これを何と呼ぶかで、出身地が分かるらしい。
サブタイで何を想像したでしょうか?
「アレかな?」というものを一つ、心に思い浮かべてお読みください。
今日はフローラちゃん(肉屋)と約束している日だ。
会話の内容がちょっとアレなので、余り周囲に聞かれたいものではない。
私とフローラちゃんが、二人合わせて『電波で厨二で痛い子』扱いされかねない。
という訳で、我が家にてお茶を楽しみつつお話をする事になっている。
我が家は一応、侯爵家だ。
上位貴族だ。言うなれば、上級国民だ。
なので当然、邸がデカい。使用人も三十人程度いる。
「本日は、お嬢様のご友人がお見えになるのですよね?」
私の支度を手伝ってくれている侍女のレイラが、頑固な縦ロールを何とかハーフアップにしようと頑張りながら言う。
遠慮も何もなくグイッグイ引っ張られるので、頭が前後にがくんがくん揺れるが、毎朝の事だ。
「そうね。まだ友人……て程は親しくないけれど。お友達になれたら嬉しいわね」
何と言っても、前世同じゲームをプレイした、いわば同好の士だ。そのゲームのMODDERさんなんて、仲良くなりたい要素しかない。
ゲーム改変プログラムを自作するという事は、自然とゲームの内容や作りに精通する事となる。
きっと彼女は、私以上にこの世界に詳しい筈だ。
世界というか、あのふざけたゲームに詳しい筈。
私も結構やり込みはしたが、それは経営パートに限った話だ。恋愛パートはその限りではない。
フラグ管理などが正確にはどうなっていたのかなどを、聞いてみたい。
「では、お嬢様がその方と仲良くなれるように、腕によりをかけましてお支度いたしますね」
「……程々でお願いね」
鏡越しに、やたらと張り切るレイラに釘をさしておく。
レイラはフランツの姉である。
フランツはフランツで掴み所のない性格をしているが、この姉も中々のものだ。
私が初めてお城へ行く事になった日に、やはり「張り切ってお支度させていただきます!」と本当に張り切ってくれた。
結果、私は「舞台役者か?」というレベルの厚化粧を施され、「どこで買うねん」と突っ込みたくなるブリっブリでフリっフリのパッションピンクのドレスを着させられた。
それを修正するのに、二時間程度を要してしまった。
悪い人ではない。
ただちょっと、行動が読めないのが難点なのだ。
「ちょいちょいちょぉーい!! レイラ、待って! そのドレスをどうする気!?」
鏡越しに見えたのは、レイラがワードローブからド紫のラメっラメのドレスを大事そうに持ってくる姿だった。
ていうか、何だあのドレス!!
私、あんなの買った覚えないぞ!?
しかもイブニングじゃねぇか! 今、朝!! 爽やかな午前中!!
フローラちゃんがウチに来るの、昼過ぎ! 夕方じゃなくて、昼過ぎ!!
「どうするもこうするも、お嬢様に着ていただこうかと……」
「フツーにワンピースとかでいいから! ドレス、必要ないから!!」
ていうか、夜会であったとしても、あのドレスはねぇわ!
お高いディナーショーの演歌歌手みたいだし(偏見)。
レイラは見るからにしゅんとして「そうですか……」などと言って瞳を伏せている。
だが、騙されてはいけない。
ここで仏心などを出し、「今度はそれを着るわね」などと言ってしまうと、次回ドレスを着る機会が巡ってきた際に本当に着させられてしまうのだ。
……何度……、痛い思い(心理的に)をしてきたか……。
というかこの姉弟、何か私で遊んでるフシねぇか?
我、お嬢様ぞ?
邸内ヒエラルキーの、限りなく頂点付近の人間ぞ?
……この姉弟に、今更それを説いてもどうにもならなそうだが。
レイラは今度は、普通にワンピースを持ってきて、それをハンガーに吊るしている。
初めからそれでいいんだよ。何で変なアクションをワンクッション挟むんだよ……。
「このワンピースはラインは綺麗なのですが、少々地味なのが難点でございますね……」
「いや、全っ然地味じゃないから」
無地なので、地味と言えば地味かもしれないが。
シュッとしたラインの綺麗めワンピだ。むしろ派手な装飾などあったら台無しだろう。
「胸元に花を飾るというのはいかがでしょう!?」
いかがでしょう!? じゃねぇ!!
「そのままで大丈夫よ」
「では、裾にレースを足すというのは……」
「そのまんまで!!」
「はい……」
またレイラがわざとらしくしゅんとしているが、もう放っておこう。
「ていうか、さっきのドレス、どうしたの? 私、買った覚えがないんだけど……」
「わたくしが夜なべして縫いましたものでございます」
まさかの手製!!
