【うまい】肉屋へ行ってみた件【うまい】
今日も今日とて、生鮮王国は良いお天気だ。
私はフランツ君を伴い、王都商店街一丁目へやって来ている。
八百屋のある三丁目は、百メートルほどの直線道路だった。
この一丁目もやはり、同じ程度の長さの直線道路だ。その道路の両脇に、ずらりと軒を連ねる様々なお店たち。道にはみ出すのぼりと看板とワゴン。
……ゲーム的なメタな事を言うならば、『背景スチルの使い回し』だ。
まあね。お一人で作られてたゲームだしね。労力の削減、大事だよね!
……行った事ないけど、この分じゃ二丁目も同じ背景だな……。
だが、今回の一丁目は、三丁目と違う部分もある!
アーケードの『王都商店街一丁目』の文字が角ゴシックだ!
……無料フォント、有難いよね……。
一応、フォントだけは変えてあるって事は、二丁目は何で書かれているのか……。角ポップかな? あれは良いものだからな。
背景使い回しの一丁目商店街だが、一応、軒を連ねるお店は三丁目とは違っている。
三丁目でたい焼き屋さんがあった場所には、たこ焼き屋さんがあった。
当然所望し、食べつつ歩く。あぁ~、かつぶしが風に舞うわぁ! ちょっと待って! 飛んでいかないで!
「あ、あれがお肉屋さん?」
それなりの賑わいを見せる商店が見えた。
私の問いに、フランツが頷く。
「そっす。ファーレンハイト精肉店っすね」
……八百屋はセルシウスだった。肉屋がファーレンハイト。ならば魚屋は何だろうか……。
八百屋と肉屋の苗字の共通点は、『温度』だ。セルシウスさんは、所謂『摂氏(℃)』の名前の元となった人だ。水の凝固点を零度として、沸点が百度となる、日本でもおなじみの温度表示だ。
ファーレンハイトさんは『華氏(℉)』だ。氷点が32度で、沸点が212度と、日本人からしたら分かり辛い事この上ない。日本人がアメリカに対して思う「何でお前ら、メジャーな単位使わねぇの?」の一つだ。
余談だが、「何でお前ら(以下略)」で最も嫌われているのは、言うまでもなくヤーポン法だろう。ミリねじだと思ったらインチねじだった……で、イラっとした経験をお持ちの方も多いのではなかろうか。
ファーレンハイト精肉店、……名前、どうにかならんか……。ならんわな。まあ良い。ヒロインちゃんの経営するお肉屋さんがすぐそこに見えてきた。
お店の入り口上部には、赤いアーケード看板がある。
鮮やかな赤に、白文字で『ファーレンハイト精肉店』とある。
それはいい。
問題はそこではない。
『ファーレンハイト精肉店』の左右に、黄色い文字で縦書きで『うまい』と書かれているのはどうなのか。
ラーショかよ!!
ていうか、ラーショだよなこれ、どっから見ても!!
うっかり、ネギラーメン頼んじゃいそうだよ!
商店街が、大型国道沿いの雰囲気に様変わりだよ!!
今回も、都合よくラーショ……もといお肉屋さんの前にあったカフェに陣取らせてもらった。またしても都合よく、オープンテラスがあったりする。コンパチ背景、万歳。
今回は和カフェだ。ていうか、聖セーン王国における『和』って何だ?
「お嬢、この『エイスセット』なんていんじゃないスか?」
メニューを指さすフランツに、指さされている先を見る。
串に刺さったみたらし団子が二本と、ほうじ茶のセットだ。メニュー自体は悪くない。だが、名前が気に食わん。
これは恐らく、この国で人気の娯楽小説『ミット・コーウォン』に出て来る、トラブルメーカーながら憎めないうっかり者の『エイス』をモチーフにしたセットだ。
分かり易くはっきり言うなら、某水戸のご老公の世直し旅に同行している、うっかりなアイツだ。
因みに『ミット・コーウォン』は、先王の兄であるコーウォン大公が、お供を引き連れて諸国漫遊するお話だ。先日めでたくも百巻を突破し、書店などでは『百巻突破記念フェア』などが催されていたようだ。
話の内容は、大公たち一行が旅先で出会ったトラブルを解決し、最後は必ず大団円となる。
作中には必ず、同行するシルヴァという女性隠密のお色気シーンと、全員での大立ち回りが登場する。
そして良き頃合いで、素性を隠していた大公がその素性を明かし、悪を成敗するのだ。
その際に大公の供を務める隠密の言う「ええい、静まれい! こちらにおわすお方を、どなたと心得る! 畏れ多くも先王陛下の御令兄ミット・コーウォン大公にあらせられるぞ!」という台詞は余りに有名だ。
……突っ込んだら負けだ。負けなのだ……。
人生楽ありゃ、苦もあるのだ。突っ込みはぐっとこらえ、ここはまずオーダーを決めようではないか。
フランツと二人、顔を突き合わせてメニューを眺める。
この国における『和』は、日本におけるそれと全く同様だった。……『和』とは、一体……。
前回のカフェのカップル割は、中々にお得感のあるセットだったのだが、ここのお店にはそういうセットはないようだ。残念。
悩みに悩んだ末、私はゴマ団子とほうじ茶のセットを、フランツはウージー金時白玉かき氷とほうじ茶をオーダーした。
……何で従者の方が高いメニュー頼んじゃってるんですかねぇ……? かき氷、千二百円もすんだけど。
ウージー金時だ。宇治ではない。この国に京都なぞ存在しない。
『ウージー』と聞くと、頭の中で『UZI』と変換されてしまうのだが、そんな物騒なものではない。
ウージーはお茶の名産地で、旨味の濃いお茶を生産している。その茶葉を石うすで細かく挽き……いや、皆まで言うまい。ほぼ言っているが。
要は宇治金時だ。上に載っている小豆は『ダイナ・ゴーン』という有名な銘柄だ。『大・納言』ではない。『ダイナ・ゴーン』だ。区切る場所が違うから、イントネーションが微妙に違う。違和感。
突っ込んだら負けなのだが、この世界は中々の強敵だぜ……。
のんびりと、フランツと二人、お茶を楽しむ。
何故なら、肉屋にこれといった動きがないからだ。
「ねえ、フランツ、それ一口ちょーだい」
「いやっス」
即答!
