ここでミカンをひとつまみ……っと。
※前回までのあらすじ※
ラーショ風味の肉屋を見守る、お嬢とフランツ君。
そこには名前から容姿から全てコンパチデザインのヒロイン、フローラ(肉屋)が居た。
フローラ(肉屋)は、何やら顔馴染みらしい青年と、微笑ましい言い合いをしている。
そこへ、『隠しキャラ』の意味を解さない隠しキャラ、王弟殿下が現れた。
フローラ(肉屋)の運命や、如何に――!!
「……粗筋、必要っすか?」
「雰囲気よ、雰囲気。ムードってのは大事なのよ!」
だからフランツ君よ、その「はぁ」って気の抜けた返事、どうにかならんか!?
唐突に現れた王弟殿下に、騎士青年は驚いたような表情だ。
そらそうだ。
ていうか、八百屋で見たボンクラ公爵令息は殿下に気付いてなかったけど、あの騎士青年、アレが生鮮殿下だって分かってる風だな……。
礼をしようとした青年を、手で軽く制する殿下。
「何故、礼などする? 私はただの一庶民だ!」
はっはっは!などと笑っているが、『一庶民』を名乗るのであれば、そのキラッキラの服装は何とかしろや。
「アレで『一庶民』とか言われたら、暴動起こってもおかしくねっすよね……」
フランツが呆れるのも無理はない。
今日も今日とて、彼は何処から見ても『王弟殿下』以外の何者でもないのだから。
戸惑う騎士青年の隣で、フローラちゃんはというと……。
ごっっっつ、嫌そうな顔しとる!!
あからさまに眉間に皺寄ってる! あと、目がちょっと怖い!!
その方、一応やんごとなき身分のお方だから! そんな目で見ちゃダメだから!!
ていうか、ここ(肉屋)のフローラちゃん、何かちょっと様子が違うよね?
庶民からしたら『王弟殿下』なんて、全然絡む事ないレベルで雲の上の人だから、あんな風に嫌そうな顔する理由もない筈なんだよね……。
実際、フローラちゃん(八百屋)は、殿下の素性にすら気付いてなかったし……。
それに何より、タウルス君と既に友好な関係を築いている。
このフローラちゃん、もしかすると、もしかするか!?
「あの……、何か御用でしょうか?」
めっちゃ『探ってます!』って口調のフローラちゃん。
それに朗らかに笑う生鮮殿下。……ていうか殿下、笑いがいちいち「はっはっは!」なの、イラっと来るんですけども……。
「私は一庶民なのだが、今日はたまたまこの辺りを散策していてね。歩いていたら、この素敵な肉屋を見つけたという訳さ!」
朗々。
腹から声出てるから、耳を澄まさなくても勝手に聞こえてくる。
「あの発声法、何なんすかね?」
全くだよな。
舞台俳優とかでも、普段はフツーに喋ってると思うんだけど……。
「もしかして、王族の嗜みとして、腹式発声法があるとか……?」
最上段から一同に向けて、お言葉を発する機会の多い王族だ。あんなんでも王族だ。
『威厳ある喋り方』的な講義があってもおかしくないのでは……? 『遠くまで良く通る発声法』の講義とか。
「国王陛下はあんな喋り方しませんけどね」
そういやそうだ。
陛下のお言葉を個人で賜る事などないが、新年祝賀のパーティなどでは陛下がご挨拶をされる。
私もこう見えて高位貴族。そういう場にも縁があるのだ。
陛下はとても穏やかなお声で、ゆっくりとお話される方だ。
浦安風味のお城にお住まいだが、ネズミ王のように甲高い声などではない。
「えーと、あの……、殿……いえ、フ……いや、えー……貴方様はこちらの店にどのような御用で?」
タウルス君が生鮮殿下の呼び名に苦慮している。
そらそうだ。
どっから見ても王弟殿下の癖に、本人曰く『一庶民』だからな。とはいえ、フツーに庶民相手のような態度は取れる筈もないし。
「ははは! 先ほども言ったが、たまたま散策中に通りがかっただけだ! ……ほう! 今日は豚肉がセールなのか!」
殿下がご覧の場所には、手作り感満載のポスターが掲示してある。
そこには可愛らしいポップ体で『毎週水曜日はブタ肉の日!』と書かれている。
「ならば、そこのツヤツヤの胸肉をいただこうかな!」
おい! 豚肉の日、どうなったんだよ!!
ムネって、鶏だよな!? それとも『豚の胸肉』とか売ってんのかな。見た事ないけど……。豚の胸あたりって言うと、部位的にはバラだよな、多分。
「あの、胸肉は鶏……」
言いかけたタウルス君の口を、フローラちゃんが凄い勢いで手で塞いだ。塞いだというより、ほぼ平手打ちの勢いだったが。
ここまで「バチン!!」って音、聞こえてきたぞ……。アレ、タウルス君、大分痛いぞ……。
「胸肉ですねー! 少々お待ちください!」
ちょっと引き攣る笑顔で言い、フローラちゃんは店内へ消えて行った。
その前に、タウルス君に何か耳打ちしていったが、何を言ったのだろうか?