夜をなべてまで、あんなものを……。
「……夜はしっかり寝てちょうだい。疲れも取れなくなるわ」
「ご心配ありがとうございます。ですが、大丈夫です。夜を徹して制作いたしましたが、その分、昼寝ておりますので」
大丈夫って、何がだよ! 昼は働けよ!!
「夜の方が、インスピレーションが湧くのです……!」
それ、単なる『深夜テンション』じゃねぇか!!
はー……。もう、この姉弟、どうしてくれようか……。
「ビーズとスパンコールを一つ一つ、お嬢様を想いながらチクチクと縫い付け、徹夜でかすむ目で細かな作業をこなし……」
何か後ろの方で、レイラが呪いの言葉みたいなの吐いてる……。
アーアー、キコエナイ。
まだ壁際に吊ってある例のドレスに、レイラが手を伸ばす。
……ん? 胸元から、何か紐みたいなの出てきたぞ……?
「この紐を引っ張りますと……」
言いつつ、レイラは謎の紐を勢いよくシュッと引っ張った。
なんという事でしょう……!
ド紫のスパンコールドレスが、黄金のスパンコールドレスに様変わり!!
スゲェ!! ゴールド〇イタンみたいだ!! スゲェけど、超着たくねぇ!!
「周囲の視線、独り占めでございます」
……そうでしょうね。周囲の『好奇の』視線、独り占めでしょうね……。
何故、渾身のドヤ顔なのかね、レイラ君……。私がそれを喜ぶとでも思ったのかね?
ていうかマジで、徹夜してまで何作ってんだよ……。
その早変わりのからくり、どうなってんだよ……。
パト〇ッシュ、ぼくはもう、(突っ込むのに)疲れたよ……。
* * *
既に無駄な疲労感があるが、まあ毎日の事なので慣れたものだ。
ぼちぼち、フローラちゃんが来る時間かなー?
メイドたちに庭にテーブルのセットと、お茶と茶菓子の用意をお願いしてある。
レイラ・フランツ姉弟を筆頭に、この家の使用人はどこかがおかしい。どこか……というか、率直に言うなら頭がおかしい。
私のような常識人には、彼らの思考は計り知れない。
流石に、客人を招いての席に、おかしな仕掛けはないと思うのだが……。
いや、安心するのは早計だ。
常に最悪を考えて行動してこそ、一流というものだ。
……一流の何なのかは分からんが。
「お客様がご到着されました。お庭へご案内いたしております」
レイラが現れ、一礼してそう告げてきた。
「そう。今行きます」
「お嬢様」
椅子から立ち上がった私を、レイラが呼び止めた。
何じゃい?と振り向くと、レイラはどこから取り出したのか、例の紫ドレスを両手に持っていた。
「今からでも遅くはありません! こちらの衣装の方がよろしいのでは……!?」
……突っ込みたいところしかねぇよ……。
だが、フローラちゃんをお待たせする訳にはいかない。しかも、こんなどうでもいい事で。
「このワンピースで大丈夫よ。……さ、お客様をお待たせするものじゃないわ。行きましょう」
「はい……」
おい! 今、「チッ」っつったか!?
「お待たせいたしました」
フローラちゃんが一人ぽつんと座るテーブルに近寄り言うと、フローラちゃんがほっとしたような笑顔を浮かべた。
あぁ~……、心が洗われるわぁ~……。
何て可憐な笑顔かしら。
「あ、あの、本日はお招きいただき、ありがとうございます」
立ち上がり、ぺこっと礼をするフローラちゃん。
かんわゆい。
「いえ、こちらこそ。おいでいただき、ありがとうございます」
「あの、これっ! つまらないものなんですが、皆さまでどうぞ!」
言いつつ、何やら箱を差し出してくる。
『皆様で』って事は、食べ物かな?
受け取ると、ほんのり温かい。
「開けてみても構いませんか?」
「は、はい。あの、本当につまらないものなんですが……」
この美少女の御手土産、何かしら?
ちょっとワクワクしつつ、箱の蓋を開ける。
中にはぎっしりと、茶色い丸い物体。
こ、これは……!
「美味しそうな大判焼きですね。ありがとうございます」
私の言葉に、フローラちゃんが「え?」という顔をする。
まさかな……。異世界まで来て、まさか……。
「『回転焼き』ですよね?」
やっぱりか!!
異世界に転生してまで、『これを何と呼ぶかで出身地が分かる』が付いて回るか!!
