高級籠盛りフルーツのメロンが美味しい。
「で、あれ何だったんです?」
私の部屋で、フローラちゃん(八百屋)から貰ったメロンを貪り食いながら、フランツが尋ねてきた。
私も綺麗にカットされたメロンを一切れ口に放り込む。あら、ジューシー。しかも甘ぁい。
「イベントよ」
「イベント」
繰り返して、なんだそりゃ?という顔をしているフランツに、私は小さく息を吐いた。
さて、何をどう説明しようかな。
「実は私ね……、……前世の記憶があるの!」
どやぁ! と、たっぷりタメを作って告白してみた。
フランツは暫しきょとんとした後、ふー……と溜息をついた。
「あー……、実は俺も、本気で怒ると額のここんとこに第三の目が……」
「そうじゃなーい!」
邪気眼扱いとか! いや、気持ちは分かるけども、お前、露骨なんだよ!
「ホントだもん! ホントにあるんだもん! 嘘じゃないもん!」
「はいはいはい、ホラお嬢、あーん」
言いつつ、フランツがフォークに刺したメロンを口元に持ってくる。持ってこられると食べちゃうじゃん。……そんで、美味しいじゃん。
「も一個どーすか? はい、あーん」
もう一切れ、口元に持ってこられたので、それもまたもぐもぐする。
「メロン、美味いっすねー」
「おいひい」
もぐもぐ。
「はい。そんじゃ、落ち着いたところでもう一回、頭からいきましょう」
「……だから、前世の記憶が――」
言葉を遮るように、フランツがフォークに刺したメロンを私の口元に持ってくる。
もぐもぐ。
「……で? 前世で実は悲劇の王女だったとか、そういう話っすか?」
とりあえず、口の中のメロンを飲み込み、お茶を一口飲む。
メロンとお茶、意外と合うな!
「そんなんじゃないわよ。ただの庶民よ」
むしろ、特別な過去とかあったら、隠すわい。
「その前世で、この世界を舞台にしたゲームをプレイした事があるのよ」
「ゲーム」
「うん」
この世界はとても歪な技術進化の仕方をしている。そういうゲームだったからといえばそれまでだが。
電気はある。火力、水力、風力で発電している。なので、家電はある。けれど、電話はない。主な通信手段は手紙だ。自動車はなく馬車。上下水道は完備。テレビはない。PCもない。
「えーと、まず、ビデオゲームっていうのがあってね……」
そこから私は、簡単なビデオゲームの説明をはじめた。
次に乙女ゲームというものの説明を。
「つまり、男漁って喜ぶゲームっすか?」
「言い方よ!! イケメンとキャッキャウフフの、夢溢れるゲームって言ってよ!」
「それこそ、言い方じゃないすかね……」
フランツは、私の長い話に飽きてきたのか、テーブルに頬杖をついている。態度悪いんだよ!
「で、この世界は、乙女ゲームの舞台だったのよ」
「それが、あの八百屋っすか……?」
「ご名答」
うむ、と頷いた私に、フランツが難しそうな顔をしている。
「お嬢の説明によると、『乙女ゲーム』ってのは、女の子が主人公で色んな相手と恋愛を楽しむゲーム……なんすよね?」
「そうね」
「てことはつまり、八百屋の店主の子が主人公で、その相手が王弟殿下と公爵令息って事っすか?」
「その通りよ」
頷いた私に、フランツが深い溜息をついた。
「……そのゲーム、楽しいんすか……?」
あの二人を見た後だと、そう言わざるを得ないわな。
レタスとキャベツの見分けがつかないのは、まだ許そう。だが白菜、テメーはダメだ。
「イケメンと恋愛するゲームと、お店の経営をするゲームが合体してたのよ」
「ああ……、そんで、八百屋なんですね」
「そう。その経営が面白かったの。『恋愛パートが邪魔』って言われてるゲームだったのよ」
「確かにあのボンクラ相手じゃ、邪魔としか思わねぇっすね」
頷くな。その通りだけど、頷くな。相手は公爵令息と王弟だぞ。不敬だぞ。
「で、主人公の経営するお店を選択できたのよ」
「……それがもしかして……」
フランツに調べてきてもらったのだ。思い当たるのも流石に早い。
「そう。八百屋と、肉屋と、魚屋。ヒロインの名前はフローラ」
「全部あるとか……」
呆れたように呟いたフランツに、私は頷いた。
「世界観が雑過ぎて、逆に面白いわよね」
「その……、何でしたっけ? 攻略対象?」
うん?
