誰しも譲れないものはある。皮はタレだ。
「あなたはもしかして、『恋サバ』をご存知なのではありませんか……?」
私の発した言葉に、フローラちゃんがはっきりと息を呑んだ。
フランツ君は「お嬢? 何言ってんスか?」と訝し気だ。
とりあえずお前は黙ってろ。
フローラちゃんは驚いた表情で私をまじまじと見て来る。それに私は、何だか知らんが取り敢えずゆっくりと頷いた。
こういう時は、何だか知らんが頷いておくものだ。
「実績……、全解除済みです……」
震える声で呟くように言うフローラちゃん。
やっぱりか!!
てか、すげぇな! 実績、百パーかよ!
「てことは、生鮮殿下エンドもやったんですか!?」
思わず詰め寄った私に、フローラちゃんはそっと瞳を伏せた。
「……いえ。『プレイせずに実績解除』のチートMODを自作しました。SNSで無料配布したんですが、かなり『いいね』を貰いました」
「何故ワークショップで配布してくれないんですか! めっちゃ欲しい!!」
「シミュレーション系で、実績解除専用のチートMODはナシかと思いまして……」
「ゴリゴリにアリ寄りのアリまくりですよ!!」
言う私に、フローラちゃんがふっと表情を柔らかくした。
「ああ……、私だけじゃなかったんですね……。この『悪ふざけコメディ時空』に転生していたのは……!」
悪ふざけコメディ時空。
その通りだが、辛辣だな!
しかし私はただのモブ転生。
彼女は前世どれ程の業を背負ったのか、ヒロイン転生だ。
悪ふざけを遠巻きにニヨニヨ見守るのと、悪ふざけの渦中にぶち込まれるのとでは、人生の難易度が違い過ぎる。
因みに『実績』とは、某家庭用ゲーム機における『トロフィー』と同様だ。
ゲームプレイに応じて、ゲーム中に『取得しました』のメッセージが出る。メッセージは因みに、ランチャーの設定から消す事も可能だ。
取ったところで、特にこれといって何がある訳でもないのも、トロフィーと同様である。
そして乙女ゲームなどの恋愛シミュレーション系ゲームには大抵、『○○エンドを見た』という実績が存在する。
実績全解除済みという事は、『王弟殿下エンドを見た』も取れたという事だ。……まあ、チートMOD使用でプレイせずに取ったようだが。私はそれ以外の実績は全て取得していた。
更に余談だが、『MOD』とは『modification』の短縮形で、主にユーザー作成のゲーム改変プログラムの事だ。公式が配布する事もあり、そういう場合は有志作成のものと分けて『公式MOD』と呼ばれる。
別にチートだけが目的ではない。
バグFixだとか、不要と思われる要素を消すだとか、キャラクター美化だとか、リテクスチャだとか、チートと逆にゲームの難度を上げるだとか、様々なものが存在する。
某有名RPGの『ドラゴンを全て機関車トー〇スに置き換える』という狂ったMODは、その意味不明さから公式にも紹介されるくらい有名だったりする。
そしてこの世界の元となるゲームは、ソースコード(元となってるプログラムね)を全て公開していた。MOD製作者に優しい仕様だった。
作者曰く「突貫で仕上げた部分もあるので、ユーザーが好きなように改変して遊んでください」との事だった。
おかげで、日本語しかないインディゲームの割にMODが充実していた。フローラちゃんの服装を変える、なんていう可愛らしいMODもあった。
英語化MODなどもあったので、プレイした他国の方々は一体どういう感想を持たれたのだろうか……。
私を感激したように見ていたフローラちゃんが、何かに気付いたようにハッとした表情をした。
「もしやお客様……、牛サーロインを五キロ買っていかれますか……?」
ぐっ……、出たな! サーロイン五キロ!
「いや、豚バラ六キロっすね」
即座に否定するフランツ。ていうか、何気に原作より重量増えてんな!
「あ、そうでした。少々お待ちくださいね」
フローラちゃんは微笑むと、店の奥へ消えて行った。
「……で、つまりどういう事ですか?」
訊ねてきたフランツに、私はまた焼き鳥を眺めながら答えた。
「あの子も私と同じ、前世の記憶があって、ゲームをプレイした事があるって事だわねー」
タレ皮は必須だ。あとレバーも捨てられない。つくね(軟骨入り)も捨てがたい……。
「あの前世云々、お嬢のクソ痛え妄言じゃなかったんすね……」
ぶん殴りたい程ヒデェ事を言われている気がするが、今はそれどころではない。
ハツ……。いや、ねぎま……。
「お待たせいたしました! 豚バラ六キロです」
奥から、大きめのスチロールの箱を、よいしょという感じでフローラちゃんが持って来た。
フランツは「領収書お願いします」などといいつつ、会計をしている。
六キロ……。
我が家の料理人たちは、これをどうするのだろうか。
角煮かな?
