは和花と、あのとき助け舟を出してくれた男子――大野和馬を含む、ほんの数人だけだった。



 顔を上げた虎太郎が和花に気づき、人懐こい笑みを浮かべる。

 その奥に美空と和馬がちらりと見え、和花はかすかに目を伏せた。


「和花、今来たんだ。午後からかと思った」

 今日は十時から四時まで部室は開いていて、どの時間に来てもいつ帰ってもいい。もう昼近いのでそう考えたのであろう虎太郎は、和花を見て何かを感じたのか少し考えるような仕草をし、「ふむ」と頷いた。


「美空ちゃん部長~、和花が来たから一緒に行ってくる。ついでに飯食ってくるわ!」

「え?」

「あ、和花ちゃん来たんだ。りょうかーい、気を付けてね」


 ドアから顔を出した美空に手を振られ、わけもわからないまま虎太郎に背中を押されて再び外に出てしまった。


「あ、あの! 虎太郎先輩!」

 昇降口であわてて靴を履くと、虎太郎は「ま、いいからいいから」と、ずんずん歩いて行ってしまう。高校の裏手にあるショッピングモールに向かっていることが分かり、そこでようやく足りない資材を買いに付き合わされるのかと気づいた。

 文化祭の展示用に城の模型を作っているので、足りないものがでたのだろう。


 そう思ったのに、虎太郎が文具などが売っている三階ではなく、フードコートが入っている一階奥に進んでいくので慌てて追いかける。


「和花、何食べる? 今日はお兄さんがおごってあげましょう」

「え、でも先輩。買い物があるんですよね」

「うん。でも腹が減っては何とやらっていうじゃない。まずは和花の腹を満たさないとねぇ」

「べつにお腹が空いているわけでは……」

「んー? 腹減ってるとネガティブになるでしょ。和花、泣きそうに見えたし」

 気楽そうな鋭い虎太郎の言葉にドキッとする。


 虎太郎はどんな人相手でも懐に入るのがうまくて、彼のおかげで和花は理想に近い高校生活を送れていると思ってる。

 彼が強引に部室まで和花を引っ張っていったから城研に出会えた。日本史が苦手だった和花が、歴史に触れる機会を得られた。

 優しい部長をはじめ、楽しく頑張れる仲間を得ることができた。

 そして城研に入らなければ――


(私は和馬くんと話すことなんて、たぶん一生できなかった)


 部室にいる新一年生の中で、和花はすぐに彼だと気づいた。

 自己紹介でクラスを聞いたとき、校舎が離れているから下手をすると卒業まで会えなかったかもしれないと思ったものだ。

 それなのに、やっとお礼が言えたのはゴールデンウィークを過ぎてから。

 部員がごっそり減ったことで、話す機会が増えたからだ。彼は覚えていない風だったけれど、胸のつかえがとれたような気がした。


 最初はいつも緊張してドキドキした。新しい町で新しい一歩を踏み出したのに、怖い想像は常について回った。

 それでも人懐こい虎太郎や気さくな美空、そして何より、気づくといつもさりげなくサポートしてくれる和馬に助けられ、だんだん肩の力が抜けていった。

 失敗しても、なかなかうまくいかなくても、和馬の「大丈夫」に励まされた。彼の穏やかな「大丈夫」を聞くと、いつも和花のこわばりがするりと緩んだのだ。


 だから彼は和花にとって、一番大事な友達なんだと思っていた。嬉しかった。


   ◆


「で? 何かあった?」

 フードコートのカウンターに並んで座ると、虎太郎に促される。でもさすがに自覚したばかりの恋愛相談なんて不慣れなことを、男の先輩には話しづらい。

 曖昧に微笑む和花に、虎太郎はなんでもないようにゆっくり口を開いた。


「んー、和馬の事かな? 研修中になんかあった?」

「えっ」


(まさか。まさかまさかまさか! 私の気持ちってモロバレだったの? 私が気づいたのだってついこの間なのに?)


 硬直する和花に、虎太郎は安心してと微笑む。


「俺、勘がいいのよ」


 何に気づいたとは言わない。

 ただ、

「口にして気持ちが軽くなるなら、このお兄さんに話してごらん。嫌なら聞かない」

 と言われ、和花の心を抑えていたものがぽろっと落ちた。


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