「それって、王弟殿下と公爵令息だけっすか?」
「八百屋はね」
「んじゃ、他二つは?」
やけに食いつくな。
「魚屋は王太子殿下と王弟殿下。肉屋は騎士団長の息子と王弟殿下」
「王弟殿下、出張り過ぎじゃないっすかね……?」
「一部プレイヤーから、蛇蝎の如く嫌われてたわね。邪魔過ぎる!って」
しかし、現実のあれを見ると、生鮮殿下はもっと嫌われて良いのではなかろうか。
あんな朗々と喋られると、クソウザいわ。
「……で、お嬢はそれを、プレイしてたんすよね?」
「してたわね」
だからこそ、詳細を知っている訳だし。
フランツは溜息をつくと、テーブルに頬杖をついたまま、つまらなそうな口調で言った。
「お嬢は、その四人の誰が好きなんですか?」
ん?
「恋愛するゲームなんでしょ? そんで、それをプレイしてたんすよね?」
「そ、そうね」
ん? 何か怒ってる?
フランツ君、目が怖いぞ?
「お嬢はその四人、誰が好きだったんすか?」
んん? これはもしや、『嫉妬』とかいうアレだろうか。
私だけ恋愛経験(バーチャル限定)がある事を、妬んでいるのだろうか。
だがしかし、だ。
「このゲームで言うなら、全員邪魔としか思ってなかったわね」
全員、一応エンディングまで見たけど。あ、生鮮殿下は見てないわ。あの人、ゲームでもどうにもウザくて……。
「私がこのゲームをプレイしてたのは、経営シミュレーションがやりたかったからだもの。攻略対象、ぶっちゃけ全員邪魔だったわ」
一応全員のエンディングを見た後、有志作成の『攻略対象をゲームから削除する』というMODを入れて遊んでいた。めちゃくちゃ快適だった。イベント自体は一度見てギャラリーに登録されているので、見たければいつでも見られるのだ。
因みに、有志作成MODで一番人気だったのは、『生鮮殿下をゲームから消す』というものだった。
「……そんじゃ、その四人は別に、好きでも何でもない訳っすね?」
「ないわねー。ていうか、八百屋のアレ見たら、余計ナイわね……」
現実、ゲームの数倍ウザい。
あと、阿呆すぎてついて行けない。というか、ついて行きたくない。
「ならいーです」
うん? 何か分からんが、それでいいらしい。
「でもって、八百屋のアレは、八百屋ヒロインを選択した場合のイベントだったのよ」
「……あれ見て、恋愛が始まるとは思えねっすけど……」
ごもっとも過ぎる。
多分、どれ程ダメンズ好きでも、アレはないだろうと思われる。
「でももしかしたら、イケメンならそれでいい!みたいな男気溢れる女子が居るかもしれないじゃん」
「男気溢れてる時点で、『女子』なのか怪しいんすけど」
いちいち正論返すなよ! 会話にならねえだろ!