「いえ、『大判焼き』でしょう?」
「いえ、フツー『回転焼き』です」
互いに「譲れない」とばかりに言い合ってしまう。
しかし私たち転生者二人の会話では埒が開かない。
私はそこに控えるレイラを見た。
「ねえレイラ、これ、何ていうお菓子か知ってる?」
レイラは生粋の、この世界の人間だ。
私たちのように、前世を引き摺っている人間とは違う。
箱の中を見たレイラは、きょとんとして軽く首を傾げた。
「今川焼きでございますよね」
その言葉を受け、私はフローラちゃんを見た。
「という事で、ここは無駄な諍いを避ける為にも、『今川焼き』でいきましょう」
「はい。承知いたしました」
フローラちゃんも頷いてくれた。
生粋の聖セーン王国王都生まれ、王都育ちのレイラが言うのだ。王都では恐らく『今川焼き』がポピュラーなのだろう。
ふぅ……。
レイラが居てくれて、助かったぜ……。
あのままだと、戦争になっていた可能性すらある。
まあ、あの食べ物は『大判焼き』だけどな。
それはともかくとして、フローラちゃんを促し席に着く。
そこへ、メイドたちが楚々とした足取りでやってきて、カップに茶を注ぎ、菓子をセットしていく。
……迂闊だった……!
事前に、何を出すつもりなのか、聞いておくんだった……!!
メイドがテーブルの真ん中に置いたのは、木製の菓子盆だ。既におかしいが、まあ良しとしよう。
そこには、色とりどりのお菓子。
薄茶色の落雁に始まり、ピンク・黄色・グリーンのウエハースに挟まったゼリー(寒天)、金と銀の小さな包みはチョコだろうか。いや、あの包みはチョコと見せかけて、クッソしょっぱいツナの可能性がある……。
じゃなくてさぁ!!
レイラがカップに注いでくれたお茶も、やけに香ばしい香りがしている。
ていうか!
フツーに三段のトレイにスコーンと紅茶とか、そういうの用意出来ねぇか!?
何だよ! この『お盆にバッバの家に遊びに行った時のお菓子』は! しかもこのお茶、番茶だな!?
もう……、何なの、ここんち……。
私、普通の『ナーロッパ転生』が良かったよ……。
田舎のばーちゃんちのお菓子、客に出すなよ……。
「レイラ、このお菓子なんだけど……」
言いつつレイラを振り向くと、レイラはにこっと微笑んだ。
「イリーナさんが用意してくださった『とっておき三選』でございます」
「そう……」
交換してもらえないか、と言おうと思ったのだが……。
イリーナさんは、我が家の最高齢のメイドだ。御年八十一だ。
正真正銘、バッバが用意してくれたお菓子だった……。
イリーナばあさんは腰は曲がっているが、まだまだ元気である。『生涯現役』を宣言しており、私たちが幾ら「休め」と言っても休まない頑固なばあさんだ。
バッバの好意は、無下には出来ん……。
「フローラさん……、もしよければ、つまんでください」
「ありがとうございます。おばあちゃんちを思い出して、何だか懐かしいです」
ですよね。
ウチ、侯爵家なんだけどな……。おばあちゃんちじゃないんだけどな……。
せめて一種類くらい、チョコとか入れてくれ……。バッバの菓子セレクト、渋すぎんだよ。
メイドが、ついさっきフローラちゃんから貰った大判……今川焼きを、綺麗に皿に盛り付けて持ってきてくれた。
手で掴んで食べられるように、薄紙が添えてある。
紙、いらんけどな。お嬢様的作法としては、そうはいかんけども。
「えーと、ではフローラさん……」
「あ、あの!」
私の言葉を遮ると、フローラちゃんは軽く苦笑した。
「発言を遮って申し訳ありませんけれど、私の事は『ハナ』と呼んでもらえませんか?」
「構いませんけど、何故?」
まあ、『フローラ』だから『花』ってのは分かる。
フローラちゃん改めハナちゃんは、苦笑したままで言った。
「『フローラ』という名前で、私と同じ見目の女の子、他に二人居るじゃないですか……。あと、前世『花田』という苗字でして……」
あー……。花田さんなら、ハナちゃんだわ。
学校とか職場に居たら、私、絶対そう呼んでるわ、確かに。
「では、ハナさんですね」
「はい」
にこっと微笑むハナちゃん。かわゆ。
「私の事は、『アン』とお呼び下さい」
ハナちゃんは素直に頷くと、私をまじまじと見てきた。
「アンさんは、ネットで『ロールちゃん』と呼ばれていたキャラで、合っていますか……?」
「恐らくは。高額商品を購入できる、金銭的な余裕がありますので……。あとこの縦ロールと……」
多分私だろうと思われるキャラは、ネット上で『ロールちゃん』と呼ばれていた。
当然、髪型の縦ロールからの発想だ。
決して、細長いロールケーキ的菓子パンとは関係ない。美味いけど。
ロールちゃんが定期的にお店に現れるようになると、商売的に大分おいしいので、そこそこ人気があったキャラだ。
同じように高額商品を大量購入してくれるキャラとして、『老紳士』というキャラも居た。
多分、その内どこかで出会えるだろう。
さてと……。
まずは何の話からにしようかな?
因みに私は『大判焼き』。
某冷食大手の出してる冷凍の『今川焼』、美味しいし便利だしで常備していますが、商品名を見る度にモヤっとします。