そのタウルス君は、店を興味深そうに覗き込む生鮮殿下と、先ほど『バチン!』とやられた口元をしきりに気にしている。
「俺、ちょっと思ったんですけども……」
私同様にその光景を眺めていたフランツが、テーブルに頬杖を付きつつ溜息をついた。
「王弟殿下、どれが何の肉か……とか、そもそも分かってねぇんじゃないすかね?」
「キャベツ、レタス、白菜の違いの分からない男だもの。肉の違いも分からないと思った方がいいでしょうね」
まあ、王弟殿下をフォローするのなら、葉物野菜の違いより、肉の違いの方が分かり辛い……とか、一応言えなくもない。
実際、牛と豚の違いが分かんない人も、一定数いるみたいだし。
商品の見分けに関して最高難度の魚屋が後に控えているが、あれは生鮮殿下でなくとも難しい。
冊にとって皮ひいちゃったら、ブリとイナダとワラサの違いなんて私でも分かんないわ……。
「胸肉、お待たせいたしましたー! 一枚68円になります!」
やっす!! え!? 国産だよね!? ブラジル産とかじゃないよね!?
そのお値段で大丈夫なの!? それとも、ブラジル産かタイ産なの!? ……あ! ブラジルもタイも、この世界になかった!
「ありがとう、いただくよ。……おい」
殿下がどこかに向かい声をかけると、店の角からすすっと黒ずくめの男性が現れた。
真っ黒なスーツの上下に、サングラス。それはいい。だが、中のシャツまで黒いってどういう事だ? 『黒ずくめ』とは言ったが、そこまで真っ黒だと逆に見ちゃうわ。
もしかしなくても、生鮮殿下って周囲も『ああいう人』で構成されてんの……? それは強い……。
真っ黒な男性は、財布を取り出すと、そこから小銭を幾らかフローラちゃんに渡した。
「七十円、お預かりいたします。今お釣りを用意しますので、少々お待ちを――」
「いや、釣りはいらん。取っておいてくれ!」
殿下、「フッ」とか笑ってるけども!
た っ た 二 円 !!
「二円を『釣りはいらん』とか言われても、『あ、そーすか』くらいにしか思わねっすよね……」
「ていうか、むしろ『二円で恩着せる気かよ』くらい思うわね……」
フランツの言葉に、思わず頷いてしまう。
これが一万で会計しての台詞だったら、「そんな、お客様……! 本当にいいんですか!?」とかなるかもしれないが、二円だ。
コンビニで買い物して、募金箱に突っ込んでいくレベルの金額だ。
しかしフローラちゃんは笑顔だ。
タウルス君に向けていた笑顔と違う、完全なる営業スマイルだ。ゼロ円で売るレベルのスマイルだ。
「ありがとうございます!」
礼を言う声も、完全なる営業モードだ。
あの子、出来る……!!
「今日は良い買い物をした。また来るよ、レディ!」
はっはっは!と高笑いを残し、生鮮殿下は黒ずくめを伴い歩き去った。
因みに、購入した鶏肉は、黒ずくめが持っている。
「王弟殿下の居住って、王城の近くの豪邸っすよね?」
「そうね」
王族なので、殿下はごっつい豪邸にお住まいだ。
「使用人とかも多そうっすけど……、あの人、胸肉たった一枚だけ買って帰って、どーすんですかね……?」
「誰かが食うんじゃない?」
別に殿下が食うと限った話ではない。
「プロの料理人なら、たった一枚の胸肉でも、何か豪華なプレートとかに仕上げてくれんじゃない?」
「照り焼きとかがいっすね」
そーかね。勝手に食うがいいよ。
生鮮殿下のお姿が完全に見えなくなると、フローラちゃんが深い深い溜息をついた。
「……ゴメン、うっちゃん。顔、大丈夫だった?」
「口、切れた」
口元に指を当てつつ言うタウルス君に、フローラちゃんが申し訳なさそうな顔をする。
「わー! ホント、ゴメン!!」
「いいけど……。もーちょい加減してくれよ」
苦笑しつつ、フローラちゃんの頭をわしっと撫でるタウルス君。
うっわぁ~、甘酸っぺ~!!
フローラちゃんはタウルス君の手を取り「やめてよ」と膨れっ面だ。
あはぁ~。君たち、良いね~。甘酸っぺぇよ~。
まるで乙女ゲームみたいだよぉ~。
原作の乙女ゲームより、ちゃんと『乙女ゲーム』だよぉ~。
「そんじゃ、慰謝料として焼き鳥を請求する!」
笑いつつ少しふざけた口調で言うタウルス君に、フローラちゃんも笑うと「はい! 承知しました!」と敬礼する。
何コレ~。
甘酸っぱいわぁ~。
酢の物の中のミカンくらい甘酸っぱいわぁ~。
「うっちゃん、何がいいの? ……あ! 五本までだからね!」
「んーと……、皮三つと、ハツと、やげん! 皮はタレで、ハツとやげんは塩で!」
「はぁーい。ちょっと待っててねー」
タレ皮! ハツ! やげん!