フランツが会計を済ませたので、私はフローラちゃんを真っ直ぐに見た。
「皮三本と、レバー一本をタレで。ぼんじりとねぎまとやげんを一本ずつ、こっちは塩でお願いします」
「はい、ただいま」
うむ。良いチョイスが出来た……。
フランツが私を見る目が呆れているが、今更それしきでは動じない!
商品を包んで渡してくれたフローラちゃんに、お代を支払い釣りとレシートを受け取る。
はー、良い買い物をしたわ……。
「お嬢、こっち持ちます?」
フランツが自分の肩から下げている、大きなスチロールのケースをぽんぽんと叩いた。
「は? 私、こう見えてもお嬢様なんだけど?」
「そっすね。……で?」
「二キロのダンベル以上に重いものを持った事もないお嬢様に、何でそんなモン持たせようとか思うのよ?」
「……いや、二キロのダンベル持てるお嬢にだから言ってんスけどね……」
はぁ!? 片手に二キロずつで、足しても四キロじゃん! それ、六キロじゃん!
やだぁ。フランツってば、足し算も出来ないの?
「あのぅ……」
言い合いをしている私たちに、フローラちゃんがおずおずと声をかけてきた。
「はい? ……あ、ごめんなさいね! 店先でごちゃごちゃ溜まってて!」
「いえ、それは大丈夫です! そうではなくて……」
フローラちゃんは少しもじもじしていたが、ややして、意を決したように顔を上げた。
「もし可能でしたら、お時間がある時にお話とか出来ませんでしょうか?」
「いいですよ」
即答だ。当然だ。
私も色々、彼女には訊いてみたい事がある。
「本当ですか!? それじゃあ……」
嬉しそうに笑うフローラちゃんと、次の肉屋の定休日に会う約束をする。
定休日は、第二・第四月曜日だそうだ。
……フローラちゃん、働き過ぎじゃない? 身体、大丈夫?
* * *
邸へ戻り、焼き鳥をつまみにお茶にする事にした。
はー……、何からいただこうかしら。どれもこれも美味しそうだわぁ……。
やっぱりまずは、皮からかしら。
「……で、あの肉屋の店主の子ですけど……」
うん?
フランツの言葉を聞きつつ、焼き鳥を頬張る。
「美味ぇですわ!」
マジで美味しい。一応、お嬢様+庶民グルメのお約束として言ってみたが。
「はぁ、そりゃ良かったスね」
塩対応!
しかしフランツの塩対応も気にならないくらい、焼き鳥が美味ぇですわ。所々の焦げが香ばしく、タレの甘辛加減も丁度良い。
これはマジで美味ぇですわ……。
七味振ってもいいかも。誰かに持ってきてもらおうかな……。
「あの子も、お嬢と同じで前世の記憶があるって事っすか?」
「そうね。このゲーム、プレイしてた人みたいね」
プレイしていたどころか、MODを自作する剛の者だ。大分コアな部類のプレイヤーだ。
「お嬢は何で、彼女が前世の記憶を持ってるとか分かったんですか?」
お次は何だ……。皮二連発か……。いや、一旦ここは、塩で味を変えてみよう。
「お嬢、聞いてます?」
「聞いてる聞いてる。めっちゃ聞こえてる」
ねぎま! 君に決めた!!
「美味ぇですわぁ~……」
お塩とあらびきの黒胡椒、あと多分ほんのちょっとガーリックパウダー。めっちゃ美味ぇですわぁ。
これはちょっぴりレモン絞ってもいいかも。
おネギさんも甘くて美味しいわぁ~。
真っ白なティーカップには、湯気を立てる淹れたての麦茶。……ウチは麦茶は煮出すんだけども、「お茶貰える?」であったかい麦茶出て来るとは思わなんだよ……。
いや、別に不満はないんだけども。
麦茶じゃなくて、麦酒が欲しいわぁ~!
あー……、でも麦茶でお口の脂がスッキリするわぁー。これで新鮮な気持ちで、次の串に移れるわぁー。
「……お嬢。俺の質問、どーなってんすかね?」
「あ? あ、えー、と……」
何だったっけ? 次は何食べるかって話だっけ?
レバーの串に手を伸ばす私に、フランツが深い深い溜息をつく。
「だから、何であの子に記憶があるって分かったか、って話っすよ」
「あー、それね。ハイハイ」
レバーも美味ぇですわ~! 臭みも全くなく、程よく火が通り、パサつきも少ない。ブラボー! ハラショー!