「ひーとーくーちー!! お団子、一個あげるからー!」
「俺、ゴマ団子、あんまり得意じゃないんで」
「一口くらい、いいじゃん!」
「『一口ちょーだい』ばっかやってると、嫌われますよ」
言いつつも、フランツはどんどん食べ進めてしまう。いや、フランツが頼んだものなのだから、食って悪い事はないのだが。
『一口ちょーだい』が嫌われる事くらい知っている。
でも別にいーじゃん! こんなの、フランツ相手くらいにしかしないんだし! 別に、誰彼構わずこんな真似してる訳じゃないし!
ていうかフランツ、目が合うと「一口!」て言われるのを察して、無心で食ってやがる……。
そんなにウージー金時好きなの? いや、美味しいけど。かき氷界のNo.1だと思ってるけど。因みにNo.2は、溶けても美味しいカ〇ピスだ。むしろ溶けかけが本番だ。
ガツガツとかき氷を掻き込んでいたフランツが、ふと手を止めた。
ていうか、かき氷がっつくなよ。頭、キーンてなんない? 大丈夫?
「フランツ? どうかした?」
やっぱ団子が欲しくなった? 一対一のトレードになら応じるよ?
「お嬢……」
え、何? 何でそんな真剣な顔……。
フランツがこちらをじっと見るので、思わず私もフランツをじっと見つめ返してしまう。
な、何かな……?(ドキドキ)
見ていると、フランツがこちらに向け、すっと手を伸ばして来た。
えー!? 何!? 何すんの!?
二人用の、小さなテーブルだ。
フランツが手を伸ばせば、すぐに私にまで届く。
フランツの伸ばした手は、そのまま私の顎にかけられ、軽く顎を上げさせられた。
こ……、これは……!!
少女マンガや、恋愛小説等でお馴染みの『顎クイ』というヤツ……!!
な、なな、何してんの!? どーしたのかね、フランツ君!!
内心、動揺しまくりの私の顎を、フランツの親指がそっと撫でた。
なーーー!! 何!? 何なのーーー!?
「あ、取れた」
ほへ!?
フランツはいつも通りのトーンで呟いた後、さっと手を離した。
そして、私の顎を撫でた親指を、私に向けて差し出して来た。
「お嬢、顎に青のりついてたっすよ。ていうか、どういう食い方したら、顎に青のりつくんすか?」
青、のり……。
フランツが差し出している指先には、確かに青のりが一片ぽつんとくっついている。
は、恥っっずーーー!!
ヤバい。多分、今の私、顔真っ赤だ!
顎に青のりは、近年稀に見る恥ずかしさだ!
思わず自分の顎を手で隠した私に、フランツが「くっ……」と小さく笑った。
クッソ! 笑うんじゃねぇ!
「お手洗いに! 行ってきます!!」
言いつつ席を立った私に、フランツが笑いつつひらひらと手を振った。
「ドーゾ。行ってらっしゃいませ」
ううぅ……。その余裕が憎たらしいぜ……!!
お手洗いの鏡で、「イーッ」てやって、歯にも青のりがないか確認した。青のりは見当たらなかったが、私の極太おさげにかつおぶしの欠片を見つけ、『orz』てなった。
髪にかつぶして!
もう私、『髪にいもけんぴ』笑えないじゃん!