「……で、お嬢はその『イベント』を見守りたい、と」
「うん。面白そうじゃん?」
「まあ、突っ込み所は多かったすね」
「むしろ多すぎたくらいだわね」
多すぎたというよりもう、突っ込み所しかなかった。
他人事なので、心底面白い。
モブ転生、万歳だ。
「で、俺がこないだ預かった手紙って、何だったんですか?」
今食べているメロンに化けた、例の『攻略対象の回避法』を綴った手紙か。
皿の上のメロンを一切れ、フォークでぶっ刺して口に運ぶ。
めっちゃうんまい。
某高級フルーツ店の、季節限定の千五百円したメロンパフェに匹敵する美味さだ。
このメロンのクオリティに、フローラちゃん(八百屋)の感謝の程が見て取れる。
「恋愛イベントとかあっても、その攻略対象が好みじゃない場合ってのもあるワケよ」
「まあ、そりゃそうでしょうね」
フランツが不思議そうな顔で頷く。
「好みじゃない場合、そんなイベントも興味ないじゃん?」
「そりゃそうっすね。……で?」
「そういう場合、イベントを回避する方法ってのがあったりすんのよ」
「回避」
フランツがちょっと驚いたような顔をした。
「そりゃそうよ。ゲームよ? 娯楽よ? 娯楽でまで『やりたくない事』を『やらなきゃなんない』なんて、ストレス溜まるじゃない」
「まあ、そっすね。じゃあ、あの手紙は……」
何かに思い至ったように呟いたフランツに、私は大仰に頷いてみせた。
「公爵令息と王弟殿下の、イベントの回避法を書いたものよ。つまり、攻略情報ってヤツね!」
……攻略する為の情報ではなく、勝手に起こるイベントをいかに無視するかという、全く逆方向の情報ではあるが。
「そりゃ、あの子も感謝する筈ですね……」
頷きと納得が深ぁい!
いや、そりゃそうなるだろうってのは分かるけども!
「すんげー豪華な籠盛りくれるから、お嬢、何したんだ?とか思ってたんすけども……。納得しかないっすね」
うんうんと頷くフランツ。だから、不敬だから。
とはいえ、だ。
「流石にねぇ……、あのやり取り見てたら、あれに付きまとわれるフローラちゃん(八百屋)が可哀想になっちゃって……。お塩、ぺっぺやってたけど、どうせまた来るからお塩も勿体ないし……」
流石に中世のように高価な品物ではないが、勿体ない事には変わりない。
余談だが、塩は三十年ほど前に専売公社が解体され、現在では民間業者も様々な塩を作って売っている。
王都の南には海があり、そこで採れる塩はブランド塩として売り出されている。売っている店頭では『♪お・う・とっの、塩!』とジングルが流れているが、メロディーは当然の如く『伯〇の塩』と同じだ。更に余談だが、『伯〇の塩』はこの国には存在しない。あのメロディーの出所が謎すぎる。
王都にはきちんと、『たばこと塩の博物館』もあるよ! 入館料は大人百円だよ! 意外と楽しいよ!
「回避法って事は、そんじゃあの二人は、もう八百屋には現れないって事っすか?」
「いや、来るよ?」
当然のように返すと、フランツが「は?」と怪訝そうに瞳を細めた。
「だから、ただ『その場のイベントを回避する方法』でしかないから、あの二人はまた来るのよ。そんで、それを何度も繰り返してると、やっと出てこなくなるのよ。アホ程しつけーのよ」
「……王弟殿下って、そんなヒマなんすかね……」
呆れたように遠くを見るフランツ君に、私も思わず頷いてしまった。
「ホントよね……。商店街で営業妨害してるヒマあんなら、もっと他にやる事あんだろ、とか思うわよね……」
「お嬢、不敬っすよ」
お前が言うな!!
メロンをつまみに茶を飲んで、メロンを食べきった頃にフランツが小さく息を吐いた。
どした? お腹いっぱいになった?
「そんじゃお嬢は、次は肉屋か魚屋に出歯亀に行く訳っすね」
「言い方ぁ!」
「えーと……、ピーピング?」
「変わってねぇ!!」
「見学」
「よろしい」
頷く私に、フランツが思い切り呆れた目をしている。
やめろ、その目。ちょっぴり傷付く。
「次はお肉屋さんかしらね? ……今回はちょっと、事前にイベント回避法の手紙用意しとこうかな……」
「それがいいかもしんないっすね」
「うん。フローラちゃん(肉屋)が可哀想になる気配が、ぎゅんぎゅんするしね……」
言った私に、フランツが深々と頷いた。