レバーもぺろりとやっつけて、串を皿に置く。
ここはちょっと、真面目にフランツ君と話をしとこう。……なんかちょっと、マジ切れ五秒前の気配がするし。
「王弟殿下への対応よ」
「フツーに対応してませんでした?」
頬杖をついたフランツが、僅かに瞳を細めた。……ちょっと顔が不機嫌なの、何とかなりませんかね? 怖いんですけど……。
「『普通過ぎる』って思わなかった? 殿下のあの一連の阿呆な言動に、何の動揺も突っ込みもないのよ? マニュアル通りの店員の対応よ?」
「……言われてみたら、そっすね……」
ふむ、と納得するフランツ。
……ちょっと機嫌直ったかな(ビクビク)?
「あの『マニュアル通りの対応』が、王弟殿下のイベント回避法なのよ」
「あー……、『マトモに相手しちゃダメ』みたいな感じっすかね……」
その通りなんだが、言い方は何とかならんかね?
「フランツも言ってたじゃない。『王弟殿下が大人しい』って。あれは、あの子の対応がイベント回避に成功してるからよ」
「因みに、失敗した場合のイベントって、どんなんなんスか?」
「さあ?」
ちっさいイベントの宝庫だ。分かる訳がない。
しかも、何種類かの中から、ランダムで起こる。
見た事のないイベントが起こる……というのは、通常のゲームプレイでは嬉しいものだ。ちょっとテンションが上がったりもする。
が、生鮮殿下の見た事のないイベントは、ただただウザいのだ。
感想も「早よ終われ」しかない。
「あの場で起こる可能性があるイベントとしては……、小切手で買い物をしようとして『使えません』て言われてショックを受ける殿下とか。豚モツ見て『内臓を食すとは、なんと野蛮な……!』とか言う殿下にモツ炒め試食させたら、秒で『美味い!』とかって手のひら返す話とか……」
「どれもこれも、クッソどうでもいいっすね……」
「それが殿下よ」
うむ、と頷く私に、フランツは「うわぁ……」という顔をしている。
「あと、騎士の男の子と仲良さそうだったじゃない。あれも、『もしかして』って思う一因だったわね」
「あー……。何でしたっけ? ……攻略対象?」
「そう。多分そうなんだけど、お店があの段階なら、二人はまだ知り合って間もないくらいでしかない筈なのよ」
攻略対象は、商店のランクが一つ以上は上がらないと出てこない。
けれどあの二人は、旧知の仲のような気安さがあった。
昨日、今日知り合った……という雰囲気では、間違ってもない。
あの二人には、『タウルス君がお店の客としてやって来て知り合う』以外の接点はなかった筈。
それがあの気安さで会話できているのだ。
となると、可能性として一番高いのは、こうではなかろうか。
『フローラちゃん(肉屋)に前世の記憶があり、それを頼りにフラグを折った』
すげぇ! 乙ゲー転生っぽい!
フローラちゃん(肉屋)、すげぇよ! 乙ゲーっぽい甘酸っぱいやり取りアリ、『記憶を頼りにフラグを折る』なんてお約束展開アリで、乙ゲー転生物語の主人公みたいだよ!
「タウルス君に関しての詳しい情報なんかはゲームにはないけど、『騎士団長の息子』ってのは分かってる訳だから、探そうと思えば探せると思うのよ。……で、多分だけど、フローラちゃん(肉屋)は記憶の中のゲーム情報を元に、タウルス君を探し当てたんじゃないかな」
前回の八百屋で分かる通り、このゲームにおける攻略対象は、恋愛する気がないなら『単なる営業妨害の輩』だ。
その芽を早いうちに摘み取り、適切に教育するのは有効な手段だろう。
しかも、攻略対象が『公爵令息』や『王太子殿下』のように、雲上人ではない肉屋だ。
その気になれば会いに行ける。
タウルス君は、御父上が騎士団長ではあるが、ほぼ平民だ。
叩き上げ騎士団長の御父上は『騎士爵』という爵位をお持ちだが、これは『準貴族』という地位に属する爵位だ。
貴族ではない。
しかも一代限りの爵位なので、『貴族っぽく扱われる』のは、あくまで爵位をお持ちの御父上だけだ。
タウルス君なぞ、下町のガキ大将でしかなかろう。知らんが。
前世の記憶アリのフローラちゃん、肉屋で良かったね……!
八百屋とか魚屋だったら、途方に暮れただろうね……!
公爵令息はまだもしかしたら、どっかで知り合う事が万に一つくらいはあるかもしれないけど、王太子殿下は絶望しかないもんね……!
「……と、まあ、そういう感じよ。この私の明晰な頭脳にかかれば、この程度の推測は朝飯前よ」
「そっすね、流石お嬢っすね」
なんじゃい、その棒読みは!
「ま、次の月曜にはフローラちゃんとまた会う約束してるし、その時に本人から詳しい話聞けるでしょ」
だから今は、焼き鳥に集中させてくれ。
そして私は、残る焼き鳥も全て「美味ぇですわ!」と叫びつつ完食するのだった。