「……買って帰りますか?」
思い切り呆れたフランツの声に、思わずハッと我に返る。
「そ、そうね! フローラちゃんのお店の売り上げに貢献したいものね!」
「……そっすか」
くそう、その呆れ顔をやめんか!
なら貴様は、焼き鳥の魅力に抗えるとでも言うのか!?
スーパーの入り口なんかで、めっちゃいい匂いさせてる移動販売車へ吸い寄せられない、鋼の精神を持ってるとでも言うのか!?
小さなレジ袋を片手に戻って来たフローラちゃんは、店名ロゴの入ったレジ袋をタウルス君に手渡した。
「はい。こんなサービス、滅多にしないんだからね!」
ぅおーい!! 銀河の歌姫かよ!! 「私の歌を聴けェ!」とか言うのかよ!
タウルス君はその台詞に「はは」と楽し気に笑っている。
爽やかだ……。ゲームでも爽やかだった脳筋、現実ではゲームの数倍爽やかだ……!
余談だが、この世界ではレジ袋は無料だ。
意外と知られてないが、プラスチックは石油から出来ているんですが、この世界ではプラごみによる環境汚染が深刻化していないんですよ。
……まあ、顕在化していないだけかもしれないけども。
もしこの世界でも『レジ袋有料法案』が提案されたなら、私は『侯爵家』という立場をフルに使ってでも法案成立を阻止したい気持ちだ。
あれは店にとっても利がない。
タウルス君はフローラちゃんからレジ袋を受け取ると、それを軽く掲げるように手を上げた。
「そんじゃな。俺、仕事に戻るから」
「うん。頑張ってねー」
ひらひらと手を振るフローラちゃんに、タウルス君は「おう」と返事をすると歩いて行った。
「今日は何か、王弟殿下が大人しかったスね」
「そうね」
ていうか、殿下を暴れ牛か何かのように言うのは、やめてさしあげろ。
まあ、八百屋の時よりあっさり引き下がったのは事実だ。
だがそれには理由がある。
フローラちゃんの対応だ。
彼女は王弟殿下と『店員と客の普通のやり取り』以外の対応をしなかった。
殿下の突っ込み所の多い言動に一切のリアクションをせず、マニュアル通りの『店員としての対応』を崩さなかった。
あれが実は、王弟殿下の『イベント回避方法』なのだ。
あたおかなお客さんには、個別対応などしてはいけないのだ。……なんと世知辛い回避方法だろうか……。
けれどフローラちゃんは、きっちりとそれをやってのけた。
しかも、殿下に突っ込みを入れようとしたタウルス君の口をぶっ叩いてまで。
まあ、タウルス君はちょっと痛い思いはしたかもしれんが、タダで焼き鳥をゲットできたのだ。プラマイゼロどころか、むしろ大幅にプラスだろう。
「そんじゃお嬢、買い物でもして帰りますか」
「そうね」
席を立ったフランツに倣い、私も席を立つ。
店員さんに「ごちそうさまでしたー」と声をかけ、カフェを出て向かいへ行く。
「いらっしゃいませー!」
肉屋の店内へ足を踏み入れると、フローラちゃんの愛想と元気のよい声がした。
ショウケースの中には、様々なお肉が並んでいる。冷蔵ケースの隣には、それより小さな惣菜のショウケース。店の隅には、パック詰めした惣菜もある。ビーフジャーキーなどの乾き物まである。
焼き鳥は皮、もも、ねぎま、ぼんじり、つくね、レバー、ハツ、やげん、きんかん……と、種類がめっちゃ豊富だ。しかも全種、タレ・塩を選べる! ヤベェ、迷う!!
ていうか、ハムカツいいな! メンチも捨てがたい! ささみチーズカツとか、まずハズレがないですやん!!
ショウケースをじっと吟味する私の横で、フランツがショウケース越しにフローラちゃんに声をかけた。
「はい。お決まりですか?」
「えーと……、豚バラをブロックで六キロ」
キロ!?
驚いてフランツを見ると、フランツは手に持っていた小さなメモ用紙をポケットに突っ込んだ。
「出かけるっつったら、ついでに買い物頼まれたんで。……で、お嬢は決まったんすか?」
決まらない……。
が、その前に一つ、フローラちゃんに確認したい事がある。
今は都合よく、私たち以外に客も居ない。
「あの、すみません……」
フローラちゃんに声をかけると、彼女はとても愛想の良い笑顔で「はい、何でしょうか?」と応えてくれる。
にこにこと人好きのする笑顔の彼女に、私は小さく深呼吸をした後、意を決して言葉を発した。
「あなたはもしかして、『恋サバ』をご存知なのではありませんか……?」