あ、でも、かつぶし付けっぱにしとけば、見ず知らずのイケメンが「かつぶし、ついてるよ」って爽やかに取ってくれるかも♡
……いや、フランツが笑いつつ指摘してくる未来しか見えねぇな。それはダメだ。
はー……。なんかもう、席に戻りたくない……。
このまま、トイレでじっとしてたい……。
ていうか、ここんちのトイレ、めっちゃキレイだし、可愛い小物いっぱい置いてあるしで、何かすんごい居心地良い……。
でも、私がトイレに籠りっぱなしだと、他のお客様のご迷惑だ。
店内には私たち以外にもお客は居たのだから。
鏡でもう一度、歯と口周辺を確認し、髪にも他にかつおぶしが付いていないか確認する。
しゃーない……。戻るか……。
青のりを指摘された気まずさから、のろのろと席へと戻ると、フランツが向かいの肉屋を指さした。
「何か始まってますよ」
ほう!
始まっとるかね!
見ると、店頭で一人の青年と女の子が話をしている。
女の子は確実にフローラちゃん(肉屋)だ。フローラちゃん(八百屋)と「双子かな?」というレベルで顔がそっくりだ。というか、同じだ。
八百屋のフローラちゃんとは、髪と目の色が違う。
その二か所なら、色調補正だけで変えられるもんね……。労力の削減、大事だよね……。
八百屋フローラちゃんは明るい茶髪に緑の目だった。
こちらのフローラちゃんは、こげ茶の髪に青い目だ。
そして、その二点以外に、彼女らの差異はない。
まあ、世の中には似た人間が三人いるって言うしね! 三人目、多分すぐそこに居るけどね!
フローラちゃんと話をしている青年は、市街警邏の騎士の制服を着ている。
騎士……。
という事は、あれは攻略対象のタウルス君だろうか……。
スチルと髪型なんかが違うな……。
ゲームでの彼は、所謂『脳筋枠』だった。
……が、他の攻略対象たちがアレなので、通常『脳筋枠』のウリである『おバカさ』などは目立たない。どころか、むしろ他の人々にない『爽やかさ』が際立つ。
しかも腕っぷしが確かなので、頼り甲斐まである。
他ゲーにおける『脳筋枠』、涙目だ。
こんなに『脳筋が一番マトモ』な乙女ゲー、私は他に知らない。
あと、これ程までに『隠しキャラを本当に隠したい』ゲームも、他に知らないが。
「フランツ、あの男の人、誰だか分かる?」
「多分ですけど、騎士団長の息子か何かじゃねっすか? 何度か見かけた事あるんで」
やっぱりか……。
ゲームでは、ロン毛だったのだ。
前髪を垂らし、他は後ろできっちりと結っていた。
が、今そこに居るタウルス君(多分)は、めっちゃ爽やかな短髪だ。サイドとバックは刈上げてあり、ゲームやマンガに良くある「お前、その髪邪魔じゃねぇか?」などという現象はない。
その爽やか騎士青年は、フローラちゃんと笑顔で何やら話をしている。
耳を澄ましてみよう! 聴力、全開!! お嬢イヤーは地獄耳!
「だから、バイトなら俺がやるって」
ほう?
アルバイトとな?
言われてみれば、ファーレンハイト精肉店の入り口付近に、『パート・アルバイト募集!!』の張り紙がある。
そっかぁ。八百屋に遅れは取ったが、お肉屋さんも商店ランクが上がったかぁ。良かったねぇ。
「うっちゃん、バイトなんて出来ないでしょ。騎士様、副業禁止じゃん」
うっちゃん。
タウルス君じゃないのかな? まあ、『タッちゃん』だと双子の片割れみたいだしな……。この国、甲子園もないし。
騎士様はこの国では公務員だ。
副業が全くの禁止という訳ではないが、申請は必要だし、審査もされる。
当然、無許可の副業は発覚した場合、懲戒対象となる。
「だから、別に金いらねって。単なる手伝い? てか、友達の稼業手伝っても、悪い事ぁねーじゃん」
「悪い事はないかもしんないけど、私の気分がちょっと悪いよ。何よ、タダ働きって……」
「いや、俺も毎日とかは無理だからさ。俺の時間空いてる時だけ手伝うのに金貰うとか、気ぃ引けんじゃん?」
「そんな効率悪いバイト、要らないよ! フツーに週四でフルタイム入れる人探すから、いいよ!」
ほう。
何だろうか。ほのかに甘酸っぱさすら感じる、爽やかな幼馴染の言い合い……という風情だ。
実際、言い合いをしていても、二人の表情は柔らかい。
「ほう! こんなところに、肉屋か!」
この無駄に朗々と響く、無駄すぎるええ声は!
「……あの人、マジでヒマなんすかね……?」
フランツ君、気持ちは分かるが不敬だっつーのよ。
今日も今日とて、さっぱり隠れる気も忍ぶ気もミジンコ程も感じさせない王弟殿下が、肉屋を見つけ何やら嬉しそうに笑っているのだった。